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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.5.2 ■■■

酉陽雑俎的に山海経を読む

--- 全体像:その5 魚信仰 ---

太平洋の小さな離島であれば、住民の始祖は“半人半魚”であって当然だと思うが、山系毎に神が存在するような信仰基盤がある地で、魚信仰が盛んなのは魔訶不思議。
もっとも、空高く飛ぶからこその鳥信仰ということであれば、水の奥底に潜ることができ、遠くの地域にも泳いでいける魚に対しても、同様な信仰があってしかるべきと言えないこともないが。

実際、その魚信仰には深いものがあったようだ。
(ミルクを利用する遊牧とは違い、澱粉質が摂取できない漁撈のみではエネルギー的に多くの人々が食べていくことは難しい。従って、この辺りは古代から穀類の農業、あるいは、堅果樹木の粗放的栽培が行われていたことになる。
半農半漁を古代稲作圏の特徴とする話は、山海経の記述とは正反対である。海経を見ても、そこには照葉樹林文化圏的な残渣は全く感じられない。)

ただ、黄河中流域の仰詔文化[B.C.5000-B.C.3000年]の特徴的出土品として、"人面魚紋彩陶盆"[→]があげられているから、魚の恵みは相当なものだったと見るべきだろう。半波遺跡出土品の写真を見ると、魚は比較的具象的に描かれており、この辺り一帯では彩陶魚文様が当たり前だったようである。副葬品の容器にも使われていたそうで、魚類に対する尊崇の念があったのは間違いない。

しかしながら、漁撈の民の国としては、【讙頭國 or 讙朱國】【長臂國】[海外南経]があがっているのみ。両方とも、揚子江系であろう。ただ、その辺りに、人面魚身無足の民がおり、これは正真正銘の魚トーテムの国と見てよさそう。国名は、【人國】@建木の西[海内南経]
人之國】[海外南経]も同一だろうか。こちらは、帝との関係が記載されているだけでなく、魚婦があがっている。天と交流する民であるから、魚婦は神的存在なのであろう。・・・
  (靈シ[炎帝之孫]→生→・・・天を上下)
  魚偏枯魚魚婦・・・死即復蘇
  蛇乃化魚魚婦・・・風道北来 天乃大水泉 死即復蘇

海内北経でとりあげられているのは、人面手足ありの魚身の"海棲魚"、陵魚。山椒魚的である。山経に出てくる人魚にしても、わざわざ、魚[=山椒魚]の如しとことわっていたりする。イルカやアザラシといった、それらしい動物もいるから、怪奇動物とみなす必要もないのでは。
例えば、六足鳥尾の魚[之魚]と言われればギョとなるが、鯉に似ているなら、そんな姿と形容したくなる魚がいてもおかしくなかろう。胸鰭、腹鰭、尻鰭が大きく、尾に切れ目が入ってヒラヒラしている金魚がいるのだから。

ただ、海外西経には、狸的な神聖魚が登場する。名前が龍魚とものものしいが、鰕 or 鼈魚でもあるとなれば、そう珍しいという生物ではなかろう。甲羅的な外皮ありということのようだから、おそらく、魚ではなかろう。漢字から考えると、鯉 or 龍鯉[=穿山甲]とみなすのが妥当では。何故、陸上棲息動物を鯉と名付けたのか理解しがたいところだが、蛇⇒鯉⇒穿山甲と変身していくとの、一種の進化論があったのかも。

山経でどの程度魚に関心が寄せられているのか眺めてみると、北山系が極めて多いから、仰詔文化を反映した記載になっていると言えよう。ただ、北山系の魚は、一見怪魚的な容貌ではあるものの、よくよく考えてみれば、現実に存在する魚だけでなく、水棲動物も含め、印象に残っているものを描いただけのようにも思えてくる。鯉や鮒といった一番ポピュラーな姿のものが多いし、"有翼"といっても、その概念に"鰭"が含まれていそうだから、突拍子もない姿は極く稀と言えるかも。
人面魚は存在するものの、トーテム的な人面ではなく、現代的な評価と同じで、コブダイやナポレオンフィッシュのような人顔の魚の可能性の方が高かろう。そう思うのは、神的な魚がほとんどいないからだ。
出入有光ということで、神的な魚ということにはなるが、鳥翼有りとことわっているのだから、潜水遊泳が得意な漁食の鳥を指しているとみた方がよかろう。

意外なのは、大陸の大きな河川の話でありながら、大魚という表現が僅かなこと。ナマズなど超巨大化しがちであり、人喰い魚とされたりするものだが。それに、揚子江海豚、蝶鮫(俗称:皇帝魚)、空気呼吸できる雷魚にハイライトがあたってもよさそうに思うのだが。
日本からみると、とてつもなく大きい魚である、家魚についても、その野生種的に映る魚が見えないのも物足りない感じがする。大魚ということで十把一絡げか。・・・青魚 /黒 草魚
淡水魚でこの状態だから、鯨的な動物も登場していないようだ。知られていないとも思えないが。("窮髮之北有冥海者,天池也。有魚焉,其廣數千里,未有知其修者,其名為鯤。"[「莊子」逍遙遊第一]・・・崔云:鯤當爲鯨。[陸コ明:「音義」])

魚や貝は、現代生物学上で同一種とみなされていても、環境の変化で色形が微妙に変化するため、別種に見えたりするもの。その差違を言い出すときりがない。その上、出世魚的な変化もあるから、広大な大陸で、種の名称を標準化するのは相当に骨である。何を種の特徴にし、それを漢字という表意文字に変えても、相互理解は難しいと思われる。「山海経」は、中華帝国支配が進んでない時代の話であるから、魚の名称の読み取りはできなくて当たり前だと思う。にもかかわらず、説明が少ないのが解せぬところ。
ともあれ、獣と違って、魚については怪奇感はほとんどわかない。
【ご参考→】 魚介の話

─・─ "龍魚"を除いた山経の魚類 ─・─
   緑文字は小生の思い付き的当て嵌め例
人面@青丘之山@南山経一・・・鴛鴦音→瘤鯛?
神的有鳥翼@子桐之山@東山経四・・・出入有光鴛鴦音→潜水鳥?
滑魚@求如山@北山経一・・・・赤背梧音→巨大/山椒魚?
有翼羽牛的@柢山@南山経一・・・陵居蛇尾下留牛音→淡水海豹?
有翼鳥首𩶯@鳥鼠同穴之山∬濫水@西山経四・・・覆銚状魚尾磬石聲生珠玉→大海烏?
10翼之魚涿光山@北山経一・・・鵲的羽端鱗鵲音→蓑笠子?
之魚@少咸山@北山経一→河豚?
有鳥翼山∬濛水@西山経四・・・魚身鳥鴛鴦音
蒲夷之魚@碣石山@北山経三→(推定不能)蛇魚的河神か?
鮒魚的父之魚@陽山@北山経三・・・魚首而→幼魚に瓜坊的縞がある鶏魚か?
@縣雍山@北山経二・・・赤麟叱音→刀魚らしい。渾沌を殺した南海之帝は
鼈的@英山∬禺水@西山経一・・・羊音→鼈の異種?
鶏的@帶山@北山経一・・・赤毛三尾六足四首鵲音→魚名は莊子「知魚之樂」にも。
何羅之魚明山@北山経一・・・一首十身吠犬音→10本足の特殊な烏賊か?
虎蛟過之山∬泿@南山経三・・・蛇尾鴛鴦音
冉遺之魚@英之山∬@西山経三・・・蛇首六足馬耳目
鯉的抄魚@嶽法山@北山経一・・・鶏足→魴
鮨魚@北嶽@北山経一→犬魚か?[黒点河豚/Dog face puffer]
文魚, 鮫魚@中山経八@中山経九
@中山経九
鯉的@鳥鼠同穴之山∬渭水@西山経三・・・魚身鳥翼蒼文白首赤喙→飛魚の異種?
鮒的山∬黒水@南山経三・・・毛豚音
魚的人魚@龍侯山@北山経三・・・四足嬰兒音は山椒魚。
人魚@中山経四, 六, 十一
大魚@中山経十一
脩辟之魚@中山経六・・・黽的白喙鴟音
鮒的@中山経七・・・K文
@中山経七・・・居逵蒼文赤尾
𥂕@中山経七・・・長距足白對→[=山椒魚]
鮪的豪魚@中山経一・・・赤喙赤尾赤羽→赤色はたいていは岩礁内か深海。
飛魚@中山経一・・・鮒魚状→鮒系大が群れて水面を跳ねている情景では?
飛魚@中山経三・・・豚状赤文→赤色の羽4枚に見える群との遭遇は珍しくない。
赤鮭@敦薨山@北山経一→「説文解字」未収。中国解釈はサケでなくフグ。
   北方海域産サケを日本が鮭としたことになる。(サケ語源は肉色のアケか。)
   サケだと思うが。(この地域では早くに絶滅と見る。)

師魚@饒山@北山経三→ブリではない。(現代中国の"鰤"は日本の国訓文字。)
梨牛的之魚𧑤之山[=首]@東山経一・・・鳴音→石持?
箴魚状之山@東山経一・・・箴喙
@番條之山 姑兒之山@東山経一
之魚@犲山@東山経一
@葛山之首@東山経二・・・有目六足有珠(其味酸甘)
寐魚@諸鉤之山@東山経三
@孟子之山@東山経三
鯉的之魚@跂踵之山@東山経三・・・六足鳥尾自
鮒的@東始之山@東山経四・・・一首而十身蕪臭→鮃の干物を重ねたノ?
薄魚@女烝之山@東山経四・・・一目歐音→鰈?
鯉的@旄山@東山経四・・・大首
@欽山@東山経四
@太山@東山経四


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