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■■■ 「古事記」解釈 [2021.8.16] ■■■
[227] 忌瓮の登場箇所
神に供えるための忌[斎]み清めた神聖容器を忌瓮/いわいべ or いわへと呼ぶそうだ。お神酒を盛る素焼きの容器らしい。
従って、"居"とは、穴を掘って壺を埋めて据え置きすることを意味していることになる。
言向けや討伐に当たっては必ず行うことになっていたようだ。わざわざ、"斎/ゆ"ではなく、"忌/いむ"という文字を用いるのだから、そのような祭祀で用いるのではなかろうか。・・・

   《建波邇安王反逆譚@[10]崇神 📖師木水垣宮
  卽 副 丸邇臣之祖 日子國夫玖命 而 遣時
  卽於 丸邇坂 居忌瓮 而 罷往

しかし、平瓮/ひらかとなると、吉凶占の土器投げでも使う薄い素焼きの皿だろう。それを国内すべての社に配って平安祈願を行なわせた模様。・・・

   《疫病流行阻止譚@[10]崇神
  卽 以 意富多多泥古命 爲~主 而
  於御諸山拜祭意富美和之大~前
  又 仰 伊迦賀色許男命 作 天之八十平瓮[毘羅訶]
  定奉 天~地祇之社
  又 於 宇陀墨坂~ 祭"赤色楯矛"
  又 於 大坂~ 祭"K色楯矛"
  又 於 坂之御尾~ 及 河瀬~ 悉無遺忘以奉"幣帛"也
  因此 而 伇氣悉息國家安平也

平定行軍に当たっては不可欠な祭祀だったのだろう。・・・

   《播磨[針間]と吉備の境界神祭祀譚@[7]孝霊 📖黒田廬戸宮
  大吉備津日子命 與 若建吉備津日子命 二柱相副 而
  針間氷河之前 居忌瓮
  針間爲道口 以言向和吉備國也
  故此大吉備津日子命者・・・吉備上道臣之祖也

播磨の河川といえば加古川だが、河口域に氷河の御崎的な地はなさそうである。播磨側から吉備を侵攻したのだろうが、その際に国境に繋がる道の神に捧げたように映る。

基本的には神への祈願の際には、必須だったのだろうが。・・・

   《盟神探湯譚@[19]允恭天皇 📖遠飛鳥宮
  ウマカシ[味白檮]の言八十禍津日の前に
  くがへ[玖訶瓮]を据え置き
  天下の八十伴諸族[友讃の氏姓を定め賜うことに

八十禍津日神によって紛いを質する取り組みである。
 甘樫坐神社@高市明日香豊浦(甘樫丘)
  …元々の御祭神;八十禍津日神・大禍津日神・神直日神・大直日神

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