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2010年10月27日
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【古都散策方法 京都-その55】
京都の仏像拝観 [救国観音]

 密教の不動明王の話をしたら、観音菩薩をとりあげない訳にはいくまい。素人には厄介そのもの。
 と言うのは、不動尊と違い、像も安置環境も多種多様すぎるから。表面的な説明はどれも詳しいが、それがかえってなにがなんだかわからなくさせる元凶でもある。もっとも、それこそが観音信仰の特徴と考えるべきなのかも。
 しかも、一見したところ大衆信仰に映るが、もともとは貴人の信仰対象だから、勝手に解釈した像の登場を嫌いそうなものだが、そんな動きはなかったようで、端から大衆化が望まれていた仏だったのかも知れない。

 ともかく素人の手に余るのは、様々な思想や信仰が絡み合っているし、種類が半端ではないこと。頭の整理がつかないのである。
 とはいえ、すこしづつ検討していこうか。

 先ず最初は、何を意味するのか曖昧な古代の観音様の話から。

 法隆寺東院夢殿の救世観音は何時の頃からか白衣で巻かれ、僧侶さえ知らない秘仏化していたそうである。観音と称されてはいるが観音を示す化仏表現がないから、特殊な信仰であることは間違いない。
 梅原猛説では、怨念鎮めのための造仏。細かな話は知らないが、頭に釘打というのは異常だ。そうでなくても、光背の重さを全身で支えるためか、姿勢が普通の仏像とはかなり違うので、違和感を与えることは間違いない。
 西洋的視点で見れば、ギリシア彫像の表現を超える、天に伸びる直線気分を醸し出す曲線が素晴らしいとなる。これは百済観音像では言えるが、光背を取り付けているため、歪みが生まれている。頭部前屈、胸部が窪み、下腹前出となる訳だ。言うまでもないが、この天に伸びていくような百済式曲線は以後消えてしまう。(仏像は、前面写真が多いので、こうした点は残念ながらよくわからない。)

 まあ、姿勢の方はこの像のハイライトではない。和辻哲郎でなくとも、モナリザの微笑と比較したくなる。見た瞬間に見慣れた仏像とはまるっきり違うことに気付かされるからだ。その最大の理由は、豊満な唇と自然体の眼にある。これだけで異質な仏像感が醸し出され、いかにも実在人物という印象が生まれてしまう。だが、写真をよく見ると、かなりデフォルメされている。だいたい、実在の人物にしては身長が高すぎる。顔のつくりにしても、面長すぎるかも。しかも、眉は随分長いし、鼻は高い。かぶりものは、後世の作なのだろうが、どうもしっくりこない。どこかバランスの悪さがある。
 そんなことに気付いて、大型写真で全身をじっくり眺めていくと、急ごしらえ作品のような感じがしないではない。少なくとも、モチーフを暖め、徹底的に磨きぬかれてから造ったとは言い難い。

 こんなことは、素人の言い草だからどうでもよい話だ。ともあれ、状況から見て、聖徳太子の霊牌(御影)と考えるのは至極妥当。
 ただ、小生の勘では、太子ではない。すでに、聖徳太子イメージを重ねた釈迦如来が存在しているのだから、こちらは太子の血族の百済系大物では。表立って崇拝することは無理だが、仏教普及に大いに貢献し、国を救ったと認められるなら、崇めて鎮魂せざるを得まい。・・・どうせ、誰も解明できないから、こんな風になんとでも言える訳である。

 ついでながら、法隆寺大宝蔵所蔵の似た状況の観音菩薩像にも触れておこうか。言うまでもないが、百済観音と九面観音。前者は化仏の宝冠が発見されたので、虚空蔵菩薩でなく観音菩薩とされてはいるが、よく見る観音菩薩像とは雰囲気が余りに異なる。百済連合派v.s.新羅交流派の角逐の結果、前者が消えて、唯一残された像ということか、などと考えてしまう。一方、後者は唐からの渡来仏。こちらは、唐重視路線者の崇拝仏だったということか。

 というところで、もとにもどろう。
 法隆寺の救世観音の話をしてしまったが、それが、京都での仏像拝観とどう関係するのかといわれそうだ。
 ところが、飛鳥から離れているというのに、その雰囲気を醸し出すお勧め仏像が京都にあるらしい。小生は今の今まで気付かなかった。・・・“拝すると一見飛鳥仏のような印象を受けます。”という。三千院の宸殿に安置されている救世観音像(1246年)である。
 ご想像がつくと思うが、歴代門主の霊牌と共に祀られている。救世観音とは、国家を仏教で救うべく尽力する人々の霊牌を意味しているのは間違いないところ。
  →  「三千院の文化財 彫刻」  (C) 三千院門跡

 もっとも、京都の臍に位置する、伝聖徳太子建立の六角堂を思い出される方の方が多いかも。・・・“色と欲から離れ切れない絶対矛盾に突き当たって、もだえ苦しんでいられた親鸞聖人に対して、「若しあなたが女性の肉体と交わりを結ぶ時は、私(観音)が玉女という女となってあげましょう」”という救世観音夢告。
[http://www.shinrankai.or.jp/nenpyo/08guzekannon.htm]
 尚、六角堂(頂法寺[天台宗])の本尊は御丈5.5cmの如意輪観音。秘仏のお姿を想像しながらのお参りもありか。(第30回で取り上げた。)
  →  「六根清浄をねがう六角形の本堂」  (C) 六角堂

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