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■■■ 「古事記」解釈 [2024.3.19] ■■■
🔰[844]読み方[17]

「古事記」編纂時は8世紀初頭。朝廷では、天皇制律令国家の堅固な基盤を造ることに全精力が注がれていたに違いあるまい。少し遅れて完成した国史は、その思想的基盤つくりの各を担った筈。当然ながら、天皇家系譜の正統性を謳うことは大前提であり、その点では両者に大きな違いはなかろう。
しかし、両者の編纂方針は根本的に異なっている。

当たり前だが、国史編纂にあたって、規範とされるのは中華帝国の編年体事績集たる史書。
一方、「古事記」はその手の年代記ではない。係累を含む神統譜・皇統譜を、皇嗣経緯がわかるように記載してあれば、それだけで十分の書。後世から見て歴史的に重要と思われる出来事を、できる限り収録する必要などさらさら無い。目指しているのは、ただただ終始一貫した神統譜・皇統譜のストーリー。それに邪魔になりかねない事績は排除して当然。

たったこれだけの差でしかないが、思想的には先鋭な対立を生み出すことになる。但し、それは覆い隠される訳だが。(本居宣長は信仰上から、その対立に気付いて、「古事記」を宗教書とみなしたが、倭国の宗教は雑炊性を旨とする以上経典が存在する訳がないし、そもそも宗教書とは180度異なる。)・・・

「古事記」編纂の肝は、神統譜・皇統譜の正統性を打ち出すことにあるので、最重要な箇所はどうしても天皇登場以前の神の時代の系譜になってしまう。神の一筋の系譜と天皇の血脈がママ繋がり、この幹をはっきりさせた上で、枝がどうなっているか描くことになる。これによって倭国の神々・天皇家・臣下すべてが組み込まれることに意味がある。

一方、史書ではあくまでも天帝の命を受けた天子の正当性記載となる。もちろん、前王朝の天子であるから、王朝転換の必然性を謳う以上、非正統性も記載されることになるので、一見、冷静に史実を丹念に調査している書に映るが、現王朝の中華帝国賛歌に繋げるために編纂しているので、削除・潤色が組み込まれているのは当たり前。ただ、伝統的に、著者がそれを読み取れる仕掛けを組み込んでいる可能性は高い。
この様な書である以上、神話はほぼオマケというか、下手すれば邪魔になりかねない存在。儒教型帝国では神話は天帝-天子観念と合わない建国以前の雑念でしかなく、できれば葬り去りたい訳で、断片的な話の寄集め以上にはならない。(日本国国史もその方針に従うことにならざるを得まい。)

しかしながら、「古事記」の神話の取り組みは、本居宣長流の、神々のお言葉を伝える信仰から発している訳ではない。・・・実際、「古事記」が宗教的に使われたとか、儀式に用いられたという形跡は(現代の軍国主義期間を除けば)全く見つかっていないから、これは確実。
本居宣長以前は、「古事記」は国史の陰に隠れてしまい、ほとんど顧みられていなかったのが実情。せいぜい、国史非記載箇所の参照用としてほんの一部が使われる以上ではなかったようだ。

国史は完成すれば、当然ながら、広範に知らしめる活動が行われることになるから、似た内容に映り、事績非記載だらけの天皇記だらけでは、表に出る機会を失うのは致し方ないこと。
それに、文学的価値という点でも、「万葉集」筆頭的歌人扱いの柿本人麻呂のような一世風靡型の著者ではなく、一般の目立たない五位官僚でしかない知識人の太安万侶と、単なる舎人でしかない語り部の稗田阿礼の合作だから、人気の書になる可能性はもともと低かったろう。 📖柿本人麻呂とは姿勢が異なる 📖柿本人麻呂とは無縁か?
こうした状況を踏まえて読むのが望ましかろう。


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