表紙 目次 | ■■■"思いつき的"十二支論攷 2015.8.2■■■ 十二支の「猿」トーテム発祥元を探る南方・前尾の猿に関する十二支論攷読むと色々な気付きが生まれる。そのなかで、一番よかったのが猿。 真面目な深堀一途の前尾論の筆が猿だけはそうもいかないご様子なのが面白いからでもある。3猿の解説に、知らない筈もない、論語の有名な一節を引用していないのだ。3猿の起源が中国の筈なしということだろう。 「非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動。」 [論語 顔淵第十二之一] と言うか、政治家だけあって、信条ありき。神仏・道儒はもちろん、呪術や修験道まで、すべてを混然一体化させる日本流文化を大切にすべしということ。3猿を狭い視野で捉え返すのだけは止めて欲しいと言うことだと思う。 そう考えて、猿信仰の解説を読むと、かえってその原点が見えてくる気がするから不思議である。日本の猿信仰の本質を考えながら、海外の状況を眺めると、流れが見えてくるといったところ。 もともと猿ほどなんだかよくわからないトーテムもあるまい。国内で有名なのは山王の猿信仰だが、御所鬼門の猿は赤山禅院担当だ。[→] そして、それと関係あるのかないのかよくわからぬ庚申信仰にも猿がある。こちらは、ニニギノ命の先導役を務めた猿田彦神を意味するとされるが、余りに様々な要素が混交しておりナニガナニヤラ状態。 これだけならまだしも、猿回し/猿曳/猿曳といった御祈祷が加わってくる。(主体は、武家の厩舎厄病除け。朝三暮四で知られる"狙公"が元のようだから、渡来信仰。)初春の祝福芸として人気を呼び、意味が変わってしまったようだが。(どうせ渡来思想だと単純に考える訳にはいかない。華北〜朝鮮半島にはサルは棲息しないからだ。) それに言葉の縁起担ぎもありそう。「真猿=勝る、魔去る」ということで。まさに雑炊文化の粋。 絡まった糸を解くには、ヒトの側ではなく、サルの側から見るとよいのでは。ここで重要なのは、「サル」という日本の概念で眺めないこと。 例えば、現代中国では、猿は信仰の対象と言うよりは、嘲笑の対象とされているように見える。しかし、殷王朝では始祖はサルだった。以後の帝国の官僚は、おしなべてそれが愉快ではなかったのだろうから、チベット族トーテムだった可能性が高い。そのサルだが、獼猴。日本語では赤毛猿で、日本猿と同じマカク類。棲んでいる地域は広範だが、見かけの印象ははかなり違う。 それでは、中国での信仰対象の猿とはソレかと言えば、そうとは言えそうににない。サルと言えば、西遊記の斉天大聖というのが通り相場だからだ。推定でしかないが、赤毛猿とは全く異なるコロブス類のゴールデンモンキーこと金糸猴と見なされている。つまり、全く異なる思想が入って来たことを意味する。 「申」[雷電の形象であり、明らかに神]に当てる生肖のサルを明確に決められなかったということ。・・・ 猴≠猿=猨=蝯→玃[500才の猿] しかし、サルならなんでもかまわぬとはいくまい。 もちろん、他の猿が信仰対象になっている地域もある。 インドネシアで例外的にヒンズー教徒だらけのバリ島へ行ったことがある人はわかるかも。サルの鳴き声合唱がハイライトの舞踏劇「ケチャ」に登場する猿だ。確か風神の子だが、軍団として大活躍する姿を写したもの。それは黒猿だという。創造ではなく、実際に存在する生物である。もちろん、全身真っ黒。トサカ頭というか、NHK的にはモヒカン刈り風。豊かな表情を見せるのが一大特徴。尊敬に値する動物と言ってよかろう。 → ダーウィン!図書館#388顔は口ほどにものを言う!クロザル 2014.11.23NHK 何故に、黒猿を持ち出したかといえば、余りに日本猿と風体が違いすぎるから。しかし、だからこその信仰とは言えまいか。東南アジア観光の猿寺院は日本猿と同じマカク系で似ているから、そのような感覚を無くしがちだが。 と言うことで、インドの猴神を眺めてみよう。(至る所に猿寺があるそうで、山道でも安全のために祀ってあるとされ、民衆の信仰は深い。)絵や像を見ればわかるが、日本猿とは相当に異なる姿のサルである。そのため創造神と解釈しかねないが、実在するサルである。つまり、「サルは聖獣」ではなく、「ハヌマン-langur[長尾葉猴]は聖獣」なのだ。 黒猿同様に独特の風貌。 ・赤顔ではなく、黒顔 ・手足の露出皮膚も黒色 ・体毛は深く、銀色 ・8頭身的で見るからに痩身 ・かなりの尾長 しかも、樹上棲ではなく、草原棲。従って、そんな環境があれば、4,000m級のヒマラヤ高地でも棲むらしい。しかし、森や沙漠が障壁となっているのか、インド亜大陸外には進出していない模様。 尚、ハヌマンは偶像化されると、ビシュヌ化身を加えて5頭10本の腕となることも。その表現から見て、獅子、鳥(ガルーダ)、馬、等の代表とされていそう。 牛とは位置付けが全く異なることがおわかりだろうか。 ここで終わってはいけない。ナイル川の信仰を眺めないと。 そこには、トト神がいる。その姿は朱鷺頭と思いがちだが、サルの場合も少なくない。トリがサルに変わったのである。太陽神ラーに従うようだから、アジアなら鶏か烏に当たるのだろうが、そこにナイル上流の草原に暮らしている動物のサルが起用されているのだ。なんとも不思議ではないか。言うまでもないが、サバンナの獰猛な動物と呼ばれる狒々。 尚、マントヒヒではなく、ミドリザルとする説があるようだが、スフィンクスのトト神の頭を見れば、それは有りえない。ナイル流域から離れている、アフリカの草原の民のトーテムと混交することはありえまい。単に、美しい毛並みのなかに、鮮やかなブルーの性器が目立つサバンナザルをナイル帝国の王がトーテム化させる必然性は無い。 さて、そのトト神だが、ヒヒの姿になっている場合は月を抱いていることが多い。太陽神に従うというのに。 ここが翼で飛ぶことができる朱鷺でなく、手を使える狒々が果たす役割の重要なところ。つまり、太陽は、船頭たる狒々が力強く漕ぐ船で月夜に移動することを意味している訳だ。太陽神をお迎えする訳で、祭祀の司祭そのもの。おそらく、王としては自分の始祖は狒々であると称したに違いない。 いかにも川の帝国らしさ紛々。ちなみに、陸的な信仰だと、昆虫の「糞転がし[スカラベ]」が太陽神従者となる。 そして、着目すべきは、狒々の役割はそれに留まらない点。ナイル川帝国では魂は冥界へと船で運ばれる訳だが、その船頭も兼ねる。これで、「猿」信仰が氷解するのでは。そう、これこそ三途の川を渡るシーンそのもの。つまり墓はナイル川の西側に設定されることになろう。その先は地の果てに続くような沙漠の「穢れようがない静謐な」世界。西方浄土思想の原点である。 → 「沙漠もイロイロ」[2015.3.7.] もちろん対岸の東は、太陽神が活動する場所。月夜の晩に、死者の魂は狒々が操る船で東岸から西岸に渡って行く。どこに連れていくかを意思決定するのは船頭。閻魔大王の裁きならぬ、船頭の捌き。それを交通安全活動と解釈することもできる訳だ。 この信仰が馬の帝国に入るとどうなるかと言えば、馬は沙漠という陸の海を航行する船だから、狒々に馬を操る役割を果たしてもらわねばならないことになる。その狒々の代役として、手が使える猿が選ばれてだけのこと。実際、馬と飼い猿は結構仲良しになれるし。 根底に太陽神信仰を抱える「馬」トーテムを重視する帝国としては、生肖「猿」は極めて親和性が高いのである。 結論。・・・猿トーテムの発祥は、ナイル川帝国。 ─・─・─サルの分類─・─・─ → 「モンキー尽し」[2014.3.23] ┌─<非猿>日避猿・・・有皮翼 ┤ │┌<曲鼻> ││┼│┌【マダガスカル】Lemur ││┼└┤ ││┼┼└【アジア〜アフリカ】Loris,Galago └┤ ┼└<直鼻> ┼┼├──【東南アジア島嶼】眼鏡猿 ┼┼│ ┼┼└<狭義のサル> ┼┼┼│ ┼┼┼├─【中南米】<広鼻>・・・ポケットモンキー[狨] ┼┼┼│ ┼┼┼│↓<狭鼻> ┼┼┼│ ┼┼┼│┼┼┌《尾長猿[果然]》 ┼┼┼│┼┼│ Allen's Swamp Monkey ┼┼┼│┼┼│ Talapoins ┼┼┼│┼┼│ Patas Monkey ┼┼┼│┼┼│ サバンナモンキー/Vervet Monkey ┼┼┼│┼┼│ Guenon ┼┼┼│┼┌┤ ┼┼┼│┼││┌《ヒヒ[狒狒]》Baboon,Gelada ┼┼┼│┼│││【イエメン〜サウジアラビア ┼┼┼│┼│││ スーダン西部〜エチオピア〜ソマリア〜ジブチ】 ┼┼┼│┼│││ マントヒヒ Hamadryas B. ┼┼┼│┼│││【エチオピア-ウガンダ-ケニア-タンザニア】Olive B. ┼┼┼│┼│││【ケニア-タンザニア-中央アフリカ】Yellow B. ┼┼┼│┼│││【アフリカ南部】Chacma B. ┼┼┼│┼│││【アフリカ西部】Guinea B. ┼┼┼│┼││├Mangabey ┼┼┼│┼││├Mandrill ┼┼┼│┼│└┤ ┼┼┼│┼│┼└《マカク[獼猴]》Macaque ┼┼┼│┼│┼┼【中国南・東部山岳地域】チベットモンキー[藏酋猴] ┼┼┼│┼│┼┼【アフガニスタン〜パキスタン/インド北部〜中国南部】 ┼┼┼│┼│┼┼ 赤毛猿[普通獼猴 or 夒] ┼┼┼│┼│┼┼【インド東部〜インドシナ半島〜中国南部】 ┼┼┼│┼│┼┼ 紅顔猿[短尾猴] ┼┼┼│┼│┼┼【インド北部〜チベット〜雲貴】アッサムモンキー[熊猴] ┼┼┼│┼│┼┼【南インド】Bonnet macaque ┼┼┼│┼│┼┼【スリランカ】Toque macaque ┼┼┼│┼│┼┼【東南アジア島嶼】蟹喰猿[食蟹獼猴] ┼┼┼│┼│┼┼【台湾】台湾猿 ┼┼┼│┼│┼┼【日本】日本猿 ┼┼┼│┼│┼┼【中国北部〜朝鮮半島】存在せず ┼┼┼│┼│┼┼【スラウェシ島】黒猿[黒猴], Muna-uton, Heck', ┼┼┼│┼│┼┼ Moor, Gorontalo, Booted, Tonkean macaque ┼┼┼│┼│┼┼【スマトラ圏離島】Pagai Island macaque ┼┼┼│┼│┼┼【インド-西ガーツ山脈】獅子尾猿[獅尾猴] ┼┼┼│┼│┼┼【バングラデッシュ〜インドシナ半島、 ┼┼┼│┼│┼┼ ボルネオ〜西インドネシア】豚尾猿 ┼┼┼│┼│┼┼(例外)【アルジェリア北部〜モロッコ】Barbary macaque ┼┼┼│┼│ ┼┼┼│┼│ ┼┼┼│┌┤【アジア〜アフリカ】 ┼┼┼│││ ┼┼┼│││ ┼┼┼││└──《コロブス[疣猴]》Colobus ┼┼┼││┼天狗猿[長鼻猴]Proboscis monkey@カリマンタン ┼┼┼││┼金糸猴[川金絲猴]Golden snub-nosed monkey ┼┼┼││┼ドゥクモンキー ┼┼┼││┼ハヌマンラングール[長尾葉猴]Hanuman langur ┼┼┼└┤ ┼┼┼┼│↓《ヒト近縁》 ┼┼┼┼│ ┼┼┼┼│┌手長猿[長臂猿 or 猱猴] ┼┼┼┼││ ┼┼┼┼│├オランウータン[猩猩] ┼┼┼┼└┤ ┼┼┼┼┼└【アフリカ系】ヒト類 ゴリラ,チンパンジー,ボノボ,ヒト (参照文献記載箇所) 「十二支薀蓄本を読んで」[→] 文化論の目次へ>>> 表紙へ>>> (C) 2015 RandDManagement.com |