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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.11.10 ■■■

駱駝とは

「酉陽雑俎」には、駱駝がところどころに登場してくる。

現代だと、もっぱら見世物的なエンタテインメント用であり、それ以外では滅多にお見にかかれない動物と化している。しかし、唐代の長安では至ってポピュラーだったと考えるべきである。
なにせ、【銅駝】[→]が誰でもが見かける場所に設置されていたのだ。【術士】[→]の話にでてくるのも、珍しくなかったからに他ならない。
食通の成式のこと。駝糜や駝蹄、駝峰を食べたことがあっておかしくなかろう。駱駝毛製衣類ももらっていた可能性もあろう。
交易の隊商の駱駝の数も半端なものではなかった。甘粛にある【泉】[→]では一度に千頭来訪ということもあったのだから。(1頭、最低でも100リットルは飲むのに、1,000頭が飲んでも枯れない凄い泉があるとの話.)

そんな駱駝について解説した一文がある。・・・
駝,性羞。
《木蘭篇》“明駝千裏”,
多誤作“鳴”字。
駝臥,腹不帖地,屈足漏明,
則行千裏。

  [卷十六 廣動植之一]
駱駝は性格的に羞恥心を見せるところがある。
「木蘭篇」という書物には、
  "明駝千裏"と記載されている。
文字の誤記が多く、
  "鳴駝"とになっていたりする。
この文句の意味は、
駱駝が臥せると腹が地面に着かず、
  屈んだ足の間から明かりが漏れるから。
つまり、それだからこそ、千里もものともしないということ。


う〜む。
駱駝は馬のように突然に暴走することは、ほとんど無いと言われている。それをシャイな性格と見るか、はたまた穏やかな気質と考えるかは、人それぞれ。
ただ、嫌いな主だと、置き去りにして逃亡するのは有名な話。

そうそう、本文だが、今村校では、「駝」ではなく、「馳」となっている。速く走行可能という点に注目する場合はそちらの文字を用いるのだろう。この場合、2文字だと"馳"と書く。この漢字は嚢[=献上袋子着用]であり、長距離運搬用使役動物ということを示している。従って、"駝"も通用する筈。
尚、「駝」は、背の肉峰を指す言葉であるから、本来のラクダの文字は「駱」ということになるのかも。"各"族の馬の意味であろうか。

考えてみれば、「馳」の方が実用上の言葉としては的確と言えよう。馬は速いといっても持久力はないから、せいぜいが中距離まで。駅毎の短距離代替馬制度(もともとはペルシアの駅駱駝制度を中華帝国の官僚が真似たのだろうが.)を整えるか、頻繁に休養を十分にとらせない限り、長距離対応は難しい。これに対して、駱駝は足が太くて長いから長距離には滅法強い。
と言って、短距離走はおことわりという動物でもない。現代でも駱駝レースが開催されており、疾風の如く駆け抜ける能力がある。そんなタイプは"風脚駝"と呼ばれたのである。
遣使用駱駝にしても、一日500里の強行スケジュールで馳せ参じたという。楊貴妃も、西域からの御馳走取り寄せ急送便として頻繁に用いていたに違いあるまい。
風脚駝:
 于國有小鹿,角細而長,與駝交,生子曰風脚駝。日行七百里,其疾如吹。
     ・・・出《洽聞記》
兩脚駝:
 悒恒國治鳥滸河南,本漢大月氏地。劉梁典云。
     ・・・出《兩脚駱駝》
白駱駝:
 哥舒翰常鎮於青海,路既遙遠,遣使常乘白駱駝以奏事,日馳五百里。
     ・・・出《明皇雜録》
白駱駝:
 騾

  [「太平廣記」卷第四百三十六 畜獸三]

こんなことを考えると、成式が言う通り、宮廷が用いていた脚力抜群の駱駝を"鳴駱"と呼ぶべきではないのは明らか。
と言っても、駱駝/Camelは鳴かない訳ではない。その音は英語では豚/Pig-豬/Swineと同じく"grunt"と表記されているから、だいたい想像がつこうというもの。豚でもわかるが、可愛がってくれる飼い主なら、コミュニケーションとしてこうした鳴き声を使うもの。それを指す場合は、「鳴駝」表記も誤りとは言えない。これはラクダの一般用語ではなく、非常に懐いている個体を意味していると考えるべきだろう。しかし、唐代では、ラクダはヒトの友ではなくなっており、単なる経済動物として扱われていたのであろう。

そんな風に考えると、"明駱"の意味が、脚力を暗示する表現との説はいただけない。と言うか、いつもの皮肉で、そんな俗説を引いてきたに違いない。成式は駱駝をよく知っていた筈だから。

誰が考えたところで、沙漠では、ヒトより"明るい"動物である。そこでは、ヒトには道を探すことも、水場を発見することも無理だからだ。

そうそう、野生駱駝だが、そう見えるだけで、実体としてはかつて飼っていた駱駝のことが多いと言われている。
極めて古い家畜好物ということ。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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