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■■■ 「古事記」解釈 [2022.8.7] ■■■
[583]乃をノと読む場合は音とみなすべし
「万葉用字格」は専門家の注を読むべき書物と思うが、単純な配列の辞書形式なのに、網羅性を欠くので、そのような取り組みがなされにくくまことに残念。
ビックリ記述がある箇所に、一寸だけふれておこう。・・・
<能部>📖[安万侶文法]現代"の"文法との繋がり
[略音]_(ウ)…【乙類】     [借訓]ヨシ
[略音]_(?)…【乙類】     [略音]_(イ)
[正訓]…【乙類】      [正音]
[借訓]…【乙類】
[借訓]…【乙類】
[正訓]…【甲類】     [正音]
   怒 奴 努 濃…【甲類】

"ノ"については取り上げてきたが、基本、"之"の訓読みであり、音読みすれば"シ"。📖[安万侶文法]"之"文法の入り口
発声母音系が異なる"野"を除けば、音素文字"ノ"としては、音読みの能と乃を加えた3文字で必要十分と見なしているようなもの。
実際、「古事記」はそうなっている。
しかし、「萬葉集」では他に2文字が、文の装飾のために代替用に使われていることになる。どうなっているか、見てみると、・・・
[あしひきの] 📖枕詞「あしひきの」はポピュラーだが
 足引/足日木_(の)【省略】
 足日木/足氷木乃/悪氷木乃/足桧木乃/足桧乃/蘆桧木乃/葦引乃/足比奇乃/足引乃/足疾乃/安志比奇乃/安志比紀乃/安之比紀乃/安之比奇乃
 足日木/足桧木之/足桧之/足引之/足病之/足曳之
 足日木/安思比奇能/安之比奇能/阿之比奇能
 足日木/蘆桧木笶 <笶>[呉音・漢音][訓]
 足日木篦 <篦>[呉音]ハイ[漢音]ヘイ[慣用音][訓]へら の
[伊良虞の]
 射等篭四間乃[嶋の] 伊良虞嶋之 五十等兒嶋邊
  <荷>[呉音][漢音][訓]に はす [正訓]
      [正訓]荷向ノザキ…"ノ"は一般読みでなく、特別な行事での当て字。
[白牫牱白橿_(の)]【省略】
  牫牱かしぐひ/戕牁(繫舟綱用の水中に立てるもやい杭)
  <牱>[呉音][訓]くい

[うらみの]
 礒乃浦廻/千江之浦廻乃 美保乃浦廻/礒之裏未之 敷勢能宇良未/宇良未能毛美知

たったこれだけを眺めるだけで、「古事記」の方針がなんとなくわかってくる。
まず、乃。
漢語からすると、乃/𠄕≒廼≒迺だが、こうした異字体は用いられていない。[呉音]ナイだから、常識的には"ノ"は音ではなく訓である。しかし、「万葉用字格」は訓ではないと。
それなら、どうしてこの文字を当てるのかはなはだわかりにくい。漢字の語義からすれば、あくまでも乃父だいふ(汝)とか乃至ないし(すなはち)の範囲の筈だからだ。📖[安万侶文法]助詞<の>は乃でもよいのか

「萬葉集」用の辞書編纂は並大抵な精神力ではとてもできる訳がなく、之・乃・能は役割が違うことを、この分類で示したかったと考えるしかあるまい。
そう思って、「古事記」を振り返ってみると、なんだそういうことか、となる。

能について眺めてみると差異が見えてくる。・・・

[歌4]【沼河日売】婚姻承諾
 朝日の[阿佐比能] 笑み栄え来て 栲綱の 白き腕
[歌5]【大国主命】嫡后の嫉妬の抑制
 泣かじとは 汝は言ふとも 倭の[夜麻登能] 一本薄
[歌80]【木梨之輕太子】夷振之上歌同母兄妹婚実現の喜び
 さ寝しさ寝てば 刈り薦の[加理許母能] 乱れば乱れ
之とは、語義で隔たりがありそう。
2文字も見ておこう。
能微のみ      [正音]
 天~御子之御壽者 木花之"阿摩比能微"坐
母能もの      [正音]
[歌63]【口日売】皇后に天皇の使者に会って欲しい旨懇願
 山代の 筒木の宮に 母能白す
[歌76]【天皇】宮焼き討ちで焼殺寸前
 持ちて来まし母能 寝むと知りせば
[歌93]【天皇】志都歌若かりし頃睦合えばよかった、と
 ゐ寝て坐し母能 老いにけるかも
[歌99]【雄略天皇】袁杼比売に求婚
 鋤き撥(ば)る鋤き撥(ば)る母能
これらは明らかに2音素の語彙だが、熟語扱いされていない可能性を感じさせる。そうなると、前者は"〜の身"の書き換えで、後者は"者/物の"という表現の重複音記載削除形ということかも。

"ノ"の元となっている助詞は存在する場所を示す機能。意味的に一番妥当な漢字は之しかないということになる。しかし、歌で音素文字として使うなら、原則"シ"であって、"ノ"ではない。「萬葉集」はそこらは歌人の好み優先なのでごちゃ混ぜになってしまう。
一方、助詞の語義が拡張していったため、余りに遠くなっている場合も少なくない。そうなると、能への代替が望ましいということになる。
この拡張だが、乃の場合、"即ち"的な並列用法を意味しているようにも思える。そうなると、語義拡張と云うより、文法的な側面での用法転換に当たろう。之の原義とは大きく外れてしまう。従って、この用法に適当と思われる文字が乃ということなのでは。

従って、助詞表記文字としては之・能・乃の3種類があるが、それなりに仕訳されていると見てよさそう。

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