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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.10.18] ■■■
[475] 飛鉢法
飛鉢法と言えば、定番は絵巻。
《信貴山》
[天台系修行者(沙弥)]明練/命蓮[9世紀末〜10世紀前半]
  [巻十一#36]修行僧明練始建信貴山語📖信貴山縁起
この飛鉢法が何時何処で生まれたのか判然とはしないが、天竺では、途切れることなく鉢に食べ物が出てくるとか、水汲みに行かなくとも壜に水が入っているという手のご霊験はそう珍しいものではなさそうだから、その変形版と見ることができなくもない。
しかし、修行して身に付けることができる呪術とされており、常識的には震旦で、道教のコンセプトを仏教化した結果と見るのが自然だ。
術を磨くだけの道教は外道、と主張するだけでは対抗できないことに気付いたのであろう。
(「今昔物語集」では常陸出身霊験所々修行の明練だが、通常は信州の命蓮。意図的な改竄と見た。)

深山幽谷の幽巖之内無人絶處の宝珠形の地での修行で飛鉢法を習得できるとされており、鏡が不要であるといった点を除けば、ほとんど、道教の仙道世界といってよかろう。
  齋戒 不食一切五辛 不淨魚肉之類
  不縁女境 遠離一切世間
  散亂煩惱至清淨 無人處作茅菴室 獨好閑靜
  唯食草葉木菓石等之類
  日夜誦呪未至三年得遣空鉢
  莫誦他呪莫作攀縁一向一心唯誦一呪
  莫事不辨所得福報莫作慳貪遍施衆生廣作佛事
  若作貪心伸不復隨鉢不得飛行者能慎莫作懈怠。
    [不空[譯]:「持咒仙人飛鉢儀軌」]
    …「如意宝珠転輪秘密現身成仏金輪呪王経」放鉢品によるらしい。


信貴山は真言系であるが、命蓮は比叡を出たとされており、比叡で一時期流行っていたのではないか。
○浄蔵[891-964年 三善清行子]…加持祈祷 ⇒雲居寺
  山にて、鉢の法を行ひて、鉢を飛ばしつつ過ぎける
   [「発心集」巻四#2 浄蔵貴所、鉢を飛ばす事]
     (一条戻橋、八坂塔、葉二[朱雀門の鬼の笛]で知られ祇園祭山伏山で登場する有名人。
     親より知られていることがわかる記載があるが、取り上げないようにしている。
     さらに、小馬鹿にしたような譚が収載されている。
     [巻三十#3]帝のための箱入り娘が病み、浄蔵は加持祈祷に呼ばれたが、情通。
     絵巻の他譚は、命蓮v.s.浄蔵の加持祈祷競争とも考えられる。)


それに、震旦に入った寂照/大江定基[962-1034年]は、飛鉢が聖人としての必須能力とされていることを知り、本朝では特別視されており、すでにその法術は絶えており、自分は習得していないと語ったが、本国の三宝に祈願するとたちどころに呪術を見せつけることができ、一同を感嘆させているのだ。
  [巻十九#_2]参河守大江定基出家語📖圓通大師大江定基

ただ、この内容は皇帝を前にした面子の問題であり、食事に於ける配膳での術見せであり、本朝のように米俵が大量に飛んで行くのとは大違いである。
この大江の系譜に属す匡房が著したのが、日本最初の神仙説話集「本朝神仙伝」(全37譚)。神仙との名称だが、ほぼ仏教一色である。「今昔物語集」に引用されている慶滋保胤:「日本往生極楽記」986年を引き継ぐ作品との印象があり、類書は17世紀になってからしか登場しないので、まさに独壇場。
【大江系譜】…家人・学者の家
千古
└○維時
├○斉光
│└○定基[962-1034年]
└○重光
┼┼└○匡衡
┼┼┼└○挙周
┼┼┼┼└○成衡
┼┼┼┼┼└○匡房[1041-1111年]
この書には、修験道の祖でもある役行者譚も収録されているが、米俵飛ばしではなく、母を引いて鐵の鉢に乗り海に浮かんで去ったとの話。

鉢は単なる食器に過ぎないが、仏僧が托鉢に使う重要な宗教用具でもあり、一般家庭では全く使われない。聖人示寂後の遺品としては、格別なものとして扱われる筈。多くの場合は法嗣に引き継がれることになろうが、紛失することもあろう。そうなればなんらかの伝説が不可されるし、残っているだけなら、寺宝化するだろうから鉢の霊験譚が生まれるのは自然な流れだ。
しかし、米俵が一斉に飛んで行くというのは、一介の道教的仙人が行う托鉢擬きの飛鉢術レベルとは質的に違うと見るべきだろう。

「本朝神仙伝」には、そんな話が、収録されている。
《琵琶湖》
○比良山の僧
仙道を学んで飛鉢法を習得したが、琵琶湖を航行する大津船に鉢を飛ばして米を求めたところ、楫取が嫌った。すると、鉢に従って船中の米が雁行状態で山に飛び去った。

場所柄、比叡の僧の仙人になるべく修行する場所となったようである。
  聖の好む物 比良の山をこそ尋ぬなれ 弟子遣りて
  松茸、平茸、滑薄、
  さては池に宿る蓮の/這根、根芹、蓴葉、
  牛蒡、河骨、独活、蕨、土筆。 [「梁塵秘抄」巻二]


この影響力は絶大なものがあったようで、周辺にも飛鉢譚の伝承がある。
○相応[比叡無動寺千日回峰行祖]@近江八幡 伊崎寺[「渓嵐拾葉集」]
○〃:"神通飛行の鉄鉢"白鬚神社@琵琶湖南勢多/比良明神
(水運中心の地域では、"仙人空を飛ぶ"のインパクトが薄く、物を飛ばす超能力になるのはわからないでもないが、五穀断の仙人が米を調達するという、非合理的な仕業が面白い。強欲に米を供出されて反乱が発生して、取り返されたが、中央に報告すると拙いことになるので仙人の仕業にして丸く収める方法が多用されたのであろうか。一方、陸路では、全く知られていない山道や勘で藪漕ぎしていく移動するので、空を飛んでやって来たと語られても当然だろう。予期せずに山里に出てしまうこともあり、たまたま女性に出くわしてしまい、久米仙人のように結婚して居付いてしまうこともありえよう。)

日本海側は発祥が古そうだ。
《越》
天台や真言との繋がりを感じさせない、修験道の大師[白山開基]もその術を駆使することで知られていたという。[「泰澄和尚伝記」10世紀]
米の運搬と関係するのは明らかだ。
○泰澄📖国上山の泰澄大徳
├○臥行者@能登島
└○船頭神部淨定
飛鉢譚としては、臥行者が師の食の面倒を見るのに術を使っただけでなく、御用米運搬中の船から、越前五山の一つ修験の地越知山へと米俵を飛ばしたというのである。
意味深のお話で、「今昔物語集」には収載されなくて当然だろう。日本海側の沿岸航路の守護を担っているともいえ、安全通行保険的な供出が要求されていたということのようにも映るからだ。(岩木山-大平山-男鹿-鳥海-佐渡-越後五山-立山-白山-大山)

似たパターンを瀬戸海航路でも見ることができる。
《瀬戸内海》
陰陽師智徳@播磨
  [巻二十四#19]播磨国陰陽師智徳法師語📖陰陽師
播磨明石沖で海賊に襲われた船主を助けるため、智徳法師は陰陽の術で海賊を捕らえ、積荷を取り返した。海賊は説諭の上、放免。
それほどまでに力があるのだが、晴明にはかなわなかったのである。

これだけでは飛鉢とは無縁に映るが、この地では飛鉢術はよく知られていたのである。
○法道/空鉢仙人@法華山一乗寺649年@播磨[「峰相記」]〜丹波篠山五台山東窟寺
以下も関係していると見てよいかも。後世発祥の可能性が高そうだが。
○飛鉢上人@讃岐琴南 中寺…瀬戸内海を通る船に鉢を飛ばして追いかける。船頭が鉢に白米を入れると鉢は帰るが、入れないと鉢が燃え、火を吹きながらどこまでも船を追いかけてくる。○空鉢上人@屋島寺
○鉄竜上人@玉厨子山泰仙寺

こうして見て行くと、本朝の飛鉢術は、道教仙術とは余りに違いすぎる。不老長生や尸解といった雰囲気もなさそうだし。
それに術を見せつけるといっても、社会事業で材木を飛ばす類ならわかるが、どう見ても略奪的托鉢でしかなく、余りに俗世臭い行為だ。にもかかわらず、好意的に見られている。どうして、このような信仰が生まれたのか、はなはだわかりにくい。
(供米がほとんど入っていないので軽くて空に吹き上がるご時世というおもしろ話の可能性もある。…"鳥羽僧正以絵諷供米不法事" [「古今著聞集」1254年画図条])

ただ、信貴山縁起は他の米俵飛鉢とは全く違っており、「今昔物語集」が托鉢飛鉢としてだけとりあげたのもわかる気がする。(絵巻の米俵飛ばしとは、新興層の信貴山への蔵寄進譚で、米強奪的托鉢譚ではない。)

マ、「今昔物語集」編纂者的には、バラバラゴチャゴチャな信仰の寄せ集めである道教と比較しても意味は薄いですゾ、となろうか。・・・
道教の特徴は、冗談的な儒教模倣と、仏教への尊崇とお洒落と見てのこと。
例えば、すべての神話を抹消されてしまったので、どんなものでも神に仕立て上げ、官僚制に押し込め大喜びすることにしたのである。もちろん神に貢いで、見返りを要求する訳であり、役に立たなければ棄てるだけ。これこそ儒教の合理性そのものということで。
危うくなったら、孔子をしかるべき地位に任命しさえすれば、弾圧のご難を逃れることができるし。

仏も、もちろん、外来神仙の1つである。
震旦の人々も、仏教の考え方には共感を覚えたのだろうが、儒教の天命王朝である限り、本気の信仰などできかねるのは当たり前。宗族第一主義が厳然として存在する以上、それを否定する信仰を吐露できる訳がない。宗族から離れれば孤立無援だけでは済まず、周囲は敵だらけになり、自分の存在自体が危うくなるのは目に見えているからだ。帝国のお墨付きが無い限り、表立って仏教を支持できる訳がないのである。従って、中華帝国では、仏教は道教に埋没していくしかない。
仏教徒と付き合う道士からすれば、そんなこともわからないのか、という気分もあったろう。
だからこその道教経典づくりと言ってよいかも。公言しないだけで、偽書だろうが、改竄・物真似大いに結構だった筈。一体、そのどこに問題があるのかという、まさに民衆意識そのもので作られたと見てよかろう。ある意味、学問ばかりに熱中する層に対するおちょくりでもある。震旦では、実利に直接つながらない限り、信仰と教学の密教的な教団組織を編成しても民衆から浮いてしまうということ。

米俵飛鉢法術は道教由来ではなさそうだが、その姿勢は道教的と言えるのかも。

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