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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.12.13] ■■■
[附59] 密教譚回避の真意
巻十八【本朝仏法部】巻十八が欠巻である理由を推定してみた。・・・不動明王系の呪術的霊験譚を避けたと。📖密教系欠巻[巻十八]
そこでは触れなかったが、天狗の推移について書いていて、ふと、一言付け加えておくべきだったとの気分に。

俗に言う、"危ないヒンドゥー教神"について。

教団指導者であれば、自国の風土を鑑みた"危なさ"は直観的にわかるもの。そして、それなりの対応をとるから、普通はそれほど気にする必要はない。しかし、本朝の密教の場合、そうはいかない事情がある。

それは、密教相伝制度に抜け穴があるからだ。本来なら、この制度で、秘匿事項は教団組織外へ無闇に流出することはないが、実質的にはザルに近い。
と言うのは、役行者のネットワークに乗って密教を広げてしまったから。
修験道系の山岳修行者と繋がっている以上、そこから秘儀が流出し、その意義と無関係に俗世間に拡散する制度になっていると言ってもよいだろう。

忘れてはならないのは、役行者は、僧の弟子だったから僧(比丘)に映るが、その基本姿勢は俗人(優婆塞)である点。つまり、一端、山岳修行者に漏れれば、燎原の火の如く俗世間に広まってしまうことを意味する。
正確に言えば、漏れるのではなく、積極的に漏らすのであり、修験者は、それに大きな意義を感じているからだ。
山岳修行者といっても、僧のお籠りや、「今昔物語集」で度々使われる用語の仙人への道を志向しているのではない。
修行で力を得たら、それを、即、俗世間に持ち返って、一般大衆に"利"を与える活動をするという意気に燃えているのだから。そこには、高僧や統治者のお墨付頂戴の発想はないのが普通。
従って、場所に縛られることもなく、修行地を転々する傾向がある。全国の生情報を一番早くしかも深いレベルで知ることになる人々と見てよいだろう。
その意気は高いが、結果的に社会にどのような影響を与えるかは考えずに動くことも特徴と見てよいだろう。
統治者からすれば、修験者を寺社組織に落ち着かせ、社会の不安定化は避けたいところ。勝手に動かれて、反体制カルトが発生でもしたら一大事だし。

「今昔物語集」編纂者も、それを危惧しているからこその、巻十八欠巻の決断だと思うが、結局のところ社会の枠組みのなかで上手く収まったと言ってよさそう。

「今昔物語集」編纂者も、危惧の念ありといっても、大事にはならないだろうと踏んでいたようだし。

それがわかるのは、伏見稲荷譚については、あたりさわりのない話の収載で済ましているからだ。
  【本朝世俗部】巻二十八本朝 付世俗(滑稽譚)
  [巻二十八#_1]近衛舎人共稲荷詣重方値女語📖近衞官舎人
狐譚もおだやかなストーリーだ。
  【本朝世俗部】巻二十七本朝 付霊鬼(変化/怪異譚)
  [巻二十七#40]狐託人被取玉乞返報恩語📖狐
伏見稲荷とは、秦氏の神話でもある稲が生じた奇譚からの名称で、ご祭神も宇迦之御魂大神が中軸である。しかし、現実的には狐信仰に近い。
常識的には、狐とは、ジャータカから推察するに、死肉を喰らう森周辺に棲む野獣ジャッカルの本朝版。このことは、天竺の荼吉尼天ダーキニー信仰が入って来たことを意味する。
ただ、この辺りの事情は、表沙汰にするのが憚れる状況がありそう。
  【本朝仏法部】巻二十本朝 付仏法(天狗類 冥界の往還 "その他")
  [巻二十#14]野干変人形請僧為講師語 (欠文)

この崇拝対象だが、人肉を喰らい、常時髑髏を身に着けかねない、おどろおどろしい女神。天竺では、修行が行くところまで行き着き、ついに、死体置き場でトンデモ修行を始めた、究極の信仰を掲げるカルト集団が生まれたことを意味していると考えるしかあるまい。
そんな教義を含む呪術を本朝に持ち込まれたらえらいこと。身の毛がよだつ。
ところが、伏見稲荷には、それを全く感じさせるモノはただの一欠けらも無い。ただ、ご利益の方はただならぬということで、一大参詣ブームとなったのである。

「今昔物語集」編纂者は曼荼羅を通じて、天部の神々についてかなり深く理解していただろうから、その辺りの事情を推察していたに違いない。
(死人の手足を持ち、血杯をあおる姿は異様である。)
三国を眺めていれば、本朝に於ける無毒化に気付かない訳がないからだ。

この女神は、当然ながら、性エネルギーの象徴神でもあるから、破壊を旨とし、陽物がシンボルでもあるシヴァ神の傘下になる。
そのシヴァ神だが、本朝に渡来すると、軍神的にもならず、暴力的色彩はすべて焼失。富裕をもたらす穏健な大黒天と化す。さらにはおよそ無関係と思われる"出雲の大黒様"と呼ばれるまでに。

思うに、そのような本朝化を図ったのが、最澄と空海かも。
そんなことを示唆するお話を収録できる訳がなかろう。

伏見稲荷と空海の繋がりは有名であるから触れないが、最澄の動きについての情報は少ない。ただ、三面大黒守護神(大黒天+毘沙門天+弁才天)を延暦寺台所に祀ったことが知られている。

ついでだから付け加えておこう。

「今昔物語集」では、全く触れていないが、ほぼ通説となっているのが、丹生という地名が残る地にはたいてい弘法大師伝説が残っているという見方。伊勢神宮寺には、空海が水銀精錬を指導したという伝承があるほどで、鉱業との関係は深いものがある。空海が全国を踏破しているとは信じがたいから、弘法大師衣鉢を持参した修験道的真言僧が各地の水銀鉱山開発を主導したと思われる。
このことは、真言密教に震旦道教の不老不死の丹薬的観念が取り入れられていたことを意味していそう。そうなると、俗人との接点で行われた加持祈祷も道教的な要素が色濃い可能性も高そうだ。「今昔物語集」編纂者としてはその辺りの記述も避けたかっただろう。

【参考1】
胎蔵曼荼羅の最外周には約200もの尊像があり、まさにその他諸々の様相を呈している。
📖胎蔵曼荼羅[12]帝釈天
<天体系>
【七曜】【十二宮】【四方七宿】【特別な3星】
【十二天-八方】
 帝釋天インドラ
 閻魔天王(焔摩天)ヤマ
 水天ヴァルナ
 毘沙門天/多聞天ヴァイシュラヴァナ
 火天アグニ
 涅哩帝王(羅刹天)ラークシャサ
 風天ヴァーユ
 伊舎那天/大自在天/摩醯首羅)イシャーナ/マヘーシュバラ
 
摩訶迦羅/大黒天マハーカーラ(シヴァ神)
【十二天-天地日月】
<主尊>
【帝釈四王天】
<他のヒンドゥー教神>
 鳩摩利クマーリー
 那羅延天/毘紐天ヴィシュヌ
 
毘那夜迦ヴィナーヤカ(障礙神⇒歓喜天ガネーシャ)
 
荼吉尼天ダーキニー
 肥羅天クベーラ
<衆>
【龍王衆】【摩羅迦衆】【緊那羅衆】【緊那羅衆】【音天】【歌天】【阿修羅衆】【迦楼羅衆】【持鬘天衆】【仙人衆】
<釈尊>
<人>
<「無色界四天」処楼閣内尊像>
<「欲界六天」処天人>

【参考2】代表的な稲荷社
 伏見稲荷大社
  志和稲荷神社@岩手紫波
 竹駒神社@宮城岩沼
 笠間稲荷神社@茨城笠間
 箭弓稲荷神社@埼玉東松山
 豊受稲荷本宮@千葉柏
 王子稲荷神社@東京
 鼻顔稲荷神社@長佐久
 卍豊川閣妙厳寺(豊川稲荷)@愛知豊川
 生玉稲荷神社@名古屋
 千代保稲荷神社@岐阜海津
 岩室稲荷神社@舞鶴吉坂
 源九郎稲荷神社@大和郡山
 瓢箪山稲荷神社@東大阪
 卍最上稲荷山妙教寺@岡山
 草戸稲荷神社@広島福山
 太皷谷稲成神社@津和野
 祐徳稲荷神社@佐賀鹿島


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