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■■■ 「古事記」解釈 [2023.6.24] ■■■
[728] 句読点への姿勢を考えると
英語(主語の性別で述部が変化しないタイプの"文構造"言語)を母国語とする本格的研究者の英訳は、結構、読む価値があるかも。・・・と考えて、一書(定番のようだが)を読みかけた。ところが、余りに古過ぎて、「古事記」の性表現が社会倫理から大きく外れ卑猥とされており、バッサリ削除でとても読めたものではなかった。
なかなか思ったようにはいかない。

小生は、「古事記」の現代文翻訳を読むには、まだ時期が早すぎると見ている。そのうち、文法や全体構造がはっきりする筈で、そこまで待った方がよいと思う。
そもそも、おかしいではないか。
太安万侶の文字表記化方針は序文に記載されているし、対象としている読者は漢文をスラスラ読めるインテリ層であり、読み方が分からないとか、何通りもの読み方がある訳があるまい。・・・何故にわからないかと言えば、日本語の常識の範囲内で眺めてしまうから。極論すれば、序文で示唆されている読み方の意味がわからないということでもある。

そんな馬鹿なと思われるかも知れないが、日本語は話語たる倭語の性情をママ受け継いでおり、英語や中国語とは異なっているから、ある意味仕方が無いのである。・・・未だに、日本国では、句読点の文法が作れないのは、ココに由来しているのは明らか。言い方が不適当の誹りは免れないが、日本人の能力の問題ではなく、その必要性を全く感じていないということ。
ところが、この姿勢では「古事記」は読める筈がない。読めないと言うと誤解を生ずるが、"解釈はいかようにも"状態は避けられない。

・・・素人なので、ここらの説明は厄介だが、取り組んでみよう。

川端康成作品の英訳についての評論を読んで解ったことがある。
"国境の長いトンネル"との有名な箇所だが、これこそ、まさしく、日本語の素晴らしい文章。(国境くにざかいと読むべきか考えさせられるし、片仮名のトンネルTunnelは日本語と考えるべきか多少は気になろう。)
後続文章を繋げると、もちろん、<国境の長い、トンネルだらけの雪国に入った。>ではなく、<トンネルを抜けると雪国であった。>。
文構造言語を母国語とする人にとっては、読み点の有無が極めて重要なのがよくわかる。(句読点は、その置き方により構文上の重大な変化を起こしうる。@wiki)しかし、日本語を母国語としていれば、たいした問題ではなく間違って解釈する人はいまい、と考えてしまう。この文章の情景を先に考えてしまう習慣から逃れられないからだ。(意味の区切りとしてよりも、"句読点"という名称が示す通り、事実上、単に可読性を高めるために用いられている。また、古くより読点を付すことは、「読点がないと文が読めない。」として読み手の読解力を軽んじる失礼な行為とみなされる。@wiki・・・表面的にはその通りだろうが、それが本当の理由ではなかろう。)
(少々無理があるが、比喩的に語るなら、この違いは作曲過程と同じ。天才とされるモーツアルトに限らず、"普通は"先ず頭の中にメロディーを想い浮かべてから、それを順に譜面化するもの。しかし、理論的曲想に基づいて基本モジュールを創り、五線譜の上に音符を書いていく行為だけで作曲ができない訳ではない。模倣的創作の才能を磨いていれば、既存曲の寄集めでベースとなる譜面を作った上で、慣れた技法で音符をいじって整えて行くことは、さして難しいことではない。と言うか、そんな作業をしていることに全く気付かないで作曲している場合も少なくない筈。現実には、世の中、その手の曲の方が多数派であると考えるべきかも。作曲と、言葉の修得とは、次元が違うが、模倣過程という観点で考える上では参考になろう。)

句点・読点はせいぜいが100年程度の歴史。
怒涛の様に西欧列強文化が流入し、文書に符号を入れ込む様になったに過ぎない。

しかし、常識的に推定すれば、その発祥時点はキリシタンの頃。日葡辞書が成立していたのであり、漢文でレ点が使われているのだから、西欧人が日本語文に句読点を付けるように、弟子に指導していて当たり前。ただ、西欧句読点は、文字なのか、たまたまついた筆跡か判別しにくいので、テン、マルという明瞭な符号使用に踏み切ったと考えるのが自然。
この辺りは、中華帝国との風土の違いがある。漢語も日本語も句読点などもともと無かったが、現時点では両者の道は180度異なる。
中国語は、既に、符号無しではあり得ない状況と言ってよいだろう。・・・。、?!,;:/・―〜_-.……“≪≫()[]{}<>
儒教べースの天子独裁-官僚統治国家では、書面表記文章は国家の生命線。従って、正書法はイの一番に確定する必要がある。官僚制システムを導入したから、日本国も同様と思うと大間違いで、現代漢文のレベルから見れば、日本語の正書法は無いに等しいのでは。その視点では、日本語に於ける文書用符号の使い方には論理性が無いだけでなく、厳密性も嫌われており、ほぼ確定している記号もあるものの、種類が極めて少ない。義務教育でも句読点をまともに教えることさえ難しいのが実情では。せいぜいのところ、誤読を避けるため入れましょうネで済ますしかなかろう。(例えば、小生は"「〜。」"と書くが、文末句読点用法としては、これは間違い。文章の論理構造より、見かけが大事なのだろう。一方、現代中国語では理屈ありきだろうから、コロンセミコロンも不可欠な筈。日本語では原則非使用。このため、箇条書きの様な論理明瞭性発揮を要求される表記では、両言語の差は極めて大きかろう。しかし、それに気付く日本語話者は滅多にいないと思う。間違えていけないのは、論理性欠如からそうなっている訳では無いという点。話語の伝統を引きづっているだけのこと。)

さて、長くなったが、以上は枕。
ここから推定すれば、「古事記」が読めない理由はすぐに思い至るのでは。
・・・英語や中国語なら当たり前の文章構造論的視点を欠くから。

ほとんど定説として受け入れられている見方で考えればよい。・・・<文章は漢字で書かれ、序文は漢文体。本文は和化漢文体、和文体の併用する。>[本居宣長記念館]
本文の方は、細かく言えば、叙事の倭歌(一字一音表記)を核として、ほぼ一体化している散文たる地文が、訓読み漢文的な(一部語彙は音表記)様相を示しているということ。現代の文芸創作に優るとも劣らないレベルの高い作品と言ってよいだろう。

重要なのは、序文ではっきり書いているように、これは倭文であって、和化漢文ではない点。しかし、日本語を母語としているとそうは読めない。語彙はどうあれ、事実上<和化漢文体>以外の何者でもなかろうと思うのが当たり前だからだ。
しかし、それが狭い視野であることに気付けば、話は180度変わる。

ドグマは単純。:
<最初に見るべきは、"文"構造であって、"句"中の表現方法(和化漢文体)ではない。>
つまり、「古事記」本文の、文章全体構造は倭文ということ。一方、句内は100%和化漢文体。漢文堪能な読者なら、漢語対応の倭語は100%知っている筈で、漢語的語順であればすぐに倭語がわかると踏んでいるだけのこと。(否定文記載には、どうしても漢文語順が必要だったせいもあろう。)
従って、必ずしも漢文として読める句になっているとは限らない。必要なら助詞を加えたり、漢語に無い語彙を表音表記することになる。ある意味滅茶苦茶であるが、間違う可能性が低い箇所には漢文語順を取入れている以外、現代日本語のゴチャゴチャとほとんどかわらないと言ってよいのでは。

ここでの文構造とは、句と句の繋がりであり、文と文の関係のルールのことを言っている。
こここそが、倭語らしさを発揮するところでもあろう。
英語や中国語話者からすれば、構造性欠如言語で何が何やら的に映る筈。しかし、ここらの表現をつぶさに検討しない限り「古事記」読解は無理ということになる。現状は、ここらに目をつむり、文脈を推定するだけなので、どうにでも読めることになっているのでは。
間違ってはこまるが、いい加減な検討と言っているのではない。こうなること自体が日本語の特徴でもあるからだ。

読み解きの鍵は、句と句、文と文の結びつきの文法ということになるので、そこらでご説明しよう。

現代文でわかるが、接続詞は省かれることが多く(推奨されている。)、文脈から流れを想定せざるを得ない仕組み。それなら、接続詞の種類は少ないかと言えば逆である。
習うのは、文と文の繋がり上の意味分類だが、当然ながら、はっきり決められる訳もなく、数は多くなる。それぞれの該当用語が又多い。そういう言語なのである。
分類をどう設定するかによるが、それに文法上の意味は極めて薄く、語彙の方はふんだんにある。意味上別類と感じる詞だけでもズラーと並んでしまう。(順接26 逆説28 並列6 添加18 対比8 選択7 列挙4系列 説明8 補足10 換言15 例示8 教示4 変転12 結論14 @Wiki)

この他、文頭だけでなく、文末にも構造を示すための文字がある。
一方、句と句の関係性を規定するのは助詞。
その辺りをザッと拾うと以下のようになる。・・・
【文頭辞兼用接続詞】

故爾
爾(漢文では代詞/語気詞)

 故尓
於是

是以

然者
然而




所以
因以



(而)(之)
(者)
(若)(設)

【代表的文末字】矣 焉 也  【語気詞】乎 哉 歟[≒與] 耶
【句間字】
📖[安万侶文法]接続詞不要の社会  📖[安万侶文法]句間字と文末字の重要性 📖[安万侶文法]語気詞の扱い 漢文の置字:而 乎 于 於 矣 焉 [兮:「古事記」非出]

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