→INDEX

■■■ 「古事記」解釈 [2023.6.20] ■■■
[724] "心におもう"の字義は難しい
<表記>📖、<発言>📖、とくれば、次は<思惟>か。視覚・聴覚での伝達とは違い心的現象であり、心の内を直接他人に示すことはできないので、次元が異なるが。
思惟シヰ>は仏教用語[@「無量壽經」]で心を集中させて考えを巡らすことを指す。この訳語での<思>は意志あるいは指向性という意味での意識に当たる。もともとの、<思>自体は、思慕とか想念の意味。
  百姓悲哀如喪父母 三年四方莫舉樂 以思堯[「史記」五帝本紀]

日本語[古語]では、<おもほゆ>とは、自然にそう感じるとか、ふと想起されるという用語なので漢語とはニュアンスが違っていそう。一般的には、<おもふ>だろうが。
おぼゆ>とすれば、感じて気付かされるという意味で、上記の漢語は"堯帝を思い出す。"という訳になる。一見、妥当そうだが、明らかに、<覺/おぼゆ>の読みを当てているので注意が必要。こちらは、外部からの刺激に触発されて意識が発生するという意味だからだ。

太安万侶は、この辺りの用字についてはかなり神経を使っているようで、<さめる>として用いている。(漢語は夢とは無縁の字義の様である。)
 [漢語]気付かされる/感悟
   ⇒ [「古事記」]夢で気付かされる/幻覚→自覚
 [漢語]目覚める/睡醒[…「古事記」ではこの語義は使われていない。]
   ⇒ [「古事記」]夢から覚める/夢醒来-覚醒
---用例---
  序[漢文]…覺夢(⑩)
  ㊤…不覺
  ㊥…教覺①⑫⑭⑭⑭
     高木大神之命以覺白之① 覺宇御夢⑪ 如此覺時⑪
  ㊦…不覺㉑㉑


"心におもう"という表現をどの文字で表記するのかは、そう簡単なことでは無い。・・・
おもほす or ほす㊤欲相見 欲還 僕者欲罷妣國根之堅州國 僕欲往妣國以哭 妾恒通海道欲往來
   ㊥欲知其人 是以欲刺御頸 猶欲獲天下 吾欲取其豬 故八十~雖欲得是伊豆志袁登賣
   ㊦欲見淡道嶋 故欲見行 爾其弟墨江中王欲取天皇以火著大殿 汝命之妹若日下王欲婚大長谷王子 欲召其老媼之時 僕甚耆老欲退本國 欲報其靈 故欲毀其大長谷天皇之御陵 欲報父王之仇 父王之怨欲報其靈是誠理也

おもふ㊤思金~令思 天照大御神愈思奇 爾思怪 思異物 其父大~者思已死訖 於心思愛而寝 思金~令思 其伊呂妹高比賣命思顯其御名 爾豐玉毘賣命思奇 於是火遠理命思其初事而大一歎 於是思奇其言
   ㊥思奇歌曰 於是大毘古命思恠返馬 汝寔思愛我者 亦見其鳥者於思物言 如思爾勿言事 天皇既所以思吾死乎 因此思惟 猶所思看吾既死焉 乃雖思將婚 亦思還上之時將婚 思國以歌曰 此歌者思國歌也 今寔思求其國者 香坂王忍熊王聞而思將待取 佐邪岐阿藝之言如我所思 亦有一賤夫思異其狀 爾伊豆志袁登賣思異其花
   ㊦然者吾思奇異 故思不仕奉 然言以白事其思无禮 汝有所思乎 被天皇之敦澤何有所思 吾恒有所思 是以思賤奴意富美者

おもひはかる㊤亦慮獲其國
おもへらく or なす㊥此者爲在山代國我之庶兄建波邇安王起邪心之表耳
   ㊦故爲人民富

以爲おもふ or おもほす(=consider)㊤於是天照大御神以爲怪 以爲天原自闇亦葦原中國皆闇矣 以爲穢汚而奉進 以爲人有其河上 其大~以爲咋破吳公唾出 故以爲於此國道速振荒振國~等之多在 仰見者有麗壯夫以爲甚異奇 以爲心恥
   ㊥爾其后以爲不應爭 以爲弟王坐其吳床
   ㊦大坂山口以爲 隼人歡喜以爲遂志 於是赤豬子以爲

おもふ㊥吾心恒念自虛翔行
おもふ or なつかしむ㊦故追到之時待懷而歌曰

 (C) 2023 RandDManagement.com  →HOME