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■■■ 「古事記」解釈 [2021.6.17] ■■■
[167] インターナショナル視点での海原統治
黄泉国で穢れたということで、伊邪那岐命は禊を決行。その過程で数々の神が生まれ、後に誕生したのが3貴子。
 天照大御~ 而詔之 汝命者 所知高天原矣・・・次詔
 月読命 汝命者 所知
夜之食國矣 事依也 次詔
 建速須佐之男命 汝命者 所知
海原矣 事依也
その扱いは平等ではない。
天照大御神を絶賛し、高天原統治の詔。物実に使ってしまった筈の玉も。
ところが、男神の須佐之男命には、おざなり的に海原統治の詔だけ。
月読命に至っては、夜の食国を知らせと言うだけ。その後、事績の一つも無いからほとんど無視。

禊は、明らかに宗教儀式としての沐浴である。水浴ができそうにない地域では、代替として香や煙が用いられることでわかるが、浄化観念はどんな信仰にもつきもの。本質的に差異はないが、穢れ感は違う。
現在の日本では、仏教は火や線香、神社手水舎がそれに当たるが、本来は聖地で行うものであろう。

伊邪那岐命の到座地は竺紫日向之橘小門之阿波岐原であり、一群の生成神と地名から見て海だから、海人の信仰であることを物語っている。

結局のところ、葦原中国を統治する神が欠落することになるのだから、海原ともども放任状態にも陥ったのだろうか。・・・
 葦原中国…伊邪那岐命⇒伊邪那岐大~者坐 淡海之多賀
 黄泉國…黄泉津大~ 伊邪那美~
 高天原…天照大御~
 夜之食國…月読命
 "追放" (受命:海原) (自欲:妣國/根之堅洲國)…建速須佐之男命
 (昼之食國)…不明

しかし、そう読んでよいのかはなんとも。
【品陀和氣命/[15]応神天皇の3皇子】分治からすると、海原は山(原)と合わせた地祇の世界を意味していそうにも思えたりするからだ。・・・
 大山守命 爲山海之政
 大雀命 執
食國之政 以白賜
 宇遲能和紀郎子 所知
天津日繼

あるいは、"国原+(可視域の)海原=葦原中国"と考えるべきかも知れない。実にわかりにくい。
高市岡本宮御宇天皇代 [息長足日廣額天皇(舒明)]
天皇登香具山望國之時御製歌[「萬葉集」巻一#2]

 ・・・とりよろふ 天の香具山 登り立ち
 国見をすれば
 
国原は 煙立つち立つ
 
海原は 鴎立ち立つ・・・
その一方、遥か彼方から海原を渡航する観念もある。国見の海原への延長だろうから、もともと曖昧な定義なのかも知れない。
(天平勝寳七歳乙未二月相替遣筑紫諸國防人等歌)
陳防人悲別之情歌一首 并短歌[「萬葉集」巻二十#4408]

 ・・・命も知らず 海原の 畏き道を 島伝ひ い漕ぎ渡りて あり廻り・・・

ともあれ、建速須佐之男命は海原を治める神として誕生したのである。

しかしながら、海神は神生みですでに存在している。さらに、3貴神誕生の直前に、安曇連祖神3綿津見神と墨江之三前大神(住吉神)が登場。印象としては、まったくもってゴチャゴチャ。失礼ながら思わず苦笑。
官僚グループの仕事ではないから辻褄合わせ不要だし、国史編纂も進んでいて、時間もないからとりあえあず詰め込んで書いたのだろうと見てしまうことになる。

しかし、その一方で、ピカ一知識人がそのような姿勢で臨む筈がなかろうに、とも。そうなると、読み手側の頭脳レベルが低いだけかも知れないと思い直す気分にも。
結局のところ、以下のような構造と考えるしかなさそう。とりあえずの結論である。・・・

高天原<常昼> ⇒天照大御~
┼┼┼┼
┼┼┌<昼之食國> ⇒❷伊邪那岐~
国原(葦原中国)
┼┼└<夜之食國> ⇒月読命

┼┼┼┼┼┼┼┼┌内海 ⇒❼墨江之三前大神
┼┼┼┼┼┼┼┌┤@葦原中国周囲
┼┼┼┼┼┼┼│├対馬海流 ⇒❻安曇連祖神
┼┼┼┼┼┼┼││
┼┼┼┼┼┼┼│└(黒潮)
┼┼┌<昼夜>┤⇒❹大綿津見神
┼┼┼┼┼┼└─南海(異界) ⇒❿綿津見大神
┼┼
海原┤ ⇒❽建速須佐之男命
┼┼
┼┼└<常世國…常夜の可能性

┼┼┼┼┼┼┼黄泉國 ⇒黄泉津大~/❷伊邪那美~
他界─<常夜>┤
┼┼┼┼┼┼┼妣國/根之堅洲國 ⇒建速須佐之男命

それにしても、海原統治を嫌って、その任を放棄したことで葦原中国は大混乱に陥ることになる。出自が海人というだけでなく、本質的に海国なので大動脈の海原を治めることができないとすぐに四分五裂となり国家の態をなさなくなるのだろう。

そんなこともあって、小生は、高山樗牛の見方に一理ありと見る。
(神話学者ではなく、文芸評論家である高山樗牛はスサノオがヴェーダのインドラ神に類似すると指摘したそうだ。すると、すかさず、神話学の概念が欠落しているとの声があがったと言う。[高木敏雄:「比較神話学」@青空文庫]本邦の"学"は細かな分析ありきなのだろう。しかし、アーリア系の分岐系譜が成り立つ対象なら、切れ味も鋭く、様々な意味を読み取ることもできようが、倭は言語から始まって、重層化した文化。対象の話をバラバラにほぐし、個々のモチーフを比較すれば、様々な寄せ集めであることが見えるだけでは。)

天竺の軍神的天空神インドラ/因陀羅Indraは祇園精舍守護神とされ、本朝では[仏教]帝釈天として祀られている。
母に捨てられ、神々には見放され、父から敵意を向けられ、世界を放浪した武力神である。
叙事詩が初めて成立した頃は、神々の帝王とされ、悪竜や敵部族を退治したアーリア人が崇拝する英雄的軍神。(記載が「リグ・ヴェーダ」賛歌の四分の一を占めており、実質的にも最高神扱い。)ところが、天空の神とみなされていたにもかかわらず、現在の最高3神から外されている。かつての支援者ヴィシュヌ神、配下だった暴風神に化身したりもする暴虐的なシバ神がその地位に着いてしまい、弾き飛ばされたようだ。と言っても、抹消されたのではなく、東方守護神とされているのだが。(不詳の父母から生まれ、縁を切り、インドという名称の元のようだから、インド外の渡来の神を意味していそう。結局のところは、地場の神に最高神の地位から降ろされたことになる。)

ただ、よく似ている印象を与えるのは、軍神でもある雷霆神インドラが川を塞き止めて人々を苦しめていた悪蛇ヴリトラを殺す話があるから。と言っても、助力者がいる点で全く違うと言えないでもないが(稲光と雷鳴轟く黒雲から、雹が降り注ぎ、その後、河川の水量が急激に増え始めて、大地は潤うようになった。従者は暴風神マルト神で、武器となったヴァジュラ/金剛杵を作ったのは工技神トゥヴァシュトリ。)、川を意味していそうな大蛇を退治し、他の様々な敵対者を打ち破ったり、牛の解放もあって、神々の王的な地位を獲得することになるようだから、立ち位置としては同タイプなのは間違いないだろう。
この場合、雷や暴風の発生をどうとらえるかは、気候風土で違うので注意が必要となる。
(温帯モンスーン域の島嶼では、海からやって来る収穫前の台風はすべてを台無しにしかねず、空から降る梅雨は苗生育に不可欠で、その後の猛暑と適度な降雨が豊穣をもたらす訳だが、それとは異なる訳で。
半乾燥地帯は冬雨帯で、嵐到来は慈雨であるし、大河流域の場合は、上流域の積雪降雨量が天水より影響が多いのは自明。)


高天原で刑罰を受けて放逐された建速須佐之男命は、突如、肥河/斐伊川上流の鳥髪に降臨し、"高志之八俣遠呂智、年毎に来たり。"とされる大蛇を殺戮し出雲須賀で、八雲*立つの状況を実現し、事実上の王権を樹立する。そこは、根之堅洲国でもあるようだ。
海原統治を嫌っただけのことはあり、こうなると、海人の信仰対象となることはなかろう。
【八雲*】道教の真人のお告げを編集した要典の陶弘景(456-536年):「真誥」卷九協昌期第一に八雲がでてくる。・・・"太上宮中歌曰:「手把八雲氣,英明守二童。太真握明鏡,鑒合日月鋒。・・・」"
どうしてコンプレックスを解消することができたのかは読者の想像にまかせることになる訳だが、無頼漢も、年齢を積み重ねるうちに、社会が作り上げている道徳律に合わせて生きることを学び、その力を社会に活かすようになって、尊崇の対象になるというお話ということだろうか。
道徳律的宗教が力を持つ時代に入ったということを指示しているのは確かであろう。

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❶冒頭。クラゲのような"原始の海"的世界に神が顕れる。
  造化三神
  📖インターナショナル視点での原始の海
 その世界の名称は高天原。
 海に囲まれた島嶼社会に根ざした観念と言ってよいだろう。
 栄養豊富な海辺での水母大量発生のシーンが重なる。
 天竺なら さしずめ乳海に当たる。

❷神々の系譜が独神から対偶神に入り、
 神世の最後に登場するのが倭国の創造神。

  伊邪那岐命・伊邪那美命
  📖インターナショナル視点での神生み
 高天原の神々の意向で、矛で国造りをすることに。
 矛を入れて引き上げると、
 あたかも潮から塩ができるかの如く、
 日本列島起源の島が出来てしまう。
 島嶼居住の海人の伝承以外に考えられまい。

❸交わりの最初に生まれた子は蛭子。
 
葦船に入れ流し去った。海人の葬制なのだろう。
 しかし、子として認められていない。

 葦と言えば、別天神で"葦牙因萌騰之物"として
 唯一性情が示されるのが
  
宇摩志阿斯訶備比古遅神
  …いかにも河川デルタ域の神。
📖葦でなく阿斯と記載する理由
 そして"国生み[=嶋神生み]"で、
 日本列島の主要国土を生成する。
 📖インターナショナル視点での嶋生み
❹最初の海神は、神生みで登場。
 10柱第一グループの8番目。

  [海神]大綿津見神
  📖インターナショナル視点での海神
❺本格的な船は神生みの最後の方になってから登場。
  鳥之石楠船~/天鳥船
  📖インターナショナル視点での船神
 ここだけでなく、国譲りに再登場。
 派遣された建御雷神はあくまでも"副"。
 正は海を渡航する能力ある神。

❽その後、黄泉国から帰った伊邪那岐命は、
 穢れを払うために禊を。その最後に3貴子が誕生。
 天照大御神を絶賛し、高天原統治の詔。
 物実に使ってしまった筈の玉もレガリア的に。
 その一方、男神には、おざなり的に海原統治の詔。
  須佐之男命
❻ 安曇連祖神
  底津綿津見神
  中津綿津見神
  上津綿津見神
❼ 墨江之三前大神(住吉神)
  底筒之男神
  中筒之男神
  上筒之男神
❾ 伊都久三前大神(宗像神)
  多紀理毘賣命(胸形之奥津宮)
  市寸嶋比賣命(胸形之中津宮)
  田寸津比賣命(胸形之邊津宮)
❿天孫降臨後
  綿津見大神

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