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■■■ 「古事記」解釈 [2023.2.14] ■■■
[歌の意味19]𥜪樂観点で眺めると
儒教の統治規範は礼楽とされるが、小生はこの手の説明には大いなる違和感を感じる。しかも、天皇の胡坐居弾琴による巫女儛をその観点で説明してあったりするから猶更。
 [_96 吉野童女]📖胡坐居の 神の御手もち 弾く琴に 舞する嬢子 常世にもかも
・・・そこらに触れておきたいと思う。

中華帝国では、宮廷で挙行される楽も舞も専門家が行うもの。天子と臣下が揃ってそれを聴見するのが普通で、天子が伴奏をする祭祀などあり得まい。"帝国"の基本概念が欠落しているから、このような見方になってしまうのでは。

中華帝国の基本イメージとしては、1万人の官僚と、その下働きが数十万人おり、軍隊は百万人を擁し、その様な組織の頂点に天子が存在するというもの。数字は多少変わるものの、発祥時点から現代まで、王朝の転換はあるものの、皆同じ。要するに、秩序ありきの、漢文を核とする多民族からなる膨張性を秘めた国家というに過ぎない。(漢族は民族ではない。)
それを一貫して支えてきたのが儒教。礼楽が根本ではなく、3本柱の最後の付け足しに過ぎない。もちろん、最重要な観念とは天帝最高~の存在。次に、それを是認した上での宗族祖への絶対的信奉となる。そして、それを社会的に確定するための冠婚葬祭儀式次第が不可欠という構造。全てが膨大な文書で管理されており、それぞれに厳格な宗教的裏付けがある上、相互に関係付けられているので、この呪縛から逃れるのは難しい。・・・そのような社会で生活する人々のことを漢民族と称しているだけのこと。
天子独裁-官僚統治・・・
 王朝式典&法治(律令)による国家体制秩序
宗族第一主義・・・
 君臣等身分(貴賤)&血族内地位(父子 婚姻 長幼)の関係性秩序
礼楽社会・・・
 習俗的儀礼奏楽行為(非文書・政教未分化)による社会的秩序
 (非儒教の呪術的土着宗教を最下位とする、儒教統制の祭祀の仕組みでもある。)

「樂」とは、秩序を保つためにあるもので、皇帝に関係する樂とは、王朝式典の"雅楽"(日本国に伝承されていない点から見て、日本の概念とは異なる。)と宮廷宴会の"燕樂"である。奏楽専門家が担当しているのは言うまでもなく、例えば、百濟伎とは百済の楽師が天子に対し高位官僚の眼前で奉納することに意味がある服属儀式そのもの。もちろん、俀國も、楽師団を献納していたことになろう。
[「隋書」巻十五(志10)音楽下]
始開皇初定令 置《七部樂》["燕樂"@宮廷宴會]
 1 國伎(⇒西涼@敦煌)
 2 清商伎[俗楽](⇒清樂)
 3 高麗伎
 4 天竺伎
 5 安國ブハラ
 6 龜茲クチャ
 7 文康伎(⇒禮畢)
 <雜>
  疏勒カシュガル
  扶南プノム
  康國サマルカンド
  ___(⇒高昌トルファン)
  百濟
  突厩
  新羅
  俀國 等 伎
おそらく、朝貢合奏団。・・・
[「隋書」巻八十一(列傳46) 東夷-6俀國]
  樂有 五絃琴 箏 篳篥 吹 簫 鼓之屬 吹蘆 以和曲

儒教の一大特徴は、こうした公の秩序観念を、個人精神の領域にまで持ち込むこと。*臣下に漢詩・弾琴の素養を要求するのは、その延長でしかない。大陸は、それが嬉しい人が大多数を占めているが、それを嫌うのがインテリや厭世的道士であり、逆手の漢詩・弾琴を追求することになる。生活上折り合いをつけているものの、根底は反儒教である。従って、ここらを混ぜこぜにするとわからなくなってしまう。

倭国は、このような礼楽を模倣しているものの、儒教国ではないので、似て非なるものと考えた方がよかろう。

---*注---  📖樂遊歌舞の近さ
<禮樂>とは祭祀行儀の実践概念[履行]である。明らかに、巫が関与する神への呪が根底にある。[「禮記」曲禮上]
道コ仁義 非禮不成  教訓正俗 非禮不備  分爭辨訟 非禮不決
君臣上下父子兄弟 非禮不定
宦學事師 非禮不親  班朝治軍 蒞官行法 非禮威嚴不行
禱祠祭祀 供給鬼神 非禮不誠不莊 是以君子恭敬撙節退讓以明禮
「說文解字」
【禮】履也 所以事神致福也 从示从豊 豊亦聲
【樂】五聲八音緫名 象鼓鞞 木 虡也
【巫】祝也 女能事無形 以舞降神者也 象人兩褎舞形 與工同意
   古者巫咸初作巫 凡巫之屬皆从巫


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