→INDEX

■■■ 「古事記」解釈 [2021.11.16] ■■■
[319] [私説]貝鮹と小貝の綽名の意味
「古事記」下巻末の系譜だけの記載は、上巻冒頭の神生み同様に、退屈というか、読む気を失わさせるに十分な書き方。しかし、太安万侶が、単なる整理した情報だけ並べている筈がなかろうから、特徴的な部分をさらに取り上げて、伝えたかった点を抉り出してみたい。

この部分の太安万侶の姿勢はかなり特異。
読めばわかっているにもかかわらず、総数に加えて性別毎の数を纏めとして注記を入れ込んだりしている。場合によっては、数を故意に合わないようにして注意を喚起したりするという手の込んだ工夫を施しているのだが、その真意を読むのはそう簡単なことではない。
書末の系譜では、さらに、"王"だらけになる。しかも、そのために名称に彦・姫的な記載が欠けてしまうために、性別がさっぱりわからないようになっている。つまり、官僚統制的統治の時代に入ったことを意味していることになろう。"王"とは、下賜地の統括者という意味でしかなくなったのだろう。御子の特徴や性別を云々する必要は無くなったということを示していると言えよう。

それを踏まえて眺めると、2王については、特別扱いしていることに気付かされる。・・・

天國押波流岐廣庭命㉙欽明天皇📖師木島大宮
└┬△石比賣命
│├┬┐
│〇八田王
│〇笠縫王
┌│─┘
│└┬△小石比賣命
││〇上王
││
│└┬△小兄比賣(岐多志比賣命の姨)
├┬┬┬┐
││〇馬木王
││葛城王
││┼┼│〇三枝部穴太部王/須賣伊呂杼
││┼┼長谷部若雀命㉜崇峻天皇📖倉橋柴垣宮
││┼┼└──────────┐
│└┬△岐多斯比賣(宗賀之稻目宿禰大臣之女)
├┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐│
橘之豐日命㉛用明天皇📖池邊宮
│△妹石坰王
足取王
┼┼│〇亦麻呂古王
┼┼大宅王
┼┼┼┼伊美賀古王
┼┼┼┼┼山代王
┼┼┼┼┼┼妹大伴王
┼┼┼┼┼┼┼櫻井之玄王
┼┼┼┼┼┼┼┼麻奴王
┼┼┼┼┼┼┼┼┼橘本之若子王
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼泥杼王
┼┼└─┐┼┼┼┼┼┼┼
┌──────────┘
└┬△間人穴太部王
┼┼├┬┬┐│
┼┼上宮之厩戸豐聰耳命(聖徳太子)
┼┼┼久米王
┼┼┼┼植栗王
┼┼┼┼┼茨田王
┼┼┼┼┼┼
沼名倉太玉敷命㉚敏達天皇📖他田宮
┌────┘
└┬豐御氣炊屋比賣命㉝推古天皇📖小治田宮
├┬┬┬┬┬┬┐
靜貝王/貝鮹王
┼┼竹田王/小貝王
┼┼┼小治田王
┼┼┼┼葛城王
┼┼┼┼┼宇毛理王
┼┼┼┼┼┼小張王
┼┼┼┼┼┼┼多米王
┼┼┼┼┼┼┼┼櫻井玄王

これは29〜33代の5天皇の系図ということになるが、実にインフォーマティブ。すぐに気付かされるのは、皇子・皇女で王の称号を欠く例外の存在。言うまでもないが、上宮之厩戸豐聰耳命。
次に、オヤッと思うのが、ずらりと並ぶ王のうち、綽名なのだろうか本名なのかわからぬが、別名が3つしか無いこと。うち2つが特に目立つ。
普通の感受性の持ち主なら、これが気にかからない筈はなかろう。

と言うのは、周到にも、34代天皇も系図的には掲載されているからだ。しかしながら、上記系譜には書けない。そこらについては、すでに取り上げたが、皇子ではない天皇だからだ。皇統断絶の危機に直面した訳でもないのに、魂の受け継ぎなき天皇が即位したことになる。
常識的には、29代皇子の30代と同じく皇子である皇后の御子が皇嗣だろう。しかも皇后は33代でもあり、その統治期間は37年に及んでいるから、若き御子の成長を見守るには十分の期間を経ているし、次代承認役も兼ねていた筈と言うに、そうはならなかったのである。

その皇嗣候補の位置にある2王に別名が記載されているのである。
  此天皇/沼名倉太玉敷命/㉚敏達天皇
  娶庶妹 豐御食炊屋比賣命/㉝推古天皇
  生御子
  靜貝王 亦名 貝鮹王
  次 竹田王 亦名 小貝王
  :

何れにしても、貝という、いかにも海人好みの名前である。力強い土着者の称号とは考えられず、遠くからふらふらと漂着してきたイメージが浮かんで来る。

この貝鮹だが、二枚貝中に寄生する蛸を指しているのかも知れないが、認知度から想像するに、自前の貝殻を持つ蛸[二鰓八腕形頭足類]の方ではなかろうか。前者は、通称、飯蛸として知られ、母の名称との適合性があるが、わざわざ貝とする以上、違うと見た。そうなると後者の、蛸船とか葵貝と呼ばれる種。通俗的には貝蛸と呼ばれるのは葵型貝殻を持つ蛸を呼ぶことが多いようだし。
  【参考】📖イカ・タコの系譜 📖おうむがいの話

そんな風に考えると、おそらく、貝鮹王は女王名。自前の美しい貝殻を持つのは♀であり、♂は寄生的というか、貝殻に隠れるだけしかできないから。
一方、竹田王だが、これは葛城地方の地名と考えられる。海から遠く、貝とは無縁だから、小貝で知られる地域に転出したということか。男王として、飛び地に移ったことになる。
場所的には、貝寄せの風で知られる増穂浦海岸@能登(羽咋志賀)の可能性ありとなるが、ここまで行くとほとんどフィクション。

ともあれ、両者共に貝名であり、なんらかの強い結びつきがあることを物語っていそう。
そこらに、皇嗣候補から外された遠因があるのかも。

 (C) 2021 RandDManagement.com  →HOME