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■■■ 「古事記」解釈 [2023.7.31] ■■■
[761] 太安万侶:「漢倭辞典」
<若>についてはすでに検討したが、「漢倭」となると、肝心なことが抜け落ちているので。・・・
  📖[安万侶文法]若の用法 📖(続)

<若>は"擇菜"の象形[「説文解字」]とされており、香草採取を意味する文字なのだろう。
しかし、原義は儒教国であるから叒(:従う)となるようだ。

実際の用法は結構幅広いものの、発祥的に"young"として使われていた文字ではない。現代語に至る迄、年齢的な意味で使われたことは一度も無いと言ってよさそう。例えば、"若輩"とは"お前達"で、それ以上の含意は無い。

このことは、「古事記」成立時点で、漢語に無い意味で漢字が広く使われていたことを意味する。どう考えても、若≒弱ということでの当て字なのだから。(「宋書」からすると、封国として、476年[or 531年]に外交文書を中華皇帝に提出しているから、その頃、すでに漢文に堪能な専門官僚が存在したのは間違いない。外交専門領域だけで用いられていた訳ではなかった可能性も。)
・・・おそらく、<若>は仏教用語の"般若(真理を見極める知恵)"を象徴する、好字とされたのだろう。儒教と違い、末子重視の社会にとっては、叒といった考え方は唾棄すべきものとされたことも大きかっただろうし。
もちろん、"If"としての表現はある。
  e.g. 「若藥不瞑眩 厥疾不瘳」 [「孟子」滕文公上]

132…
【擇艸】
如取若葦搤批
【わか-い系】
若雷居 刺國若比賣 若盡女~ 若山咋~ 若年~ 若"沙那賣"~ "久久紀"若室葛根~ 天若日子 若國~ 若御毛沼命 春日之千千速眞若比賣 倭飛羽矢若屋比賣 若日子建吉備津日子命 若建吉備津日子命 若倭根子日子大毘毘命 若子宿禰 水之穗眞若王/水穗眞若王 山代之大筒木眞若王 "伊邪能眞若命 若木入日子命 若建吉備津日子 若帶日子命 若木之入日子王 "伊那毘能"若郎女 眞若王 若帶日子命 若建王 息長眞若中比賣 若帶日子天皇 品陀眞若王 "伊奢"之眞若命 八田若郎女 宇遲之若郎女/宇遲能若郎女 息長眞若中比賣 若沼毛二俣王 幡日之若郎女 男淺津間若子宿禰命 波多毘能若郎女/若日下部命/若日下部王 大長谷若建命/大長谷若建天皇 若帶比賣命 小長谷若雀命 眞若王 糠若子郎女 若比賣 若屋郎女 倉之若江王 川內之若子比賣 橘本之若子王 長谷部若雀命/長谷部若雀命/長谷部若雀天皇 春日中若子
若湯坐
若櫻部 伊波禮之若櫻宮

【"わか"】
若狹之耳別 若狹國
【もし】
不待取者 必將殺汝
亦 非此~者 其~之子 建御雷之男~ 此應遣
天~之御子者 幸
人有門外哉」
有何由
有由哉 亦到此間之由奈何
有取此鉤魚乎
恨怨其爲然之事而攻戰者 出鹽盈珠而溺 其愁請者 出鹽乾珠而活 如此令惚苦
渡海中時 無令惶畏
此御子矣天皇之御子所思看者 可治賜若湯坐
坐出雲之石𥑎之曾宮 葦原色許男大~以伊都玖之祝大廷乎
何汝兄久不參出
有未誨乎
有急事 解茲囊口
有賢人者 貢上
獲其猪乎
汝有得此孃子者 避上下衣服 量身高
大后不聞看此事乎 靜遊幸行
吾疑汝命
與墨江中王同心乎 故不相言
汝從吾言者 吾爲天皇 汝作大臣 治天下那
及兵者 必人咲
疑有如此大命
我所相言之孃子者
有此家乎
【しからざらば】
若不然者 國難成
【し-く】…及 若 如 (動詞:匹敵する。追い付く。)
[歌]夜麻斯呂邇やましろに  伊斯祁登理夜麻いしけとりやま 伊斯祁伊斯祁いしけいしけ 阿賀波斯豆麻邇あかはしづまに 伊斯岐阿波牟加母いしきあはむかも 📖

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