→INDEX ■■■ ジャータカを知る [2019.6.30] ■■■ [112] ジャータカ・マーラー 例えば、7世紀中頃製作とみなされている法隆寺所蔵の玉虫厨子の"投身餓虎-捨身飼虎図"だが、この典拠もジャータカとされるが、パーリ語版には非掲載で[→虎]。その頃渡来した「金光明経」捨身品の図絵化だが、梵語(サンスクリット)の「ジャータカ・マーラー」にも収載されているので、由来「ジャータカ」と書かれることが多い。 と言うことで、多少くどくはなるものの、梵語の本生譚について書いておくことにした。この知識を欠くと、滅茶苦茶な読み方になることに気付いたからでもある。 と言うことで、「ジャータカ・マーラー」をチラリと眺めておきたい。 先ずは、ハリボッタ"作"の邦訳(学術用)から序文の一部を引用しておこう。・・・ 師シューラがお作りになった諸ジャータカに、同等の高さをもって、追随することは、他の作者の誰にも出来ません。・・・このことを私は心得ています。偉大な詩人たちは甚だ阿含に精通しているので、その詩作は、世に広まっているのだということを。しかし、自分の目的を意欲することに熟練した私は、菩薩の行為を広く知ってもらうことにおいて、言葉を用います。・・・・・・法話を語って聞かせる人は、まず聖仙の経典を再話し、後に菩薩のジャータカを再話することによって、絵画の陳列場を灯明で非常に明るく照らし出した時のように、聴衆の心に最高の喜びを生じさせます。 (参照) 岡野潔:「ハリバッタ・ジャータカマーラー研究 (一) : 第一〜第五話和訳」哲學年報 77, 2018 「ジャータカ・マーラー」という同一タイトルにもかかわらず、ハリボッタ"作"とシューラ"作"があることでわかるように、これは編纂書の類ではない。経典の定義にもよるが、現代の常識からすれば、「ジャータカ・マーラーJātakamālā/本生譚花鬘」とは文学作品なのだ。大衆社会での文学とは違うので、当然ながら、対象読者というか、そのソサイエティにより中身は変わってこよう。 作者はこんなところ。・・・ 〇アーリャシューラĀryaśūra/聖勇の梵語編纂書 [大正#160]紹徳慧詢等[訳]「菩薩本生鬘論」34譚@2世紀 〇大勇[訳・撰・創作]:「分別業報略経」@434年 〇ハリバッタHaribhaṭṭa/獅子師の梵語編纂創作書@4末/5初世紀 〇Gopadattaの梵語編纂創作書@7世紀 これらの梵語の様々な"創作"に行きすぎ感があり、それを快く思わないため、南伝統一パーリ語版が編纂された可能性もあろう。1世紀頃には完成していたパーリ語口誦版を整理再編して文書化する必要性に迫られたということ。 実際、アーリャシューラ梵語原本、漢訳本、蔵語訳本、ハリバッタ梵・蔵は、同じ34譚であっても順序が異なっていたり選定譚の違いがあったりする。内容も違う。 さらには、百集型(シャタカ)も現れる。この場合、ジャータカ/本生譚ではなくアヴァダーナ梵語Avadāna/阿波陀那 or 譬喩因縁譚。(両者は素人にはほとんど同一カテゴリーに映る。後述。) ○Sarvāstivāda's アヴァダーナ・シャタカAvadānaśataka (Century of Noble Deeds)/譬喩百頌詩集 [大正#200]支謙[訳]:「撰集百縁経」 〇カルマシャタカKarmaśataka (蔵版アヴァダーナ・シャタカ:両者共通採択譚は一部らしい。) (この他、Mah&sāṃghika's Mahāvastu("Great Story")は梵語だけでなくパーリ語やアーリア系民衆語も混在しているそうだ。収録の中心はジャータカとアヴァダーナらしい。) 尚、パーリ語ジャータカ対応はこんなところらしい。冒頭にもってきた、"投身飼虎-捨身飼虎"譚が注目されるが、樹木系の話を避けているのが一大特徴といえよう。北伝では、草木に霊性を感じる話は教義に合わなくなったのかも。しかし、天台辺りと日本で復活することになる訳だが。尚、収録譚の数の34にどのような意味があるのかは不明。 [序] [1]Tigress(投身飼虎-捨身飼虎) [2]King of the Śibis…#499尸毘王 [3]Small Portion of Gruel…#415酢味粥食 [4]Head of A Guild…#40迦提羅樹炭火 [5]Aviṣahya, the Head of a Guild…#340維薩易哈長者 [6]Hare…#316兔 [7]Agastya…#480阿吉提婆羅門 [8]Maitrībala [9]ViŚvantara…(#547)毘輸安呾囉王子 [10]Sacrifice…(#50)無智 [11]Sakra…(#31)雛鳥 [12]Brāhman…#305驗コ [13]Unmādayantī…#527溫瑪丹提女 [14]Supāraga…#463蘇婆羅迦賢者 [15]Fish…#75魚族 [16]Quail's Young…#35鶉 [17]Jar…#512瓶 [18]Childless One [19]Lotus-Stalks…#488蓮根 [20]Treasurer…#171善法 [21]Cuḍḍabodhi…#443小菩提童子 [22]Holy Swans…#534大鵞鳥ハンサ [23]Mahābodhi…#528大菩提普行沙門 [24]Great Ape…#516大猿 [25]Śarabha…(#483)舍羅婆鹿 [26]Ruru-Deer…#482盧盧鹿 [27]Great Monkey…#407大猿 [28]Kṣāntivādin…#313堪忍宗 [29]Inhabitant of the Brahmaloka…(#544)大那羅陀迦葉梵天 [30]Elephant [31]Sutasoma…#537大須陀須摩 [32]Ayogṛha…#510鐵屋 [33]Buffalo…#278水牛 [34]Woodpecker…#308速疾鳥 共通譚が多い訳だが、だからといって、パーリ語版と大同小異とみなすべきではないと思う。梵語版とは、"カービヤKāvya調"の文学作品でもあるからだ。換言すれば、それは、古典サンスクリットの娯楽文芸と言うこと。 但し、娯楽と言っても、梵語と民衆言語の差は大きく対象は限られていた可能性があろう。つまり、王朝の支配者層との親和性を担保し、パトロンたる交易富豪層の宗教・政治姿勢性に合わせたものである筈。 そんなこともあってか、ストーリーの新規性には関心が薄いようだ。とは言え、独自の脚色を加えてはいるのだろうが。何と言っても、その特徴は、修飾様式の洗練性。斬新な修辞方法や比喩の豊かさが愛されたのであろう。 ここらが、仏教がインドで弱体化した遠因がありそう。 梵語である"カービヤ調"が愛される風土が定着するということは、源流回帰であり、「ジャータカ・マーラー」作品のマイナー化を意味するからだ。あくまでも主流は2大叙事詩なのだ。代表的作者はこのように。・・・ 〇バールミーキVālmīki/蟻垤 …"詩聖"(最初の詩人で聖仙) 約2万4000の詩句大叙事詩「ラーマーヤナ」 〇ヴィヤーサVyāsa/廣博仙人 …"編者"聖仙 約10万の詩句超大叙事詩「マハーバーラタ」 〇アシュバゴーシャAśvaghoṣa/めみょう馬鳴@1〜2世紀 …"弁才比丘"(カニシカ王期)「仏所行讃ブッダチャリタBuddhacarita」等 〇バーサBhāsa@3世紀 …古典劇戯曲 〇カーリダーサKālidāsa@4〜5世紀(グプタ王朝) ジャイナ教系 …戯曲「シャクンタラー」 抒情詩「メーガドゥータ」 叙事詩「ラグヴァンシャ」 パーリ語ジャータカは口誦でのママ伝承に拘り続けていたようで、文学的発展性を欠いてしまったし、そもそも文学当事者が仏教教団の僧侶の枠内に留まってしまうので作品が広まる可能性が閉ざされていたとも言えよう。 もっとも、ヴェーダVeda/吠陀教が、"カービヤ調"の流れに乗りやすかったとも言い難いが、梵語詩篇である点で親近感は生まれ易かろう。 聖者の口述の聖伝文学ではなく、神の啓示を文字化した天啓文学とされるからだ。しかし、現実には、様々な詩人が作った祭式用口誦を、その巧拙レベルを無視して集大成化したものだと思われる。祭式タイプつまり担当祭官毎に編纂されただけの話。 リグRig/梨俱…神の勧請(称讃歌詠) サーマSama/娑摩…歌詠(旋律を伴う讚頌) ヤジュルYajur/夜柔…供施 アタルヴァAtharva/阿闥婆…増益調伏 各べーダは形式が整っている。 サンヒターSamhita/本集…讃歌集/祭詞集 ブラーフマナBrahman/梵書…散文の祭儀運用書(付属解説) アーラニヤカAranyaka/森林書…秘説 ウパニシャッドUpanishad/奥義書…哲学 そうそう、アヴァダーナだが、内容的には前生譚。(大乗経典の過去世物語でのPurvayoga/過去因縁の表現形式として十二分教としてのアヴァダーナがあるとされているようだ。)従って、ジャータカとどこが異なるのか素人にはわからない。「弟子や信者の現在事を説明するのに前生過去事を持ち来たり、その因果応報の理で結びつける物語」と定義されることもあるそうだが。ウーム。(@「新纂浄土宗大辞典」)アヴァダーナで有名なのは「ディビヤーバダーナDivyāvadāna(Heavenly Legend)/天業譬喩経」。38譚収録されている。(検討する気はないが、もしかして必要になることもあるかも知れぬので、末尾に38譚のタイトルを並べておいた。) 尚、漢訳だが、基本梵語原典からで、それ以外と言ってもソグド等からの重訳でしかなく、南伝のパーリ語からは避けているから、、"カービヤ調"に倣って、創作性の加味は当然視されていておかしくなかろう。例えば、康僧会[訳・著]というのが実態だと思われる。 漢訳本生譚集に当たるのは、大正新脩大蔵経【本縁】[大正#152〜219]である。目立つのはこんなところ。 ●[大正#152]康僧会[-280年][訳]:「六度集経」91則中ほとんど。6章に整理。 (1)"布施"度無極章 (2)"戒度"無極章 (3)"忍辱"度無極章 (4)"精進"度無極章 (5)"禪度"無極章 (6)"明度(智慧)"無極章。 ○[大正#153]支謙「菩薩本縁経」 ●[大正#154]竺法護[239-316年][訳]:「生経」55則中に過半 ○[大正#155]「菩薩本行経」 ●[大正#160]紹徳慧詢等[訳]:「菩薩本生鬘論」…アーリャシューラ:「ジャータカ・マーラー」 ○[大正#190]「佛本行集経」 ○[大正#202]慧学等[訳]:「賢愚経」69則の過半…パーリ語中部129経に該当か もちろん、【阿含】(長阿含経」 「中阿含経」 「雑阿含経」 「増一阿含経」)の方にもいくつかの譚が挿入されているし、【律(教団戒律書)】(「根本説一切有部 毘奈耶薬事」)、【論(注釈書)】(「大智度論」)にもかなりの数の本生譚が入っている。 それなりに知られているお経にも、本生譚は入り込んでいるのである。(「大宝積経」 「華厳経」 「大般涅槃経」 「法華経」 「金光明経」 「金剛経」 「孔雀明王経」 「報恩経」 等) (参照) 王慧慧[編著]:「漢訳佛経中的本生故事」甘粛教育出版社 2017年 【参考】パンニャーサ・ジャータカPaññāsa-jātaka/50本生譚@15世紀(タイ北部Chieng May辺り)は、一部パーリ語版と共通するが、東南アジア固有の編纂書である。特徴としては布施話が多いこととされている。民俗的に有名なのは、12本のバナナを供して子宝を得たが数が多過ぎたことで始まる話だろうか。 (参照)畝部俊也:「パンニャーサ・ジャータカに説かれる捨身の目的:「声聞、独覚の栄達 (sampatti)を求めず」をめぐって」名古屋大学文学部研究論集(哲学)59, 2013 【参考】「今昔物語集」天竺部 巻五"天竺付仏前"(釈迦本生譚)でパーリ語ジャータカ類似なのは32話のうち以下である。ここらは、そのうち別途とりあげてみたい。 [巻五#1]僧迦羅 五百人商人 共至羅刹國語…[#196雲馬] [巻五#4]一角仙人 被負女人 従山来王城語…[#526那利妮伽王女] [巻五#13]三獸 行菩薩道 莵焼身語…[#316兔] [巻五#18]身色九色鹿 住山出河邊助人語…[#482盧盧鹿] [巻五#20]天竺狐 自稱獸王 乗師子死語…[#241一切牙] [巻五#24]龜 不信鶴教落地破甲語…[#215龜] [巻五#25]龜 為猿被謀語…[#57猿王, 208鰐, 342猿] [巻五#26]天竺 林中盲象 為母致孝語…[#455養母象] (参照) 佐竹昭広[編]今野達[校注]:「今昔物語集」新日本古典文学大系(33), 岩波書店, 1999年 【参考】「ディビヤーバダーナDivyāvadāna(Heavenly Legend)38譚 Koṭikarṇa-avadāna Pūrṇa-avadāna Maitreya-avadāna Brāhmaṇadārikā-avadāna Stutibrāhmaṇa-avadāna Indrabrāhmaṇa-avadāna Nagarāvalambikā-avadāna Supriya-avadāna Meṇḍhakagṛhapativibhūti-pariccheda Meṇḍhaka-avadāna AŚokavarṇa-avadāna Prātihārya-sūtra (The miracles at Śrāvastī) Svāgata-avadāna Sūkarika-avadāna Cakravartivyākṛta-avadāna Śukapotaka-avadāna Māndhātā-avadāna Dharmaruci-avadāna Jyotiṣka-avadāna Kanakavarṇa-avadāna Sahasodgata-avadāna Candraprabhabodhisattvacaryā-avadāna 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