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■■■ 「古事記」解釈 [2022.5.16] ■■■
[500]邪士受是敍は倭語音素当て字
ザ行音は漢語から生まれたものではなく、倭語が設定した音素であり、おそらく現代中国語を母国語とする人々は現代日本語のこの発音は拗音と区別できまい、との話をしたが、呉音<ジャ>⇒倭語音素<ザ>だけでは強引すぎるから5音で見ておこう。

分かり易いのは<ゾ>である。これは倭語【濁音】音素で、ローマ字表記だと<zo>になるが、訓音には存在しない。おそらく、漢語対応の音だが、御洒落感というか、流行り言葉として使われていたのだろう。漢語の語気詞を真似て、「〜ぞ!」と言う訳だ。
勿論、対応呉音は音がちがっており、倭語には無い【濁拗音】の<jo>である。結局、外来語対応上、この音も必要ということになり、後代の日本語発音に取り入れられることになるが、「古事記」成立時点ではまだ不要だったことになる。
つまり、こう解釈すべきということに。・・・
呉音の<ジャ>や<ジョ>という【濁拗音】は後世の設定であり、太安万侶はこれらを<ザ><ゾ>と認定した訳だ。
つまり、ザ行音とは、漢語対応で生まれた倭語の【濁音】と考えるべきモノ。
ここらあたりは、現代社会での日常日本語でのザ行も、ja-ji-ju-je-jo・za-zi-zu-ze-zoの【濁音】・【濁拗音】の整理がついていない気がする。実際に、どれが発音されていて、どれが無効なのか、そして表記と音はどう関連付けられているのか、はなはだ曖昧と言わざるを得まい。誰もそんなことに興味がないから当然だが。

  -S-・・・11種
清音
(散の初画)(左) [萬] @呉音・漢音
(之の変形)(〃) [萬] @呉音・漢音
(湏/須の終画)(寸) [萬] @呉音
(世の終画変形)(〃) [萬] @呉音
(丷:曽の初画)(〃) [萬]【乙】 @呉音
so_______[萬]【甲】 @漢音
濁音
ザ [萬] ⍰ @呉音 【濁拗音】【非訓】
ジ [萬] @呉音 【濁音】【非訓】
ズ [萬] @呉音 【濁音】【非訓】
ゼ [萬] @呉音 【濁音】【非訓】
ゾ [萬]【乙】 ⍰ @呉音 【濁拗音】【非訓】
zo [萬]n.a.【甲】 ×

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<ザ>
≪邪≫[呉音]ジャ ヤ [漢音]シャ ヤ [訓]よこし-ま (助辞:か や)
≪奢≫[呉音・漢音]シャ [訓]おご-る おご-り
   📖濁音ゼから見えてくる知恵
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<ジ>
≪士≫
 【語源】仕之言事=統治階層(卿/大夫)
  [呉音]
  [漢音]
  [訓]ま お さむらい
[神名等]日向日豐久士比泥別@肥國  八嶋"士奴美"神  佐士布都神@刀名  "比古伊那許志"別命
[地名]竺紫日向之高千穗之"久士布流多氣"  高"佐士"野
[物名]天之波士弓  登岐士玖能迦玖能木實
[地文]入見之時 "宇士多加禮斗呂呂岐弖"  根許士爾許士 而  天浮橋 "宇岐士摩理 蘇理多多斯弖"  亦斬波布理其軍士 故 號其地  是以選聚軍士之中 力士輕捷而・・・爾其力士等・・・故其軍士等  隱伏兵士
[歌6]那迦士登波[泣かじとは]
[歌9]伊毛波和須禮士[妹は忘れじ]
[歌13]宇惠志波士加美[植ゑしはじかみ]・・・和禮波和須禮士[我は忘れじ]
[歌20]多加佐士怒袁[高佐士野を]
[歌36]阿佐士怒波良[浅小竹原]
[歌62]泥士漏能[根白ねじろの]
[歌88]麻都爾波麻多士[待つには待たじ]
[歌110]夜布士麻理[八結まり]
≪自≫
 【語源】鼻=己身(自我) ⇒ 起源・当然 ⇒ 時間的起点[from/since]
  [呉音]
  [漢音]
  [訓]みずか-ら おの-ずから より
[臣名]伊自牟國造 志自牟
[割注 & 類似地文]
 ---より---
  <上件自〇〇以下 △△以前X_><自〇至△并X_>
  右件自〇〇以下 △△以前稱□□
  <自〇(下)至△(皆)以音><自〇(以)下X字以音>
  并八十王之中・・・此三王 負太子之名 自其餘七十七王者
  故自今至三年
 ---おのずから---
  <御名所 以負衣通王者 其身之光 自衣通出也>

[地文]
自其矛末垂落之鹽 乃詔汝者自右廻逢 我者自左廻逢 自手俣漏出 追往黃泉國 爾 自殿騰戶 身自追來焉 故自吾子也 自我勝云而於勝"佐備" 以爲天原自闇 稍自戶出而 自得照明 自鼻口及尻種種味物取出 而 我之女者自本在八稚女 今自天降坐也 自其地雲立騰 自此嶋至于氣多前 自木俣漏逃 而 去 蛇自靜故 自内歌曰 自出雲 將 上坐倭國 而 自波穗 乘天之羅摩船 而 自我手俣"久岐斯"子也 故自爾 自天降到 自雉胸通而 自其矢穴衝返下者 自天降到天若日子之父 爾海神自出見 故自爾以後 僕者自今以後
即自日向發 自其地遷移 自今者 自南方 自皆爲切仆 自其墮入 自此於奧方莫使入幸 今自天 自井出來 自其地蹈穿越 自其地幸行 自其爲大便之溝流下
汝者自妊 自然懷妊 自戸之鉤穴控通而出 爾即知自鉤穴出之状而 爾自東方所遣建沼河別 與 其父大毘古共
自後門逃出 而 御髮自落 自木國到針間國 自尾張國傳以追科野國 自那良戸 遇跛盲 自大坂戸亦遇跛盲 自船追來 故益 見畏以 自山"多和"
即己自婚其孃子 自懷出劔 以劔自其胸刺通之時 以劔自尻刺 自今以後 故自其時 自河先上 自河上而 自其入幸 於是其暴浪自伏 自其入幸 即自其國越 自其國越科野國乃言向科野之坂神而 自其處發 吾心恆念自虚翔行然 自其地 自其地幸 自其幸行而 故自其國 然亦自其地更翔天以飛行
自今以後 爾自其喪船下軍相戰 爾自頂髮中採出設弦
是自日向喚上之髮長比賣者 自其晝寢時妊身
自歩追去 乃自其嶋傳而 自此後時 即自山代廻 自山代上幸而 自大宮上幸行 故自其地逃亡 自取大御酒柏 自當岐麻道
如此歌 即共自死
自此以後 自參出 自往古至今時 自茲以後 自馬往雙 名志自牟之家
自日下之直越道 故自其時 有其自所向之山尾
自床墮轉而 必自跛也 專僕自行
自下幸而
袁本杼命 自近淡海國 令上坐而

≪字≫
[注記]<X字>
[地文]千字文一卷
≪事≫ n.a.
≪辞≫ n.a.
≪不 下 師 志 勿≫…<し>
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<ズ>
≪受≫
 【語源】接受/承受 ⇒ 遭受〜得到/取回
  [呉音]
  [漢音]シユウ
  [慣用音]ジュ
  [訓]う-ける う-かる
[神名等]天宇受賣命 美夜受比賣
[地名]拜祭"佐久久斯侶 伊須受能"宮 御陵在毛受之耳原 御陵在毛受 御陵在毛受野
[地文]
登賀米受而告
每門結八"佐受岐"
每其佐受岐置酒船而
<訓鱸云須受岐すずき
雖償不受  是乞其鉤故雖償多鉤不受
故受取其横刀之時
眞事"登波受"
故受命
故受命以貢上人 名和邇吉師
都勿修理以椷受其漏雨
不受勅命
手打受其捧物

[歌2]伊麻陀登加受弖[未だ解かずて]
[歌5]許禮婆布佐波受[此れは相応はず]・・・許母布佐波受[此も相応はず]
[歌6]伊蘇能佐岐淤知受[磯の埼落ちず]
[歌10]志藝波佐夜良受[鷸は障らず]
[歌32]宇受爾佐勢[髻華うずに挿せ]
[歌36]蘇良波由賀受[虚空は行かず]
[歌38]波麻用波由迦受[浜由は行かず]
[歌39]伊多弖淤波受波[痛手負はずは]
[歌40]和賀美岐那良受[吾が御酒ならず]・・・阿佐受袁勢佐佐[浅ず飲せ ささ(囃子)]
[歌43]麻肥邇波阿弖受[真火には当てず]
[歌47]阿良蘇波受[争はず]
[歌52]伊岐良受曾久流[い伐らずそ来る]
[歌61]阿比淤母波受阿良牟[相思はず有らむ]
[歌62]麻迦受祁婆許曾 斯良受登母伊波米[枕かずけばこそ 知らずとも云はめ]
[歌65]古母多受[子持たず]
[歌71]佐賀斯玖母阿良受[険しくもあらず]
[歌73]伊麻陀岐加受[未だ聞かず]
[歌78]多陀邇波能良受[直には乗らず]
[歌82]阿由比能古須受[足結の小鈴こすず]
[歌91]伊久美波泥受[い組み宿ず]
[歌102]爾波須受米 宇受須麻理韋弖[庭すずめ 髻華住まり居て]
[歌108]伊理多多受阿理[入り立たず有り]
[歌113]美延受加母阿良牟[見えずかもあらむ]
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<ゼ>
≪是≫[呉音] [漢音] [訓]これ この ここ
   📖「古事記」是とは
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<ゾ>
呉音のジャを拗音を消し去って倭語のザと見なしたのと同様に、呉音のジョをゾとしている。・・・
≪叙≫
 【語源】述説@秩序 ⇒ 談話
  [呉音]ジョ
  [漢音]ショ
  [訓]つい-ず ついで のべ-る
[歌3]宇良須能登理叙[浦洲の鳥ぞ]
[歌45]和賀許許呂志叙[我が心しぞ]・・・伊麻叙久夜斯岐[今ぞ悔しき]
[歌47]泥斯久袁斯叙母[寝及惜しぞも]
[歌86]伊賀幣理許牟叙[い帰り来むぞ]
≪存≫
 【語源】存在/生存 ⇒ 伺候
  [呉音]ゾン
  [漢音]ソン
  [訓]たも-つ あ-る とう まさ ながら-える
[歌79]許存許曾婆[今こそは]
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<し>…以下、ジと読む必然性は無い。
≪下≫[呉音] [漢音] [訓]した しも もと さ-がる/さ-げる くだ-る/くだ-す/くだ-さる お-りる/お-ろす ひく-い/ひく-まる/ひく-める
[王・臣名等]
下菟上國造  下光比賣命  下照比賣  下光葦原中國之神  熊野之高倉下
…高倉下は<たかくらじ>と読むことになっている。おそらく、国史の人名に合わせたのだろう。意味訓のようだから、<たかくらした>ではなかろうか。
吉備下道臣  山下影日賣  下毛野君  茨田下連  秋山之下氷壯夫
大日下王/大日下部  若日下部命/若日下部  日下部連

[地名]
日下之蓼津  日下之高津池  初大后 坐日下之時 自日下之直越
[注記]
<訓高下天云阿麻>
<・・・下效此>
<自〇(以)下X字以音><〇下X字以音><〇下△・・・以音>
上件/右件〜以下〜以前 并稱〜

[地文]
"久羅下那州多陀用幣琉"之時  指下其沼矛以畫者  下P者P弱而  於下枝  此時箸從其河流下  今將下地時  共追下者  爾追下取時  盡知天下之事神也  自其矢穴衝返下者  地下者  汝命營下田 其兄作下田者  爾取所入御船之楯而下立  自其爲大便之溝流下  立其河下/是於河下  下坐其上  故還下坐之  下到而  上通下通婚  爾自其喪船下軍相戰  隨水流下  避上下衣服  逃下本國  追下而  今還下而・・・故即還下難波  爾取出置席下之劍  上下等齊  夷振之片下也  爲等族之下席而  遊其殿下/遊殿下以/所遊其殿下目弱王  坐長谷之百枝槻下  自下幸而
【天下】
平聞看天下之政 治天下(也)/治天下X歳(也) 天下平 爾天下太平 將吾與汝治天下而 詔凡茲天下者 以天下 猶欲獲天下 各讓天下之間 治天下那何 愁天下 定賜天下之 天下人等  故 天皇崩後 無可治天下之王也  所治賜天下  故將治天下之間  各相讓天下  更非臨天下之君  先治天下而/先治天下也  亦治天下之天皇/悉破治天下之天皇陵者  授奉天下也

≪師≫[呉音] [漢音] [訓]のり もろ のし
[神名等]
次於投棄御裳所成神名 時置師神  萬幡豐秋津師比賣命  壹師君  味師内宿禰  其曙立王 謂 倭者師木登美豐朝倉曙立王  土師部・難波吉師部  阿知吉師  和邇吉師
…土師は<はにし>と読むべきと思うが、訓で<はジ>と読むことになっていそう。
尚、吉師は渡来人の官位と思われるから、吉士であろう。
又撃兄師木 弟師木之時 師木縣主 師木津日子玉手見命-師木津日子命 百師木伊呂辨

[地名]
師木水垣宮 師木玉垣宮 師木嶋大宮
浮倭之市師池

≪志≫ 📖志斯は並立の仮名文字
≪不 勿≫ 📖[安万侶文法]否定辞7語の用法確立

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