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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.3.21 ■■■

天地創造の見方[2:氣]

「渾沌」こそ、中華帝国の黄帝という話をしたが、[→]ここでの帝とは天地創造神という意味。
帝国統治の宗教としての儒教(日本の儒教は宗教部分を全削除しており、日本人的な儒教概念で見ると間違うので注意が必要。)からすれば、唾棄すべき話となる。一方、儒教信仰とは本質的に対立せざるを得ない道教教団にとってもえらくメリットが薄い神話である。
従って代替話が必要となる。

それに、応えるような話がある。

ただ、極めて哲学的。
しかも、質問で終わり、答を欠く。
余りに"粗"と言わざるを得ない。
それが、屈原の記述。・・・
曰遂古之初 誰傳道之
上下未形 何由考之
冥昭暗 誰能極之
馮翼惟象 何以識之
明明暗暗 惟時何為
陰陽三合 何本何化

  [屈原:「楚辭」卷第三 天問第三]

この答を提起したのが道教。・・・
古未有天地之時,惟像無形,窈窈冥冥,芒漠閔,濛鴻洞,莫知其門。有二神混生,經天營地,孔乎莫知其所終極,滔乎莫知其所止息,於是乃別為陰陽,離為八極,剛柔相成,萬物乃形,煩氣為蟲,精氣為人。是故精神,天之有也;
而骨骸者,地之有也。精神入其門,而骨骸反其根,我尚何存?
是故聖人法天順情,不拘於俗,不誘於人,以天為父,以地為母,陰陽為綱,四時為紀。
天靜以清,地定以寧,萬物失之者死,法之者生。
夫靜漠者,神明之定也;虚無者,道之所居也。
是故或求之於外者,失之於内;有守之於内者,失之於外。
譬猶本與末也,從本引之,千枝萬葉,莫不隨也。

  [西漢 劉安:「淮南子」卷七 精神訓]

これ又、矢鱈に哲学的というか、形而上学的なもの。

混沌としていて真っ暗で何の形も無い世界ありき。
そこに陰神と陽神が現れ出でる。苦労の末に、八極も確定させ、最終的には、それぞれが地と天を担当というだけのストーリー。
混沌から始まるにしては"詳"な話に仕上がってはいるものの、【渾敦】のような面白味はゼロ。なんの感興も呼ばない代物。

だが、この話には裏があり、2神ではあるが、それが本質ではなく、そこ存在する「氣」の現象と解釈することができるようになっている。
ご都合主義的に、何でも習合する体質の信仰なので、この記載と老子の言を重ね合わせてしまうのである。・・・
有物混成,先天地生。寂兮寥兮,獨立而不改,周行而不殆,可以為天地母。吾不知其名,字之曰道,強為之,名曰大。
   [「老子 道徳経」]

つまり、始めは何も無い。
そんなところに、突如、元始天尊が現れ世界が誕生する、というのが道教の核心なのである。陰陽だろうが、特別神だろうが、基本思想は同じ。・・・
道經者,雲有元始天尊,生於太元之先,稟自然之氣,--- [「隋書」卷三十五 志第三十 經籍四]
   「神道視点での道教考(宇宙創成)」

この教理は古代人感覚からいかにも遊離している。
しかも、一神教でもないのに造物主イメージを作り上げているから、ドグマ的信仰者を除けば、現代人にも、感性的に響いてこない発想と言えよう。

それは何故かと言えば、有徳【渾敦】が自然体で振舞っている宇宙観を全否定し、2神が全力で官僚的な秩序を作ることが天地創造の骨子になっているからである。
端から、道教は官僚制度の宗旨なのである。

【渾敦】は辺境の地の浅智慧により、"時"を刻まれてしまい、自然体でなくなり死んでしまうが、道教の陰陽神、あるいは天帝は、時の秩序を確立することで天地創生を成し遂げるのである。

そのメルクマールになるのが、"赤目"。道教用語で、天地開闢以後を示す年号である。・・・
《度人經集》注:
赤者, 大也, 元始九煉之氣也。
《上清靈寶大法》卷一:
至赤明劫,元始開圖中有真陽之氣,化為洞陽之火。 元始運洞陽之火,冶煉三氣。
《隋書》經籍志四:
(道經)以為天尊之体,常存不滅。
毎至天地初開,或在玉京之上,或在窮桑之野,授以秘道,謂之開劫度人。
然其開劫,非一度矣,故有延康、赤明、龍漢、開皇,是其年号。


そこらは成式はよくご存知。
「前集卷二 玉格」で、老子的道教のとらえ方を示してくれている。
   「老子」

赤明開運,在甲子。

天から玄黄の気が降下し、弾丸の如く口に飛びこみ妊娠。その3,700年後に老子誕生とのストーリー。
時は、赤明の甲子。

老子の"無"とは、【渾敦】の否定であり、時の導入による官僚的秩序の確立を図った概念ということもできる訳だ。

一つだけ、後世の見方を付け加えておこう。

【渾敦】が中華帝国の支配層から嫌われたのは間違いないが、貶して捨て去るのは気が重いと感じる道教勢力も存在していたのである。それが、国造りの神"巨靈氏"に変身させる動き。
江河の源とか、山川を作ったというのである。ここで、ついに帝"江"となったのである。
なんでもご都合主義的に習合する風土だからこそ可能な神話に仕上がっている。・・・
巨靈氏---基之渾沌之説,其言混沌之初,
 :
《遁甲開山圖》云:
巨靈與元氣齊生,惟始氣之先者,又曰巨靈胡者,偏得神元之道,造山川,出江河。
神化之宜,豈非冠子之所謂尸氣皇者邪?
予得是書,乃更為之不疑也。
然上之五紀卒寂寥,而無詔系,不得而綴矣。
茲亦可謂富也。謹闕之以俟。

  [宋 羅泌:「路史」巻三 前紀三巨靈氏 注記@欽定四庫全書]

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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