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■■■ 「古事記」解釈 [2022.9.3] ■■■
[610]天津罪について
大陸での馬=蚕観念は根強いものがあるとしたが📖「古事記」の蠶譚で見えてくること、要は、伊邪那美を地母とする葦原中国の国津神の代表としか見えない速須佐之男命が一番嫌悪したのが馬婚と見たということ。ただそれだけではなく、同時に、大嘗祭祀をも毛嫌いしていた点も見逃すべきではなかろう。
その点を少し補足しておこうと思う。

この祭祀は、現代で云えば収穫祭とも云えるものだが、それが極めて重要なのは、天津神々の生業が祭祀を核とする組織的活動でしか成り立ちえないからである。

水田稲作は、水源と配流の設備と管理から始まり、農歴に合わせた農事を組織的に細かく行わないと確実に収穫減になる。それに、種籾保管も捨て置けない作業。そのため、集団的統率の水準を高めない限り富は得られない。
従って、新嘗祭はこの仕組み維持のためには極めて重要であって、これに対する冒涜は見逃せるようなものではなかろう。

にもかかわらず、天照大御~が速須佐之男命のそのような行動を不問にしたのは、宇氣布で我心清明にして濁心無し判明との勝利宣言があり、山麓畑穀類作と併存できると考えたことになろう。しかし、馬婚的祭祀への敵対的行為を許すわけにはいかないということで、自らの役割を終えて天石屋に籠ることになってしまった。
ところが、その結果、高天原も葦原中國も暗闇化してしまい、神々は社会的終焉を避けるために解決に動かざるを得ず、"集集"総動員体制を敷き、すべての"呪"を揃えて臨むことに。

ここが肝要なところでは。あくまでも組織全体で対応する必要があるということで。

中華帝国のように国家樹立と独裁的武力統治(王権)はほとんど同義であり、それを支えるのが中央祭祀権(神権)である以上、どうあろうと祭祀冒涜罪に関しての国家成員の集団協議などありえまい。天照大御~の統治する高天原は中華帝国の考える国家観に当てはまらないことがよくわかる。

さらに、これをもたらした速須佐之男命は"負千位置戸・切鬚・手足爪令抜"とあいなるが、これが権力者の処断ではなく、八百萬神共議の結論とされている。常識では、国家権力の権力たる所以が否定されかねない仕組み。百越と呼ばれるようなフラグメント化した小国内での統治スタイルだろうか、あるいは、百ヶ国とでもいえそうなバラバラ主権の連合国の意思決定方法と同類なのだろうか。ともあれ、独特な政治風土を築いていたのは明らか。

こうした裁定手続きの特異性もさることながら、<罪>そのものの内容もよくわからないところがある。身体の対象は、髭と爪だけで、存在や行動を否定する処断ではなく、象徴的な措置。最重要祭祀を冒涜する行いにしてはえらく軽微に映る。現代であれば、組織成員に期間限定の謹慎処分を下す程度の、反省を促すレベルに見える。即刻重罰で臨み、後続の同様な犯罪行為を防止する法統治の考え方とは全く異なっている。(中華帝国の論理なら、祭祀を穢すことは、神権侮辱に当たるから、極刑で臨むことになろう。)
組織を永続のためには、組織に不要と見なせないなら、復活の道を開いておくべきという暗黙のルールがあるということかも。

ここらが、天津神が国津神の上位観念を生み出す力に繋がるのだろうか。国津罪では、病気・自然災害発生を取り上げており、除難と罪が被っている印象で、仏教の因果律的罪の哲学には合うが、肝心要の組織祭祀を穢す行為を罪とするとの観念が希薄のようにも思えるからだ。

こうして、<天津罪>と<国津罪>について書いているが、ココには前提があるので、ご注意のほど。📖天津罪と国津罪について・・・
太安万侶は、<天津罪>を単なる速須佐之男命放逐の理由を示すだけのものになることを予想していたか、すでにそのような動きをみて<罪>について記載しているのは間違いない。速須佐之男命の行為について、<罪>文字が記載されている訳では無いのだから。<罪>が用いられるのは、大陸国家との軍事的緊張が当たり前になってからの、大祓と豐樂時の粗相時だけ。
要するに、<天津罪><国津罪>という、後世の公的書類に記述されている概念はもともとの倭の考え方とは違うということ。中華帝国統治の模倣を意味する用語と見てよかろう。
<罪>とは、もともとは鼻削ぎの刑罰だろうし、その後代わったが、それは咎人を一網打尽化する象形であり、国家体制維持のための法家的思想濃厚な文字なのはすぐわかること。下記では最後の<大不敬>のみ<罪>文字を用いているからわかりにくいが。
  <辠[自+䇂/辛/𨐌]⇒罪[网/罒+非]
要するに、中華帝国の【十惡】@「唐律疏議」653年(謀反 大逆 謀叛 惡逆 不道 大不敬 不孝 不睦 不義 內亂)に基づいた対応で<罪>が定義されているということ。📖法律観念の端緒が見えてくる
---⑯大雀命求婚を拒絶した女鳥王謀反表明
     討伐將軍山部大楯連が生存王の玉を取得し妻に装着---
<不道>
---⑰大江之伊邪本和氣命の弟 墨江中王謀反
     ⑱蝮之水歯別命の画策で曽婆訶理が暗殺---
<不義>
---⑲男淺津間若子宿禰命の皇子 木梨之軽太子近親相姦---<内乱>
---大日下王子息 目弱王 ⑳穴穂御子殺害
     ㉑大長谷若健命 対応しない黒日子王・白日子王を残虐に殺害---

 【鉄則無視者を抹殺】結果的に末子継承
---新嘗祭酒宴担当の三重婇 ㉑天皇への獻盞で粗相---<大不敬>
ここらの説明は不要だろう。(<罪>の初出は大祓譚。・・・帝国国家的な祭祀として、この時に"新たに"設定されたと記載しているとしか読めまい。)

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