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2010年9月29日
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【古都散策方法 京都-その48】
京都の仏像拝観 [釈迦如来]

運慶登場で釈迦像表現がどうなったか考えると面白かろう。
 リアリズム表現を仏像の世界にに持ち込んだのは運慶とその一門。それは、ガンダーラの時代の復興でもあるというのが、前回の主旨。
 さて、そこで見ておきたいのが、運慶一門作の釈迦如来像。高僧と同じく、実在の人物である。どのようなお姿で娑婆に現れると解釈しているのか、それをどう表現するのか眺めてみたくはならないかな。もしかしたら、仏師の考え方が見えてくるのではと期待が膨らむのでは。
 と言っても、簡単に拝観できるとは限らないが、以下の伝運慶作像がある。
  ・相国寺法堂 木像坐像(1)
    三尊の中尊で脇持は迦葉・阿難尊像
  ・泉涌寺内戒光寺 木像立像(2)
    10mもの大像
 同時代ということでは、釈迦念仏道場だったと思われる、大報恩寺(千本釈迦堂)に行快作の木造坐像があるが残念ながら秘仏である。
 --- 参照 ---
(1) http://www.shokoku-ji.or.jp/shokokuji/guide/hatto_shakanyorai.html
(2) http://www.mitera.org/sannai/28p-1.html


武士の時代と古代の、釈迦像の違いを感じとろう。
 まあ、どう感じるかは人様々だが、古い時代の像とは感性が全く異なることがわかろう。そして、釈迦像は他の像とは違い表現が難しいことも。
 それを踏まえた上で、古代の釈迦如来像の拝観をお勧めしたい。
 日本書紀によれば、飛鳥大仏(飛鳥寺坐像)(3)は605年に鞍作鳥が作ったことになる。本来なら、この像をじっくり眺めたいところだが、火災などで著しく破損し、後世の修補が甚だしいそうである。従って、残念ながら像そのものをじっくり眺めるのには向いていない。そうなると、やはり、法隆寺金堂の銅造三尊像(4)の中尊坐像しかない。脇待の菩薩は立像である。(尚、法隆寺御堂安置の木造三尊像の方は、ずんぐりしているが、10世紀頃のもの。)
 写真で十分だが、いかにも堅い。捨身飼虎の思想を感じさせられるお姿ということが実感できよう。運慶一門の技量をしても、この“真摯さ”と“初々しさ”は表現できなかったということ。

 ただ、法隆寺像と前回拝観をお勧めした、ガンダーラの頭部像の比較はよした方がよい。如来とされているが、解脱したとはいえ、ガンダーラ仏は修行僧の形だからだ。そういう点では、ガンダーラ仏と比較して眺めたいなら、坐像ではなく、黙考しているかのような倚像がよい。銅造倚像は東京の深大寺にある。しかも、驚くほど気軽に拝見することができる。(5)
 そして、機会があったら、藤原京の頃の釈迦如来像も眺めることができたら最高。木津川市山城にある、普門山蟹満寺の銅造鍍金の釈迦如来坐像(6)。坐像だが、白亳と螺髪なし。思わず、ガンダーラ像を思い出すではないか。
 そこには、精神的に苦闘はしてきたが、生活の垢を感じさせない、清らかに生きてきた思想家がいることに気付く筈である。
 --- 参照 ---
(3) 飛鳥寺 春日野奈良観光  http://www.kasugano.com/kankou/asuka/index6.html
(4) 飛鳥時代の彫刻 飛鳥資料館  http://www.asukanet.gr.jp/JPEGs/a_syaka.JPEG
(5) 釈迦如来倚像(白鳳仏)深大寺窯  http://jindaijigama.com/jindaiji/jindaiji202.html
(6) 小川光三撮影 蟹満寺本尊如来像  http://www.news.janjan.jp/culture/0612/0612076076/img/photo120986.jpg


武家の基本発想は原点回帰だったようである。
 京都で見たくなる釈迦如来像は、実は、上記に留まらない。専門家が基本形と呼ぶ仏像があるのだ。五台山清涼寺(嵯峨釈迦堂)の、「三国伝来」、釈迦如来立像である。桜桃材だそうだ。内臓を模した「絹製五臓」が出てきたことでも超有名になった。しかし、この仏像は、もっと昔から人気があったのである。その理由は優陀延王の“造仏功徳譚”(7)の御像と同一視されたから。いわば、仏像の原点とみなされた訳である。
 ただ、小生は、釈迦如来が“立つ”というのは、感覚的には馴染めぬものがあるので、原点と言われても納得感は無いが。
 公開日が限定されているため、写真でしか知らないが、“生身の釈迦像”といった感じを受ける人が多いらしい。
 模像は多く、清涼寺式と呼ばれている。典型は、唐招提寺礼堂の木造立像(1258年)。(8)
 --- 参照 ---
(7) 植田重雄: 「優填王造仏像伝説」  http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/4927/1/92132_252-253.pdf
(8) http://www.toshodaiji.jp/about_raidoh.html

平安京の頃の釈迦如来像を褒める人がいるが、合点がいかず。
 まあ、これらすべての仏像を拝観できることは難しいが、少し苦労しても 、古い釈迦如来像のいくつかを眺めることができれば、釈迦牟尼(釈迦族王子の出家修行者)に対する尊崇の念をなんとなく感じることができるのでは。

 換言すれば、奈良の大仏の盧舎那仏や、密教の中心仏である大日如来(摩訶毘盧遮那仏)の登場前の思想に触れるということ。この世で悟りをひらくことの重要性を説いた人間釈迦の言葉を、“像”として拝見するとも言えるのかも。盧舎那仏は一目見ればわかるが、像の周囲には、蓮華の世界が作られており、そこには無数の小さな仏像が存在している。それが釈迦如来でもある。盧舎那仏はその如来の代表ということになる。極めて抽象的な像ということ。仏教の教義たる“法”の象徴であり、理屈っぽい訳で、国家鎮護以上の感興が生まれる筈がないのである。
 これが、大日如来になれば、仏教といわず、すべての信仰世界を統括することになる。さらなる抽象の世界。こうなると、像として簡単に表現できる仏師がいるのか疑問。具体性ある、不動明王や観音菩薩に傑作が生まれるのは当たり前。
 つまり、凡人にとっては、釈迦如来拝観なら、古代の像が一番となる訳だ。

 それに気付くと、興福寺国宝館での印象がどういうことかわかってくる筈。古代の像ではない、木造桂材寄木造坐像(9)より、釈迦如来以外の像の方が輝いて見えるのは致し方ないのである。

 ただ、一つ注意しておくべき点がある。土門拳好みの室生寺(10)にある釈迦如来像。こちらは、古代像でもないのに魅力的。それは例外的な像だからである。
 まず、金堂中尊の立像(11)だが、釈迦如来とされているだけで、どう見たところで薬師如来。そして、弥勒堂の坐像だが、この当時の像ではあり得ないようなデザインである。(12)なんと螺髪が無いのである。
 --- 参照 ---
(9) http://www.kohfukuji.com/property/cultural/096.html
(10) http://trendy.nikkeibp.co.jp/off/mook/goku/images/01.pdf
(11) http://www.murouji.or.jp/hotoke/honzon.html
(12) http://www.murouji.or.jp/hotoke/syakazazoh.html

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