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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.3.24] ■■■
[268] 五百羅漢
五百羅漢とは、釈尊涅槃後の第一次(及び第四次)結集に参画した三藏的な五百比丘(阿羅漢)を尊崇するための用語らしい。
 「佛五百弟子自説本起經」
   佛祖滅度次年,迦叶召集五百比丘,
   匯編釈迦牟尼遺留的著作,参加這一次結集的五百比丘即是
五百羅漢
 「舍利弗問經」
   弗沙蜜多羅王滅佛法後,有
五百阿羅漢重興聖教。
これからすると、500とは単なる多数という意味でしかなさそうだが、特別に思い入れがある数字のようだ。

釈尊存命中、説法伝道が許される阿羅漢レベルの弟子の数は500と称していたからかも知れない。官僚的ヒエラルキーで運営される中央集権的な教団ではなく、と言って地場祭祀者の連合体でもなく、釈尊と五百羅漢が互いに交流しながら巨大化した組織であることを想起するための聖数かも。
🙍《五百羅漢》
「法華經」にも"五百弟子授記品"がある。
   五百阿羅漢。於仏前。得受記已。歓喜踊躍。即従座起。到於仏前。頭面礼足。悔過自責。
 「十誦律」卷四
   釈迦牟尼在世時,有随他听法傳道的五百弟子,被称為“
五百羅漢”。
 「揶鼈「含經卷」十二/卷四十二
   一時佛在羅城,迦蘭陀竹圍所,與大比丘衆五百人俱。
  〃
   一時佛在舍衞國祇樹給孤獨園。爾時世尊與大比丘衆五百人倶。

500人比丘衆という表現だらけである。例えば、祇園精舎に釈尊と500人の比丘が居り、そこに帝釈天が現れ如来の母への説法を要請するといったシチュエーションになる。往還のお供や、弟子が連れて来るのも500人比丘。
ただ、王舎城での雨安居場面での弟子の数が1,250だったりするが、これは、弟子が集まったため、孫弟子を合計した数字。(1,250=500+250x3)
   舍利弗亦欲詣羅閲城夏坐。千二百五十弟子、皆欲詣羅閲城夏坐。

Ω《五百仙人》
さて、話は飛ぶが、《一角仙人》を取り上げた。[→]
その心を揺るがしたのは、国中から選抜された500人の美麗な女性。一角仙人の住処へと大勢で押し寄せたので、その魅力の虜になってしまった訳だ。こんな話があると、とても聖数イメージは湧かないかも。
  婬女即時求五百乘車,載五百美女。五百鹿車,・・・
これは「大智度論釋」卷第十七 初品中禪波羅蜜第二十八での表現だが、その項の前後を眺めると、五百仙人が登場している。
  五百仙人在山中住,甄陀羅女於雪山池中浴;
  聞其歌聲,即失禪定,心醉狂逸,不能自持。
  :
  五百仙人飛行時,聞甄陀羅女歌聲,
  心著狂醉,皆失神足,一時墮地。

仙人はことさら美女に弱いようで、久米仙人のように力を失ってしまうのだ。ご想像がつくように、久米寺創建の如く、五百仙人の結末は、阿羅漢になるというもの。

仙人も阿羅漢も、マ、そう大きな違いはなさそうに思うが、蝙蝠が阿羅漢になったと言われると、かなりの飛躍を感じさせる。
尤も、話の筋としてはあくまでも外道の山人父子の教化ではあるが。前世の話が絡むので、蝙蝠の五百羅漢転生譚になるという嗜好。・・・
😎《五百蝙蝠》
  【天竺部】巻四天竺 付仏後(釈迦入滅後の仏弟子活動)
  [巻四#11]天竺羅漢比丘値山人打子語
  ⇒玄奘:「大唐西域記」巻二健邏国ガンダーラ
〇羅漢の教化の旅の途中途上、幼童を連れている山人に出会った。
 その幼童は笞で打たれて、泣いていたため、
 羅漢はその理由と共に、どういう関係の子供か尋ねた。
 すると、自分の子であると。
 「声明論」を教えても、さっぱり読めないから
 笞で打っている、との返事。
 それを聞くと、羅漢は笑った。
 山人が何故笑うのか訊くと、
 答えてくれた。・・・
 「汝は、前世の因縁を知らないのだ。
  この幼童の過去世は山人だが、
  その書はその時に作ったのである。
  そして世に広めたから、優れた人とされていた。
  ところが、後世に、役立たないことがわかってしまい
  愚痴に転生してしまったのだ。
  だから、自分が作った書も読み取れなくなった、という訳。
  仏法は、その時点では、役立つと思えなくても
  後世になれば、過去世のことが眼前に見えてくる。
  そこで、来世のことも知ることが出来ようになるのだ。
  従って、仏法を必ず学ぶべきだ。」
〇「汝に、前世の因縁を教えるので、覚えておくように。」
 大勢の旅の商人が、南海の浜辺の大樹の下で泊まることに。
 火を焚いて、座って夜を明かした
 樹には洞があり、500匹の蝙蝠が住んでいたが
 煙が出るから、逃げ出したと思っていた。
 ところが、阿毘達磨を読誦していたので、
 その尊い法文を聞こうと、熱さを我慢して離れずにいた。
 焚火の勢いは凄く、すべて焼死しまった。
 しかし、その功徳で、皆、人間に転生。
 全員、出家し比丘になり、羅漢となった。

   南海之濱有一株枯樹,内中穴居五百蝙蝠。
   一日衆商侶燃火取暖,其中一人誦讀經藏,蝙蝠聞經,不避火燒而心歡喜。
   此五百蝙蝠即在迦濕彌羅國
結集之五百阿羅漢的前身。
 我は、その一人である。
 こうして仏法に従っている訳だ。
〇羅漢は
 「汝は、仏法に従うべし。
  子は出家させ、仏道を歩ませるべし。」
 と教えを垂れた。
 山人が仰せに従ったところ
 羅漢の姿は掻き消すように見えなくなった。
 山人は大変に驚き、尊く思い、仏法への信仰はさらに深まった。
〇仏の涅槃後、100年以上経ってからのコト。


次は、鼠と「法華経」。
🐁《五百鼠》
  [巻四#19]天竺僧房天井鼠聞経得益語
  ⇒非濁[n.a.-1063年][撰述]:「三寶感應要略」中13 賓國鼠聞誦律藏得阿羅漢感應
 釈尊涅槃後。
 法華経読誦に精進する比丘が住んでいる僧房の天井の上に
 500匹の老鼠がいた。
 毎日、この法華経を聞き奉って数年経った。
 そこに、60匹の狸がやって来て、老鼠を喰い尽くしてしまった。
 殺された鼠は、すべて利天に転生。
 そして、利天で寿命が尽き、人間界に転生。
 そこで、舎利弗尊者に出会い、阿羅漢果に達した。
 弥勒菩薩の生に随伴し、記別を授受。衆生救済に励んだのである。
 鼠も、経を聞き奉れば、かくのごとし。
 人間なら、誠心誠意法華経を聞き奉って仏道を成就すれば、
 悪趣に堕ちることなどある筈がない。
 外典にはこう書いてある。
  "白き鼠は寿命300年。
   百才から身体は白色に。
   そうなると、年の吉凶事を知るようになり、
   千里内での善悪の事も悟る。
   その名は神鼠。"
 法華経を聞き奉って悟りを得た訳である。


「今昔物語集」には収載されていないが、動物としては大雁も。ヒマラヤを越える種を指しているのではないか。
聖なる雪山を往還する霊鳥と見られていたのだろうが、現地人でないとそんな実感は湧きにくかろう。
《五百大雁》
 宝唱[撰]:「経律異相」@516卷四十八
   佛祖在波羅捺国為四衆説法時,
   
五百只大雁听到佛祖的声音便飛到佛祖面前,
   听佛講法,死后全部升入利天,成為
五百羅漢

五百羅漢のお話は、本来的には、釈尊の直弟子の涅槃後活動に関するもので、上記のように四巻に所収されてしかるべきだが、五巻にもある。
上記は前世が蝙蝠や鼠といった動物だが、五巻の方はヒト。その違いで分けたように見えるが、こちらは弟子の教化活動話ではないということだろう。
500の動物が善行で阿羅漢に転生した話が四巻で、500人を前世の釈尊が救済した話が五巻ということだろう。五百羅漢の前生譚であっても焦点が違うのである。
💰《五百商人》
  【天竺部】巻五天竺 付仏前(釈迦本生譚)
  [巻五#_1]僧迦羅五百人商人共至羅刹国語[→羅刹鬼]
  ⇒玄奘:「大唐西域記」巻第十一僧伽羅国シンガラ=セイロン島
  [巻五#28]天竺五百人商人於大海値摩竭大魚語
  ⇒(玄奘:「大唐西域記」巻第八 摩掲陀国マカダ(ビハール〜北ベンガル)
 500人の商人が宝を求めて渡海中のこと。
 物見楼上に居る梶取に何が見えるか尋ねたところ、
 「二つの日と白い山があり、奔流が淵に入って行くような景色だ。
  これは、皆は知らないだろうが、魚の王だ。
  二つの日に見えるのは魚の目。
  白い山は魚の齒。
  水が速やかに流入しているのは、
  魚の口に引かれて流れているということ。
  それはとてつもなく恐ろしい処。」
 と答えた。
 そして、500人全員で、心を一つにして、
 仏の御称名と観音の御名を念じ奉って、この難を免れよと申すので
 その通りにすると
 魚は口を閉じ、海中に入ってしまった。
 お蔭で、500人の商人は無事に本国に帰還できた。
 この魚だが、
 寿命が尽き、人に転生し、比丘になり、阿羅漢に。

「酉陽雑俎」には、天竺僧からの直接伝聞の、潮を吹く巨大海棲動物が記載されており、珍奇と考えていたようだ。しかし、海人系たる本朝では鯨はよく知られていた。とてつもなき巨大魚のイメージを提起されても、鯨の親分といった感じで受け取っただろうから、震旦の人々が受けたほどのインパクトはなかったかも。[→ジャータカ鯨]
ただ、大陸での話であるから、摩竭魚のもともとの概念は南海棲息動物由来ではなかろう。
  [巻五#11]五百人商人通山餓水語
 500人もの商人が、旅の途中道を間違えて、深山に迷い込んでしまった。
 3日の間、飲み水にありつけず、死を待つだけの状態に。
 その一行は、小僧を連れていたので、頼むことに。
 「仏は、
  命あるものすべての願いをかなえて下さるし、
  三悪道に堕ちても、身代わりとなって、助けて下さる。
  実に、有難いこと。
  そして、こうして、お弟子様とご一緒させて頂いております。
  剃髪し、法衣を身に着けられたお坊様でございます。
  そこでなのですが、
  このままだと、我ら500人は水が飲めず死んでしまいます。
  どうか、私共をお助けください。」
 小僧は、
 「本心から、おっしゃっておられるのでしょうか?」と。
 商人達は、
 「生きるか死ぬかは、お坊様次第なのですから。」と。
 そこで、小僧は高い峰に登って、巌に腰を据え、語る。
 「剃髪は致したものの、未だ未熟者。
  人を救う力など持っておりませぬ。」
 商人達は、藁をもすがる思いで語る。
 「お坊様は、仏弟子のお姿です。
  どうかお助けを。」と。
 小僧には成すすべもなく、水を求めて祈願するしかなかった。
 「十方三世の諸仏如来よ。
  我の脳漿を水に変えて、商人達の命をお助け下さい。」
 小僧は巌の端に頭を打ちつけたのである。
 頭から血が流れ出したが、その血は水に変わっていった。
 五百人の商人と沢山の牛馬はその水を飲み死なずに済んだ。
 その小僧は現世釈迦仏、五百人の商人は現世の弟子。


👑《五百皇子》
  [巻五#12]五百皇子国王御行皆忽出家語
 五百人の皇子に先導させ、行幸中の国王が比丘に出会った。
 その比丘は琴を弾きながら、
 五百人の皇子行列の前を通って行った。
 その琴の音は、大臣の言うには
  有漏の諸法は幻化のごとく、
  三界の受楽は空の雲のごとし。
 と、響渡り、無常を感じさせるものだったという。
 すると、全ての皇子達が車から降りてしまい、
 比丘に追随して行ってしまった。
 その後、皆、出家し受戒。
 その比丘は現世の釈迦仏。五百人の皇子は現世の五百羅漢。


四巻と五巻での五百羅漢譚は、かなりこなれた前生譚なので、一巻や二巻の類似譚をその流れで見てしまいがち。と言うか、そう感じさせるとうに狙った構成と言った方がよいか。
何故にそこまでするかと言えば、そこに仏教がインターナショナル性を担保できた鍵が隠されているからだ。
政宗一体型の軍事独裁帝国によるグローバル化ではなく、分散型でありながら同じプラットフォーム上で多様な国家を併存させる社会構造を実現した初の宗教ということ。
「今昔物語集」編纂者はそれに気付いていたのだと思う。

盗賊を阿羅漢にするとは、そうした社会構造に変える第一歩だからである。国々や階層間の隙間で生活している人達の姿勢を変えることで、社会の一体化を図ったのである。
仏法僧が、分け隔てている溝の橋渡しになるということでもあろう。これなくしては、インターナショナルな人・物・情報の交流などできないということでもある。
「今昔物語集」編纂者が、中華帝国の"皇帝"という存在を忌み嫌ったのは、その精神からすれば唾棄すべきモノ以外の何物でももないから。同様に、それを支える宗教たる儒教を毛嫌いするのも当然の姿勢と言えよう。

と言うことで、五百強盗成羅漢譚。・・・
🔪《五百盗賊》
  【天竺部】巻一天竺(釈迦降誕〜出家)
  [巻一#38]舎衛国五百群賊 [→仏伝]
  五百人の群賊を各照し給ふ。・・・
   御弟子と成ぬ。
   所謂る、霊鷲山の五百の御弟子と云は此れ也。

  【天竺部】巻二天竺(釈迦の説法)
  [巻二#29] 舎衛国群賊殺迦留陀夷語
  仏、諸比丘に告て宣はく、・・・
   昔の五百の眷属は、今の五百の群賊此也。


巻一の話は、現代感覚からだと結構凄まじいが、古代としては珍しくもないシーン。
治安こそが権力維持の決め手だから、盗賊退治は国家にとって重要だからだ。
  波斯匿王、此の軍賊を皆捕へて、各目をり、手足を切て、
  高禅山と云ふ山の挾に追ひ棄たり。

ところが、500人は「南無釈迦牟尼仏、我等の苦を済ひ給へ。」と声をあげた。そうすると、眼目が開け手足が出てきて元通りの身体になという、霊験が得られたのである。

巻二の方には前世の釈尊が登場しない。従って、欠文扱いにされたようだ。補遺で得られた話。
ただ、仏説の前世譚ではある。
 常に迦留陀夷羅漢を供養していた舎衛国婆羅門、臨終に当たって
 一人っ子に
 「汝、孝養の志が有るなら、死後、同じように大羅漢を供養奉るように。」
 と遺言して死んだ。
 そこで、その子は言われた通りに。
 たまたま用事で遠方に行くことになり、
 妻に供養するようと言い残して出立。
 その妻は、形貌端正な大いなる婬女。
 その美貌に魅せられた者が、五百群賊の中におり、
 密かに通じることに。
 それを、訪れた大羅漢が知ってしまった。
 妻は羅漢が夫に姦通を知らせるのでは、と恐れ、
 賊人を伝えてその羅漢を殺害させた。
 波斯匿王は、その事件を聞き、
 「我が国内で、貴く止事無い証果が示されている聖人の大羅漢が、
 婆羅門の妻によって殺されてしまった。」
 と歎き悲むと共に、大いに憤り、
 五百群賊を捕縄。手足を切った上で、頸を切り皆殺し。
 婆羅門の妻も処刑。その家の近隣8,000家をすべて消滅させた。
 仏の御弟子や諸々の比丘はこれを見て、仏に尋ねた。
 「迦留陀夷は前世にどの様な悪行をなし、
  婆羅門の妻の為に殺された上に、
  これほどの大事を引き起こすことになったのでしょうか?」と。
 仏はこう告げたのである。
 「迦留陀夷は乃往過去無量劫という遥か昔に、
  大自在天を祀る祭司主だった。
  五百の眷属と共に、一頭の羊を捕らえ、
  四足を切断し、大自在天への供犠とした。
  その罪で地獄に堕ち、ずっと苦しみ続けた。
  その時に殺された羊は、今の婆羅門の妻。
  大自在天を祀る祭司主は、今の迦留陀夷。
  その時の五百の眷属は、今の五百の群賊。
  殺生の罪は、何世にも渡って朽ちることは無い。
  こんな風に、互に殺し、その報を受ける訳だ。
  たまたま人に生まれ、羅漢果を得たが、
  今もって、前世の悪業の罪が残っており、
  その分の報いを受けたのである。」と。

【「十誦律」十七】迦留陀夷は淫欲・破戒の説法をしたため、密通発覚を恐れた姦通者に狙われることになった。仮病で請われ、糞所に行った時、刺殺され、断頭の上糞中に埋められた。釈尊はこれを知り諸比丘を率いて屍を城外に運び出して火葬に。波斯匿王はこれを聞いて、その婆羅門家を7代に渡って滅ぼした。

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