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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.7.28] ■■■
[394] 四部大乗経
「金剛般若経」についてはすでに取り上げた。📖
短編であるが、要約版という訳ではない。"空"の思想濃厚な経典でありながら、その語彙を用いてないからだ。概念用語確定以前に成立したと考えるのが自然であろう。
  【震旦部】巻七震旦 付仏法(大般若経・法華経の功徳/霊験譚)
  [巻七#_9]震旦宝室寺法蔵誦持金剛般若得活語📖落盤事故生還
  [巻七#10]震旦并州石壁寺鴿聞金剛般若経生人語
  [巻七#43]震旦陳公夫人豆盧氏誦金剛般若 (後半欠文)
   本朝 付仏法(法華経持経・読誦の功徳)
  [巻十三#41]法花経金剛般若経二人持者語
  【本朝仏法部】巻十四本朝 付仏法(法華経の霊験譚)
  [巻十四#33]僧長義依金剛般若験開盲語
  [巻十四#34]壱演僧正誦金剛般若施霊験語

かなり、"軽め"の扱いといってよいだろう。もちろん、本朝であれば、それは至極妥当だが、震旦では明らかにおかしい。

従って、「酉陽雑俎」を読んでいると、「今昔物語集」編纂者は震旦の状況に全く無知か、反金剛般若経に凝り固まっている宗教者と感じてしまうこと間違いなし。
なにせ、玄宗皇帝が仏教経典の基本テキストに設定させたほど。大陸ではほぼ筆頭の定番経典と言ってよかろう。実際、敦煌で木版経典が出土しており、それは、ご存じのように、発見されたなかで世界最古の印刷物(868年)

「今昔物語集」でどうなっているか、巻六で確認しておこう。
【震旦部】巻六震旦 付仏法(仏教渡来〜流布)📖「三寶感應要略」引用集
<_1-10 史>
<11-30 像>
<31-48 経>

  《31-35 花厳経》
  《36 阿含経》
  《37 方等/方広》…念仏⇒観音・勢至菩薩
  《38 維摩経》
  《39 楞厳経》
  《40 阿弥陀経》
  《41 四巻経》
  《42 最勝王経》
  《43 観無量寿経》
  《44 観無量寿経 阿弥陀経》
  《45 四部大乗》
  《46-47 薬師経》
  《48 寿命経》

もちろん、巻七では冒頭にあるように収録されてはいるものの。
【震旦部】巻七震旦 付仏法(大般若経・法華経の功徳/霊験譚)
  《1-12 般若経霊験》📖震旦般若経霊験
  《13 無量義経霊験》
  《14-32 法花経霊験》
📖震旦法花経霊験
  《33-40》 (欠文)
  《41-48 諸々霊験》
📖震旦諸々霊験

なんと、これほどに震旦では重要な経典でありながら、これしか記載されていない。しかし、よくよく見ると、巻六にそのヒントが隠されている。四部の大乗経典とあり、これは、法花経、維摩経、薬師経、金剛般若経を指すからだ。
  《45 四部大乗》
  [巻六#45] 震旦梓州県姚待写四部大乗語
  ⇒釋非濁[n.a.-1063年][撰述]:「三寶感應要略
     中【諸経霊験(華厳経,法華経,等)】31梓州姚待為亡親自寫四部大乘經感應


「酉陽雑俎」翻訳本注記を読むとわかるが、現代、この手の話を引用しようと思ったら、普通は、先ず、李ム:「太平廣記」977年。しかし、この書は帝室書籍部に保管するような類だったから、注目されたのは後世になってから。「今昔物語集」が引用することはほぼあり得ない。ただ、この書は、勅令に従って、ママで網羅的に収集してある上に、各譚の大元の出所が記載されているので、現代人にとっては貴重な"注記"的内容を提供してくれる。

説明が長くなったが、#45譚のモトが「太平廣記」に収録されているのである。
  李ム:「太平廣記」977年 巻百四報應三 金剛經(受持感應)姚待
  唐姚待,梓州人,常持金剛經,並為母造一百部。
  忽有鹿馴戲,見人不驚,犬亦不吠,逡巡自去。
  有人宰羊,呼待同食,食了即死。
  使者引去,見一城門上有額,遂令入見王。
  王呼何得食肉,
  待云:「雖則食肉,比元持經。」
  王稱善,曰:「既能持經,何不斷肉?」
  遂得生,為母寫經。
  有屠兒李回奴請一卷,焚香供養。
  回奴死後,有人見於冥間,枷鎖自脱,亦生善道。
    <出(唐臨[600-659年])《報應記》>

「三寶感應要略」は4部だが、こちらは1部である。しかも、常持である。

4部であることに特別な意義があるならこの譚に注目するのはわかるが、そうとは思えず、これは震旦における経典の扱いがどの様になっているか示すための譚と解釈すべきだろう。

簡単に言えば、こういうこと。
 【震旦】金剛般若経の写経
 【本朝】法華経の読誦・口唱
文化的な違いをいみじくも示していると言えそう。

〇梓州県に住む姚待が、
 704年丁酉に、亡父母の為に写経を発願。
 法花・維摩を各1部、薬師経を10巻、金剛般若経を100巻、完了。
  すると、午の刻に、
 1頭の鹿が、門を突いて中に入って来た。
 そして、経の案の前に立ち、頭を上げて舐め回す。
 家では犬を飼っていたが、
 鹿を見ても吠えもしないし、驚いた様子も見せない。
 これを見た姚待は床から下りて、泣きながら鹿を抱いた。
 しかし、鹿には、驚き怖れる気色がさっぱり無い。
 「これは、只の鹿ではあるまい。」と見て、
 鹿の為に、三帰の法を説いて授けたのである。
    
( "南無帰依仏、南無帰依法、南無帰依僧"か。)
 鹿は踊って、足を屈めるだけで、逃げようともしない。
 家の人は、稀有な事と見ていると、
 突然、屠殺業者が一人入って来て
 経の案の前に立ったと思うと、
 金剛般若経典を取り、どこかに、走り去ってしまった。
 その後のこと。
 隣の家の人が夢を見た。
 「あの鹿とは、姚待の母。
  屠殺業者は、姚待の父。
  業を造ったので、転生したのである。
  しかしながら、
  姚待が、父母の為に、四部の大乗経を写経奉ったので
  それぞれがやって来て、どんな境遇か示したのである。」
 とのお告げを聞かされたところで夢から覚めた。
 そこで、姚待の家に行き語ったのである。
 姚待は、これを聞いて、泣き悲しみ、
 ますます、経の霊威を信じるように。


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