→INDEX ■■■ 今昔物語集の由来 [2020.10.26] ■■■ [483] 藤原道信の歌 ●[巻二十四#38]藤原道信朝臣送父読和歌語 991年、法性寺に入った父為光逝去。哀傷歌を読む。これが冒頭に来る。📖系図@藤原公任の歌 夭逝にもかかわらず、その辺りの話は避けている。 その上で、どういう意味があるか定かではないが、なんと20首も羅列。 しかも、あろうことか、清原元輔[908-990年]📖"禿頭に冠"で大爆笑のマイナーな作も混在。 そんなこともあり、ネット情報のレベルでは追いきれない。 恒徳公の服ぬぎはべり 限りあれば 今日脱ぎ捨てつ 藤衣 果て無き物は 涙なりけり [拾遺#1293] 朝顔の花を、人の許につかはすとて 朝顔を 何は悲しと 思ひけむ 人をも花は さこそ見るらめ [拾遺#1283] 見る人も なき山里の 花の色は 中々風ぞ おしむべらなる [道信集] <伊勢> 亭子院歌合の時よめる。 見る人も なき山里の 桜花 ほかの散りなむ のちぞ咲かまし [古今#68] ⇒源俊頼[1055-1129年]:「俊頼髄脳/俊頼朝臣無名抄/俊頼口伝集」1113年 【十二】表現の虚構と歌心📖「俊頼髄脳」好み 或る女のもとに行った時、親が女を隠したので、女がそこに居るのに会えなくて帰り、贈った。 よそなれど うつろふ花は 菊の花 何へだつらむ 宿の秋霧 [道信集] 3首で〆にしておけばよかったのだが、つい上記の歌を追加したくなったのだろう。 そこで俄然、遊び心。 ●我が宿の 垣根の菊の 花ざかり まだうつろはぬ 程に来て見よ [清原元輔] ●桂川 月の光に 水まさり 秋の夜ふかくなりにけるかな ●思ひ出づや ひとめながらも 山里の 月と水との 秋の夕暮れ [清原元輔] ●老いの菊 衰へにける 藤袴 錦残りて 在りとこたへよ "秋の野に、主なき藤袴も、もとの香りは隠れて、 懐かしき追風ことに織りなしなからむ、勝りける。・・・ 老いを忘るる菊、衰え行く藤袴、・・・" [「源氏物語」匂宮] ●吹く風の 便りにもはや ききてけむ 今日もちぎりし 山の紅葉葉 ●きみがへむ 世々の子の日を 数ふれば かにかくまつの おひかはるまで 女院初瀬詣で給ひて、まだ夜の深ければ出で給はぬほどに、月いとあかく澄みたれば、眺むるに、 そむけども なをよろづよを 有明の 月の光ぞ はるけかりける [道信集#86] 「内より出でば、かならず告げなん」など契りける人の、音もせで里に出でにければ、つかはしける 天の原 はるかにれらす 月だにも 出づるは人に 知らせこそすれ [後拾遺#968] 遠江守為憲、まかり下りけるに、ある所より扇つかはしけるによめる。 別れぢの 四とせの春の 春ごとに 花の都を 思ひおこせよ [後拾遺#465] 人の遠き所にまかりけるに 誰が世も 我が世も知らぬ 世の中に 待つほどいかに あらむとすらむ [後拾遺#470] すけゆき(相如)の朝臣、出雲に成りて下るに、権少将(宣方)などもあり、 あかずして かくわかるるを たよりあらば いかにとだにも とひにおこせよ [道信集#54] ●大弐国章こくのおひをかり侍りけるを、つくしよりのほりて返しつかはしたりけれは 行く先の 忍ひ草にも なるやとて 露のかたみを おかむとぞおもふ [清原元輔] 屏風絵に、はるかに沖に出ている釣舟が描かれているのを見て いづ方を さして行くらむ おぼつかな 遥かに見ゆる 天の釣り船 [道信集] 屏風絵に、霧の立ち込めている中を旅人が行くのを見て 朝ぼらけ 紅葉葉隠す 秋霧の 立たぬ先にぞ 見るべかりける [道信集] ●流れ来る 水に影見む 人知れず 物思ふ人の 物思ふ人の 顔や変はると マ、この遊びの気分、「小倉百人一首」#52の歌を知っていると、わからないでもない。恋の歌といっても、互いに世(夜)を渡り歩いてきた男女の仲を、粋を極めて詠むのとは大違いで、初々しさを感じさせるものだからだ。 冒頭の哀傷歌の"出来上がった"風情と落差有り過ぎということで。 明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな [後拾遺#672] おまけ。 <藤原頼孝> 中将道信朝臣みまかりにけるを、おくりをさめての朝によめる 思ひかね 昨日の空を 眺むれは それかと見ゆる 雲たにもなし [千載集#550] (C) 2020 RandDManagement.com →HOME |