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■■■ 「古事記」解釈 [2021.7.26] ■■■
[206]ドングリ時代を想定していたか
橿原はカシの林から来た地名だと思うが、神々の居られる地という意味で使われる"原"を付けているから、古くから神聖な地とされていたのだろう。カシの木には精霊が住んでいるとの観念があったのかも知れない。
初代天皇の宮地として選ばれたのは、そこらが理由か。

ただ、漢字表記が色々なので、気にはなるが、木偏であるから、カシ類樹木と考えればよいのだろう。
   《東征完了譚@[1]神武
  坐畝火之白檮原宮治天下也
一般には白檮=粗樫と見なすらしい。木肌が白く、育ちがよい代表的な種を当てるのが妥当というところか。学者が白樫と命名した種もあるようだが。
倒卵状長楕円の葉形の樹高15m程度に達する常緑樹で、団栗は食用になるとされているが、沢山食べたという話を耳にしない。いかにも小粒であり、それに基本不作の種ということもあろう。大概の解説では、数年に1回大豊作があるものの、大不作もとされているので、イメージが違ってしまうかも知れぬが。
今、よく見かけるサンプルの大きさだと、労働時間当たりの実質的収量は他の堅果との比較では僅少な筈で、どうして重視するのか今一歩腑に落ちぬところがある。

   《本牟智和気王譚@[11]垂仁 📖ビロウを持ち出したのは流石
  又 在甜白檮之前 葉廣熊白檮
  令宇氣比枯亦令宇氣比生
  爾名賜曙立王 謂 倭者師木登美豐朝倉 曙立王
"甜白檮の前"は地名"甘樫丘の御先"だろう。
橿原だけでなく、この辺りまで粗樫だらけだったということか。毬集めは簡単で、山のように取れたということもあろうが、実が比類なき程に美味しいということか。

材や皮は利用されまいと思っていたが、呪術的な効能がある樹木とされている。・・・
   《小碓命の出雲建征伐譚@[12]景行
  即入坐出雲國 欲殺其出雲建 而 到即結友
  故竊以赤檮作詐刀爲御佩 共沐肥河
赤檮と白檮は用途的に峻別していたようにも見える。
そう思うのは、三ツ塚@古市古墳から赤樫製"修羅"(石材運搬用大型橇)が出土しているからだが。

巨木信仰もあったようだ。・・・
   《倭建命薨去譚@[12]景行
  命の全けむ人は 畳薦
  平群の山の 熊樫[久麻加志]皮を 髻華に挿せ その子

団栗となれば、カシの木一色という訳でもない。・・・
   《神功皇后の新羅帰途戦闘譚@[14]仲哀
  爾 香坂王 騰坐歷木
  是大怒猪出堀其歷木 即 咋食其香坂王
誓約での狩猟で、吉凶を占ったのだが、大物を仕留めるどころか、残酷な最期をとげてしまい、皇后-皇子勢勝利と出た訳だ。猪は山の神なのだろう。
歴木=椚木/クヌギ。落葉高木でもちろん猪が好む樹木である。

食用堅果とくれば、現代でも栗と胡桃であり、栗は団栗類のイメージを欠くが、これこそ王者ではないかと思うが、一応登場する程度である。
食という点では、シイの実の方に愛着があったようだ。栗は、生で食せないし、皮剥きもあって面倒だから当然か。考古学的には栗栽培もされていたことが知られているが、それを示唆している訳ではない。・・・
   《矢河枝比売譚御製@[15]応神
  ・・・後姿は小楯ろかも
  歯並みは[志比]・菱なす
  櫟井の 和邇さの土を
  初土は肌赤らけみ 終土は土黒き所以
  三[具理]の その中つ土 を 頭つく・・・
歯並びが、椎や菱の実のようだというのは、可愛さを賞賛しているのだろうか。そうなると、流れからすると、土の初・中・終は赤〜黒の肌の色は中庸でよろしい、と言うことになりそう。三栗は実が3ヶ入りの毬だろうが、頬と鼻を意味する訳か。

一応、柏も登場してくる。・・・
   《髮長比賣求婚譚御製@[15]応神
  所賜狀者 天皇聞看豐明之日
  於髮長比賣令握大御酒 賜其太子
  爾 御歌曰:
   いざ子ども 野蒜摘みに 蒜摘みに
   我が行く道の 香はし 花橘は
   上枝は 鳥居枯らし
   下枝は 人取り枯らし
   三[具理]の 中枝の 穂積り
   赤ら乙女を いざ挿さば 好らしな
この天皇は、上中下の中を好むようだが、寿ぐための定番表現なのだろうか。
毬を剥がして三栗だと嬉しくなる気分なのかも。語呂合わせの駄洒落の可能性もありそうだが。

ともあれ、どこまでもカシである。・・・
   《国栖大御酒献上譚@[15]応神
  又 於吉野之白檮上 作横臼 而
  於其横臼釀大御酒獻其大御酒之時
  擊口鼓爲伎 而 歌曰:
   [加志]の生に 横臼を作り・・・
横臼での醸造工程に入る前に、樫が茂る場所で、作業歌を唄いながら精米を行う習わしがあったのだろうか。

   《皇后求婚譚@[21]雄略
  日下辺の 此方の山と 畳薦
  平群の山の 此方ごちの
  山の峡に 立ち栄ゆる 葉広熊樫[久麻加斯]・・・

   《引田部の赤猪子譚御製@[21]雄略
  賜御歌
  其歌曰
   御諸の 厳橿[加斯]が本 橿[加斯]が本
   由々しきかも 橿[加志]原乙女
  又歌曰
   引田の 若[久流]栖原 若食へに
   ゐ寝て坐しもの 老いにけるかも
橿は諸々の霊が存在する聖木との観念が出来上がっていたことがよくわかる。

以下に団栗樹を並べてみた。上記と比べると、よく見かける小楢を無視している。カシの影に隠れたということだろうか。

団栗で忘れてはならないのが、日本列島の代表的樹木のブナ。ところが、直接的にはこの名前を登場させていない。豪雪地帯だらけの日本海沿岸域では、邑のすぐそばの林だった筈だし。他の種を混在させることもあるが、密集させずに自律的に単相林を形成する傾向が強いから目立っていたに違いないのだが。
もっとも、この樹木は硬木質で加工が面倒な一方で腐り易く、船材や住居構造材には不向き。現代では欧州的オーク家具類似ということで手広く使われているものの、それ以前は団栗以外に見向きもされなかったろう。
ただ、漁民にとっては、この森あっての豊かな海であることはわかっていたと思われるが。
その辺りは稿を改めて。

【ドングリ系樹木@倭
○クリ系
 📖黒き実が落ちる木 📖子供を象徴する実がなる木
○シイ系
 円椎/小椎須田椎/長椎📖実が落ちて感慨無量にさせられる木
○ブナ系
 /山毛欅[白]犬橅[黒]
○マテバシイ系
 馬刀葉椎尻深樫
○コナラ系
 小楢水楢楢柏蒙古柏
 📖葉が食事用品として使われた木
 椚木クヌギ(ツルバミ/橡/櫟)dアベマキ
 姥目樫…備長炭材
 赤樫一位樫粗樫葉長樫/薩摩樫
      沖縄裏白樫・白樫・裏白樫衝羽根樫

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