→INDEX ■■■　「古事記」解釈 [2022.1.7]　■■■ [371]"阿遲"とは"味"で䳑鴨のこと 何故、阿遲鉏高日子根�~が迦毛大御�~なのか、一見不可思議。 だが、「古事記」に慣れてきて、よくよく考えてみればおかしなことでも無い。高天原に於ける鳥信仰をこれでもかと見せつける葬儀シーンに親族として登場し、虚空の彼方に光を放って飛び去るのだから、"鴨"大御�~との名称はピタリと嵌っていると思う。　📖 天神系は陸鳥好み 📖日本海側鳥信仰はかなりの古層 ただ、大御�~の父親は天神とみなされてはいない。 〇大國主 └┬△[胸形奧津宮�~]多紀理毘賣命 ┼├┐ ┼〇阿遲鉏高日子根�~＜今謂：迦毛大御�~＞ ┼┼△[妹]高比賣命/下光比賣命 「出雲國風土記」意宇郡では葛城賀茂社に座すと。・・・ 　　賀茂神戸 郡家東南三十四里 　　所造天下大神命之御子 阿遅須枳高日子命 　　坐葛城賀茂社 此神之神戸 故云鴨神亀三年改字賀茂 どうも、名称の"阿遲"は表音だけで意味はなさそうだ。 そうなると、大陸の漢語での"燕鴎"が倭語の"あぢ"とされているから、ソレと違うか。尤も、辞書を見ると"あぢ"の現代鳥名は"アジサシ"とされていたりするが。　📖水鳥＠漢語 《<崗>本天皇御製一首[并短歌]　反歌》 　山の端に あぢ[味]群[村]騒き 行くなれど 　我れは 寂しゑ 君にしあらねば [左注]右今案 高市<崗>本宮後<崗>本宮二代二帝各有異焉 但称<崗>本天皇未審其指 [「万葉集」巻四#486] しかし、小生はアジサシではなく、トモエガモと見る。　📖鳥崇拝時代のノスタルジー 《鴨》形 　　巴鴨/䳑鴨トモエガモ…あぢ(味) 　　縞味(白眉鴨)シマアジ 《鴎》形 　　鰺刺/鮎鷹アジサシ 実は、「萬葉集」で"あぢ"歌を取り上げる場合、上記の歌になりがちだが、阿遲鉏高日子根�~の"あぢ"を意味していると考えるべき歌が収録されている。・・・ 寧樂[平城京]遷都後の哀れな[怜]旧都を詠んだ歌である。[「萬葉集」巻三#257-260] "[左注]右今案 遷都寧樂之後怜舊作此歌歟"と言うことで、香具山の北麓西麓の埴安池の情景が描かれているとの解釈が一般的なようだ。 《鴨君足人香具山歌一首[并短歌]》 　天降りつく 天の香具山 霞立つ 　春に至れば 松風に 　池波立ちて 桜花 木の暗茂に 　沖辺には 鴨妻呼ばひ 　辺つ辺に あぢ群[味村]騒き 　ももしきの 大宮人の 退り出て 　遊ぶ船には 楫棹も なくて寂しも 漕ぐ人なしに 《鴨君足人香具山歌一首[并短歌]　反歌二首》 　人漕がず あらくもしるし 潜きする 　鴛鴦と たかべと船の 上に棲む 《〃》 　いつの間も 神さびけるか 香具山の 　桙杉の 本に苔生す までに＿＿ 《鴨君足人香具山歌一首[并短歌]　或本歌云》 　天降りつく 神の香具山 うち靡く 　春さり来れば 桜花 　木の暗茂に 松風に 　池波立ち 辺つ辺には あぢ群[味村]騒き 　沖辺には 鴨妻呼ばひ 　ももしきの 大宮人の 退り出て 　漕ぎける船は 棹楫も なくて寂しも 漕がむと思へど 埴安池との比定はそれはそれで結構だが、詠み手が対象としている地とがそのような名称であっては意味をなさない。 そういう点で、中西進註は流石。藤原宮大極殿の地名は鴨公というのだから。鴨君足人はこの地に居住していた祭祀族な訳である。 当然ながら、没落する鴨族の悲哀を詠み込んでいる歌と考えるしかあるまい。 そうなれば、歌に登場してくる鳥がそれぞれ何を意味しているのか想像がつくというもの。・・・ 上記の系譜から見て、鴨妻 多紀理毘賣命・あぢ群の神 阿遲鉏高日子根�~しかあるまい。鳥祭祀が盛んだった時代への想いが籠められているのである。 この䳑鴨の神こと阿遲鉏高日子根�~だが、天照大御神系太陽光信仰が葦原中国に渡来する以前の太陽信仰の要だったと考えるべきということかもしれない。そうとでも考えない限り、この２柱のみが、「古事記」で大御神とする必然性を欠く。かつては阿遲鉏高日子根�~が最高神だったことになろう。・・・太安万侶はさりげなく、そのことに触れたのである。 そんなことに気付くと、カラスが何故に京都のカモ信仰のご祭神の原点になるのかも合点がいく。 天照大御神の太陽信仰は、烏による運行という観念がベースになっていそうだが、天孫の信仰対象は南海の信仰対象の鵜であり、あくまでも黒色鳥"ウ"ということ。鵜は食す上での漁労の友だが、烏にはその様な意義は無く、鳥信仰対象としては実は弱い。ただ、黒色鳥"ウ"と呼称することでわかるように、信仰上はほぼ同格扱い。日没時に太陽を群れで主語しているように見えるので、感覚的には太陽信仰の核になり易いとは言えそうだが。 一方、大集団で渡来してくる䳑鴨の役割は全く違っている。現代で言えば糞肥料散布業務団体ということになるだろうか。農耕民族にとっては重要な鳥とされておかしくない。 ともあれ、高天原から派遣される鳥は、鴨一族が差配していたのだろう。葦原中国では、鳥装束で祭祀を行う一族ということになるのだろうが。 もう一歩進めて想像すれば、吉野・熊野は鴨族差配の地ということに。そうなると、神武東征というより、鴨族を頼った神武東遷と言ったほうが当たっていることになる。 要するに、奈良盆地から吉野・熊野に至るまで、天孫族より前に、すでに鴨族が入植して土着の勢力と均衡を保ちながら住んでいただけの話。祖神は違うものの、太陽信仰の海人系であり同族である。 言う迄もないが、それを知っているからこそ、大和を目指したのであろう。浪速という地名も、本来は汝庭と呼ぶべきかも。 初代天皇による王朝樹立というトーンが打ち出されているが、それは中華帝国の王朝史的な記載にしているから。初代天皇即位とは、大和地区における連合王朝の政権交代に過ぎまい。鴨系土着王達の代表たらい回し制度が終焉を迎えたとは言えそうだ。・・・これが太安万侶の判断とは言えまいか。 つまり、吉野・熊野で遭遇する生尾勢力とは、鴨族の服属山岳居住民部族ということになろうし、鵜飼は鴨系の中核的支族ということになろう。 天孫族も、鴨氏族も、出自は鳥トーテム系。どう見ても、言語的にもコミュニケーションは容易に図れているし、太陽光信仰で一致していたのは間違いあるまい。 鴨族は、コミュニケーション的に難ある先住部族とパワーバランスをとりながら、緩い統治を行っていたのだろう。ところが、同族であっても、天孫族は土蜘蛛抹消の姿勢で臨んだという点で、大きな違いがあったようだ。 ・・・このように考えるのは、感覚的には、どうしても無理を感じてしまうのは致し方ない。 鴨族の祖[男神]阿遲鉏高日子根�~/迦毛大御�~と、天孫族の祖[女神]天照大御神が、倭国の尊崇対象であるというのが「古事記」の見立てと言っても、両者のイメージは同根と呼ぶには余りにも違い過ぎるからだ。 しかし、鴨族は日下という地名に関係がありそうだし、祖神は日子と呼ばれる光輝く神である。高天原の鳥類を率いる首領のようにも見えるし、農耕の鋤という言葉も入れ込んであり、太陽信仰が被っているのは間違いなさそう。 倭の風土的には大御神とするに十分なプロフィールと言えなくもなかろう。 ここでの問題は、どうして、新しい太陽信仰神が必要になったかが自明でない点。 日食とか、火山灰で曇天化のような天変の発生で、女神信仰が主流化した位しか思いつかないが、普通は、女神なら地母。 それを考えると、天照大御神は直接的太陽神ではなく、太陽光の曙神の可能性もあろう。太陽を再生させた神と違うか。(天竺では、この2柱の神は峻別されており、曙光が生命力を生み出す神とする部族が存在していたことを意味している。太安万侶は帰国した留学僧から、この辺りの話を聞いて察しがついたのではなかろうか。) ついでながら、阿遲＝アジだとして、表記を"味"にしていない点についても触れておこう。この鳥肉は、鴨の最上級と言ってよいほど旨いらしいが、仏教徒になると食べなかったらしいから、この文字使用は避けて当然だと思う。しかし、それは、かえってアジ祖神の特徴を顕著にする効果をもたらしている。 アジは高天原から来訪して、再び帰還できる力があるということ。鳥であるということではなく、"食す"行為の神であることが歴然としている。天照大御神には高天原に於ける神権は保持しているものの、葦原中国で"食す"行為を行わないから王権を直接的に握ることはできない。(「古事記」では、"食す"とは王権を意味すると記載されている。) 　(C) 2022 RandDManagement.com　　→HOME