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■■■ 「古事記」解釈 [2021.5.20] ■■■
[139] 「出雲國風土記」と不整合な理由
「出雲國風土記」は733年[聖武天皇]に奏上とされ、ほぼ完本で残存している。
断片的な地名譚が収録されており、50ほどの神名が登場している。独自のものが多いとはいえ、「古事記」で取り上げる神と目される場合もある。ところが、その事績の内容がさっぱり一致していない。しかも、驚くことに、大国主命の御子とされる事代主命の存在を示唆する話が無い。

こうした不整合性の頂点はなんといっても神須佐乃烏命の記載トーンではあるまいか。

反権力的行状や暴虐的性情を示すシーンは皆無なのだ。八岐大蛇退治成功譚に至っては、欠片さえ存在していない。「八雲立つ」の言葉も八束水臣津野命とされている。出雲の始祖的地位とは程遠く、登場は限定的でマイナーな存在に映る。・・・
 サセの木の葉をかざして踊った@大原郡佐世郷
 安来に来て「心が安らかになった」@意宇郡安来郷
 「小さいが良い国」と言い、自分の霊を須佐の地に鎮めた。@飯石郡須佐郷

大蛇退治が出てこないから、(「越の八口」が意味的には対応しているのかも。)櫛名田比賣も登場しないかと思いきや、久志伊奈太美等与麻奴良比売命は出産地を求める地名譚に登場してくる。但し、神須佐乃烏命との婚姻関係は不詳である。@飯石郡熊谷郷

伊弉奈枳命は登場しないが、御子の熊野加武呂命が大神とされているから、こちらの神が「古事記」の須佐之男命と見なすこともできないではないが、そう考えるに足る論拠は何もない。
その上、神須佐乃烏命の御子の名前のなかに、大穴持命との血縁関係を示唆する話も全く無く、無関係と見なされていると考えるべきだろう。そうなると、神須佐乃烏命は出雲の一地区の神でしかないが、何故そのような伝承がパラパラ存在するのかさっぱりわからない。大穴持命の出自も同様に出雲の一地区と考えるしかない。

それに、大穴持命は所造天下大神とされている点も、「古事記」のイメージと齟齬をきたしていると言ってよいだろう。大国主という名前を遥かに超える大きなスケールだからだ。「古事記」で言えば、冒頭の神に当たることになる。従って、弱さを感じさせる表現は、欠片さえ無い。
そういう点で八十神との地位表現は逆であるが、このことは、神々乱立状況を武力で克服したことを示すことになっており、所造天下という用語は単純な大言壮語と見なさざるを得なくなっている。
 八十神追討@大原郡
貝女神が大穴持命を蘇生させる話などそぐわないから、存在する訳もないのだが、女神自体は無関係に登場してくる。
枳佐加比売命は佐太大神@秋鹿郡神名火山の母とされている。海辺の貝女神と山神の関係ということになろうか。
 宇武賀比売命@島根郡法吉郷
 枳佐加比売命@島根郡加賀神埼
因幡の素兎の話も収録されていない。
但し、妻問婚が盛んな様子は描かれている。

当然ながら、国譲りのバーターとして大社造営が初めて実現されたとは書かれてはいない。
 八束水臣津野命の国引き後@意宇郡
 多くの神々が杵築に参集し、天の下造らしし大神の宮を築いた。@杵築郷
もっとも、「越の八口」平定後、国譲りは行った訳だが。
 出雲の国だけは、自分が鎮座する国。@意宇郡母理郷

「出雲國風土記」は、この地が神社で埋まっていることを示しており、祭祀権は譲渡できる訳もないと宣言しているようなもので、その根拠として、皇孫も大国主命を崇拝していたとの主張を核にしているということだろうか。
従って、もともとの出雲の神々は、「古事記」の出雲の神々とは一致しないとの方針を打ち出し、朝廷から承認を得たのであろう。

特に目立つのが<"國引" 八束水臣津野命>である。
   📖「出雲國風土記」目次

皇統は筑紫島の日向からで、母方も島の山神とさらに南の海神であり、東征の途中に玄界灘側に短期間宮を造営しただけで日本海側の歴史を欠いており、そこらの王権は国譲りで引き継ぐことになったということで収まりがついたのだろう。本州そのものはすでに生まれており、日本海側の国土を拡大しただけの話ということであるし。・・・
八束水臣津野命の國引では、初國小所作なので海人的手法で拡大することになる。隣の石見國・伯耆国との境は固定したまま。その堅固な基盤があって、余っている地を引き寄せることができたとされている。それは、新羅の岬、佐伎の国、良波の国、高志の国で、いかにも日本海王国連合の的風合い。「古事記」としては、大陸側が絡むから、収載しない方針であり、どう書こうがかまわぬということでもあろう。
但し、この連合体制構築については、高志の国が初元かも知れない。
「日本書紀」記載の国生みでの大八洲國成立は、先ずは大日本豐秋津洲から始まっていて、「古事記」とは違って、現実的政治=地理感覚そのもので官僚的律義さを感じてしまうが、一ヶ所奇異な箇所がある。佐度洲と吉備子洲の間に、嶋と見なすには無理がありすぎる越洲が入っているからだ。それなら出雲洲があってもよさそうに思ってしまうほど。 📖「日本書紀」の国生みは単純

ローカルとはいえ祭司権を握っている以上、「古事記」の系譜を正統とさせないために思案しただろうが、いかんせん「風土記」の規定内での表現しかできない。このため「古事記」系譜とどこが違うのかのポイントをつかむのは難しい。「古事記」は天皇命で、臣下として傍系に繋がることを示す系譜を示す書であるから、よくまとまっており、それとは"部分的な"違いがあることを示した程度でしかない。
「古事記」の系譜からすれば、八束水臣津野命は斐川(日河比売)・深淵之水・大水(淤美豆)という系譜に当たると誰でも感じる訳で、度重なる洪水で入海と河川流出先の地形が大きく変わったことを意味していそうなことは明らかであり、そのような時代の神ということでしかなかろう。そこから八雲が始まったとの主張はローカル感をますます深めるだけだが、それに気付かなかったのであろう。

それに、出雲国土全体の祖なら出雲神社が現存していそうなもの。ご祭神とする長浜神社@西園上長浜:砂丘の妙見山が該当する可能性もないではないが、神門郡の地での妙見信仰の社としか思えない。さらに、国引きの各国の神がどうなっているのかも定かではない。社の数が多いのだから、本来は奇異な話であるべき"古老傳云" が多用されているのも、気遣いというか、時代的要請に対応して書かれている雰囲気を醸し出す。

「古事記」でも大国主命については詳述しているが、「出雲國風土記」はほぼそのために纏めたような雰囲気。祭司権は中央に渡さないという決意の書と見てよさそうだが、国際情勢を勘案して朝廷もとりあえず対立回避で手打ちということだろうか。

ただ、大神は大穴持命だけでなく、それよりも古層の信仰に映る神々が並んでおり、ここらの評価で、「古事記」との違いが生じている可能性があろう。
つまり、太安万侶は、この4柱の神では、他の3柱の権威が上の可能性が高いと見た可能性があるということ。ただ、どの神も説話を欠くので何もわからぬが。
<出雲四大神>
●所造天下大神 大穴持命@出雲西部(大社杵築)
●熊野大神/熊野加武呂命@松江南部(八雲熊野)
●佐太大神@松江北部(鹿島佐陀宮内)
●野城大神@野城駅/能義/乃木
  能義神社+野美社[御祭神:野見宿祢]@安来能義
   [現御祭神]天之菩卑能命(出雲国造祖)
   [「古事記」的発想なら]事代主命

出雲勢力からすれば、須佐之男命系でなく、天照大御神系の皇孫源流傍系の地位を示したかった筈だが、結局のところ中途半端な記載しかできなかったようだ。

「古事記」の出雲神話と呼ばれている部分は、制圧服従させた側が纏めたもの。序文で示唆しているように、すべての臣下を皇統譜に"正当に"位置付けるため、正統系譜作成の命を受けて作成されたのが「古事記」。出雲勢力ができることには限界があろう。と言うか、皇統譜に位置付けることで国が成り立つという信仰が確立している以上、たいしたことができる筈がないのである。
(言うまでもないが、バラバラに見える部族神を、系譜で統合することで、国が生まれていく仕組み。儒教の宗族第一主義はこれと真っ向から対立することになる。血族祖神への絶対的信仰であり、当座、宗族共存だが、それは利を考えた合理的選択でしかなく、長期的にはパイの取り合いでしかないから、一度でも対立したことのある他宗族は抹消を狙うのが旨。それは子々孫々、祖先に約束させられた義務でもある。従って、天子独裁=官僚統治なくしては安定社会実現は無理難題。一方、経典の民は、部族神を全否定し、全人類唯一神を規定することで、政教一致の神学国家が生まれることになる。聖典の解釈次第で表面的には変貌するものの、政教分離はある一面だけをとらえた方便でしかない。)

以下、「古事記」系譜に、該当していそうな風土記の神々を当て嵌めてみた。

○須佐之男命 📖宇都志國玉~の宮
┼┼┼⇔●神須佐乃烏命
└┬△櫛名田比賣
┼┼⇔▲久志伊奈太美等与麻奴良比売命@飯石郡熊谷郷
○八嶋士奴美神
└┬△木花知流比売
┼┼○布波能母遅久奴須奴神
┼┼└┬△日河比売
┼┼┼○深淵之水夜礼花神
┼┼┼└┬△天之都度閉知泥神
┼┼┼┼○淤美豆奴神
┼┼┼┼┼┼⇔●八束水臣津野命
┼┼┼┼└┬△布帝耳~
┼┼┼┼┼○天之冬衣神
┼┼┼┼┼└┬△刺国若比売
┌─────┘
○大国主神
│⇔●大穴持命
└┬△須勢理毘売
││⇔▲和加須世理比売命@神門郡滑狭郷
│○n.a.
└┬△沼河比売@高志国(糸魚川産"翡翠")…"八千矛"
││⇔▲奴奈宜波比売命@島根郡美保郷
│○n.a.…姫川→諏訪の建御名方神ではなかろうか。
⇔●御穂須須美命
└┬△多紀理毘賣@宗像 奥津宮
│├┐
│○阿遅鋤高日子根神…その後の天若日子神葬儀に登場。
┼┼⇔●阿遅須枳高日子命
┼┼┼@神門郡高岸郷&仁多郡三沢郷⇒賀茂社@葛城
┼┼┼└┬▲天御梶日女命@楯縫郡神名樋山
┼┼┼│●多伎都比古命
┼┼┼└┬▲n.a.@神門郡塩冶郷
┼┼┼┼●塩冶毘古命
△高比売命/下照比売命(⇒天若日子神妻)…兄妹婚を示唆か。
└┬△神屋理毘賣…社建築担当の一族か。
│○事代主神
└┬△鳥耳神(八島牟遅能神の娘)
│○鳥鳴海神
│└┬△日名照額田毘道男伊許知邇神
○国忍富神
└┬△葦那陀迦神/八河江比売
┼┼○速甕之多気佐波夜遅奴美神
┼┼└┬△前玉比売(天之甕主神娘)…"埼玉(行田)"か。
┼┼┼○甕主日子神
└┬△n.a.
○建御名方神
<妻問婚譚>
└┬▲綾門日女命@出雲郡宇賀郷
└┬▲真玉著玉之邑日女命@神門郡朝山郷
└┬▲八野若日女命@神門郡八野郷
<再生譚>
△蛤貝比売  ⇔▲宇武賀比売命@島根郡法吉郷
△𧏛貝比売  ⇔▲枳佐加比売命@島根郡加賀神埼

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