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■■■ 「古事記」解釈 [2021.6.16] ■■■
[166] インターナショナル視点での船神
海人という用語は極めて曖昧であるが、小生はその核とすべきは操船能力と考える。

「古事記」では、天照大御神の統治下で馬が存在したことはでてくるものの、扱いは神とは無縁で、須佐之男命から敵視されているように映るし、車については一切触れられていない。モンスーン気候態であるから、国土は山林に覆われている上に河川が多いから船が重要な交通手段であるから当然ではあるものの、中華帝国とは舟に対する姿勢は大きく異なる。

海人にとって船は、工芸的に造船の神あっての乗り物ではなく、船自体が尊崇する大木からできているので、霊が籠っており、古代から神とされて来たのだろう。

ただ、鳥之石楠船~/天鳥船が登場するのは、神生みの最後の方。
有名な神名だが、それはココではなく国譲り譚で派遣されるから。そこでは、いかにも武神的な建御雷神は"副"でしかない。

大陸とは違い、航行能力が統治力を左右するからだろう。海からの侵略が奏功するギリシアでも、船は特別扱いである。・・・
 イオルコス国の正統王位継承者イアソンは王位に着くべく、
 黄金のフリース
(コルキス国王権のレガリア[ゼウスの羊の毛皮])を求めて、
 大工
アルゴーArgoが作った巨大な船で出立。
 その船には、半神半人の英雄ヘーラクレース
Heracles/海格力斯はじめ、
 勇士総勢50名が乗り込んだ。
 船首にはゼウス名代の神聖な樫材が使われており、
 そこからたびたび人の言葉
(予言)が発せられた。
常緑堅質といえば、西洋ではライブオークだが、倭では、材にしても腐食しない大木の楠(樟)である。大木が枯渇してくると、加工し易い杉材に代替され構造船の時代を迎える。

その辺りは、言われなくともわかるのだが、「古事記」が海人の話になっているとして読み始めると、この知識がかえって思考を硬直化させていることに気付かされる。
石楠船とは、岩のように硬い丈夫な船と解釈することになってしまうからだ。

小生の常識では、海人が、このような表現に石[≒磐]を用いることはありえない。石船とはお棺を意味するし、石製とは沈没する重い船というイメージを与えるからである。それこそ縁起でも無いの類の表現。堅い船とは、硬直的な材質を意味しているのではなく、岩に衝突しても凹みや傷程度で済む強靭さを褒めている表現。一気に砕けたり、亀裂から破断に進むような石的な硬い性質こそ一番嫌われる。船神に石という漢字を当てれば、それこそ、中華帝国官僚が倭船を揶揄するような用語になってしまう。

しかし、"石楠"とか"石船"でないなら、ナンナンダとなる。唯一考えられるのは、"鳥之石"とならざるを得ないが、これではさらにナンダカネが増すだけが致し方あるまい。

無理矢理にでも解釈せざるを得ないなら、"天鳥=石鳥類"とするしかない。
ただ、考えてみると、鳥トーテムのうち、海鳥派がいたならそれは突飛な話ではなくなる。容易く飼い鳥化できる海鳥が存在するからだ。・・・
  海鵜@温帯
  鰹鳥/海雞母@亜熱帯
  軍艦鳥@熱帯 水面非遊泳-長時間飛翔

言うまでもなく、これらは、岩棲鳥でもある。幼鳥を飼えば懐く訳で、その気になればヒトと鳥の共同生活も可能である。伝書鳩のように、船から放ち戻ってくるものかは疑問だが、揚子江の飼い河鵜は紐付きではなくヒトの兄弟的に漁を行うから、ありえないとは言い切れない。
そうなると、大洋航海で陸の方向を知るのに海鳥を使っていてもおかしくない訳で。
大陸南部での古代出土品での表現に、鳥トーテム海人族(鳥羽冠の漕ぎ手)の船の舳に鶏やペリカン形状の鳥が飾られている絵があるが、こうした習慣が存在した可能性を垣間見せていると言えないことも無いし。

トーテム信仰は抹消されてしまったので、直接的表現がされなくなったが、海人は岩鳥を尊崇していたということで、沖を航行する船のことを愛称的に、岩船とか鳥船と呼ぶことになっているのではなかろうか。
それは、海鳥が風に乗って飛ぶが如くに海上を疾走するのであろう。
 角麻呂歌四首[「萬葉集」巻三#292]
 ひさかたの 天の探女が 岩船の 泊てし高津は あせにけるかも
 向京路上依興預作侍宴應詔歌一首并短歌[「萬葉集」巻十九#4254]
 蜻蛉島 大和の国を 天雲に
 磐舟浮べ 艫に舳に 真櫂しじ貫き い漕ぎつつ
 国見しせして 天降りまし・・・


と言っても、上記の歌からは古代の鳥トーテム時代を伺わせるような点は皆無と言って間違いない。船に乗って降臨する先が磐座であることを示唆しているとは言えるかも知れないが。
要するに、岩船とは磐座行通行手段ということになる。天からであれば、その様子は鳥が飛ぶが如くと解釈されるのだろう。
海人の観念とはおよそかけ離れていると思われるが、残っている信仰はそのようなものだけのようだ。・・・
 神崎神社@下総香取神崎本宿 =舵取り【香取神宮】の末社
    (御祭神:天鳥船命 大己貴命 少彦名命) 673年創建

 隅田川神社/浮島宮@都墨田堤通
    (御祭神:速秋津日子神 速秋津比売神 鳥之石楠船神 大楫木戸姫神) 伝源頼朝創建

 [いし]船神社@常陸 那珂川支流 岩船川沿い/東茨城城里
    (御祭神:鳥之石楠船神) 859年創建


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❶冒頭。クラゲのような"原始の海"的世界に神が顕れる。
  造化三神
  📖インターナショナル視点での原始の海
 その世界の名称は高天原。
 海に囲まれた島嶼社会に根ざした観念と言ってよいだろう。
 栄養豊富な海辺での水母大量発生のシーンが重なる。
 天竺なら さしずめ乳海に当たる。

❷神々の系譜が独神から対偶神に入り、
 神世の最後に登場するのが倭国の創造神。

  伊邪那岐命・伊邪那美命
  📖インターナショナル視点での神生み
 高天原の神々の意向で、矛で国造りをすることに。
 矛を入れて引き上げると、
 あたかも潮から塩ができるかの如く、
 日本列島起源の島が出来てしまう。
 島嶼居住の海人の伝承以外に考えられまい。

❸交わりの最初に生まれた子は蛭子。
 
葦船に入れ流し去った。海人の葬制なのだろう。
 しかし、子として認められていない。

 葦と言えば、別天神で"葦牙因萌騰之物"として
 唯一性情が示されるのが
  
宇摩志阿斯訶備比古遅神
  …いかにも河川デルタ域の神。
📖葦でなく阿斯と記載する理由
 そして"国生み[=嶋神生み]"で、
 日本列島の主要国土を生成する。
 📖インターナショナル視点での嶋生み
❹最初の海神は、神生みで登場。
 10柱第一グループの8番目。

  [海神]大綿津見神
  📖インターナショナル視点での海神
❺本格的な船は神生みの最後の方になってから登場。
  鳥之石楠船~/天鳥船
 ここだけでなく、国譲りに再登場。
 派遣された建御雷神はあくまでも"副"。
 正は海を渡航する能力ある神。
 須佐之男命
❻ 安曇連祖神
  底津綿津見神
  中津綿津見神
  上津綿津見神
❼ 墨江之三前大神(住吉神)
  底筒之男神
  中筒之男神
  上筒之男神
❾ 伊都久三前大神(宗像神)
  多紀理毘賣命(胸形之奥津宮)
  市寸嶋比賣命(胸形之中津宮)
  田寸津比賣命(胸形之邊津宮)
❿天孫降臨後
  綿津見大神

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