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■■■ 「古事記」解釈 [2022.3.26] ■■■
[449][安万侶文法]助詞<の>は乃でもよいのか
古文で連体助詞として使われる<の><つ><が>はよく似た用例が多く、用法も広いそうだ。そのうち<の>の使用が圧倒的。その展開は概ね以下のように考えているらしい。[「岩波古語辞典」の考え方]
存在の場所="〜にある。"
 ⇒命名・指名用法
   ⇒資格表示
 ⇒行為・生産の行なわれる場所提示
   ⇒生産者・作者表示
 ⇒所有する人提示
   ≒所有される人(所属)@古代的心性表現
     ⇒属性保持
       ⇒限定修飾
         ⇒「〜の如」用法

もっとも、実践性第一の受験文法では、あくまでも"訳し方"が勝負となるので、普通は、5ツの文法視点での用法を暗記することで事足りるとされる。
  【主格】 〜が
  【連体修飾格】 〜の
  【同格】 〜で
  【体言代用】 〜の物/事
  【連用格】 〜の様に
(比喩的表現)

「古事記」からすると、余り緻密に整理する必要は無いのでは。細かく定義すると、素人からすれば、かえってわかりにくくなっている感じさえする。太安万侶は「格」の概念を知っていたと思うが、文構造ありきの言語のルール(SVOCではすまず、サンスクリットは8格。)を取り入れようとは考えていなかったのでは。
助詞の文法は、日本語表記標準化の核心的課題であるから、実によく考えぬかれているが、それは西欧文法に対応できるように徹底的に磨き上げようとの学者の心性に基づくものと思えてくるほど。

例えば、以下の表現をどうとらえるかである。"之"の役割はA⊃Bに見えるが、古代的心性表現ということでA=Bとすることになるのかも。しかし、それなら又の名として表記する方が自然だろう。
  淡道之穗之狹別[和氣]嶋
  伊豫之二名嶋
  隱伎之三子嶋


そんなセンスで、「古事記」の<の>用法を眺めてみよう。
助詞用法文字では、[乙類]乃、能、之となる。([甲類]:野、怒、奴、努、濃…非格助詞)
ただ、厄介なのは訓読みでは文字記載されていないのに<の>を入れて読むことになっている点。例えば、<宗賀[]稲目宿祢大臣>と記載されているが、<[おお]安万侶[やすまろ]>は省略となるのだから。どのようにして判定したのか、入れても入れなくても好き好きなのか、ルールは調べていないが、素人からすればいかにも恣意的に映る。

ただ、「古事記」には<之>だけで1,000文字以上あるから、そこから考え方に合わせて抜き出すことさえ厄介極まる作業になるのは間違いない。多少出来上がったとしても俯瞰的に全体像を見るのは、おそらく難儀を通り越すことだろう。
網羅性担保や、まともな整理を狙うと労力がかかりすぎるので、出たとこ勝負的に概略を眺めてみるしかなさそうである。
と云うことで、とりあえず、片仮名<ノ>/平仮名<の>の字原となっている"乃"は、用法が少なさそうなので、入り口的に眺めてみたい。

≪乃[丿+㇡]
  [呉音]ナイ
  [漢音]ダイ
  [音]
  [訓]の すなわち(≒そこで)  なんじ(e.g.乃公)
漢文には、≪之≫のような所属的修飾としての助詞用法はないようだ。
 【動】是/be
 【副】剛剛/just now 只/only then 竟/actually
     卻/at the same time 就/then
 【連】然而/but
<の>と発音する由来を感じさせないし、冒頭的な修飾用の助詞としての用法が漢文にはなさそうだから、おそらくなんらかの理由での当て字であろう。儒学者や官僚にとっては、漢籍に「前例無し」だから、使用禁止の御触れを出してもおかしくなかろう。
と云うか、太安万侶はそれを百も承知で、ほれほれ、皆、"乃"を<の>と読みますゾ、と示したかったのかも。

知識人が時に読者に喰らわせる、見かけ大真面目に見えるが、実は大ジョークと云うか、エスプリの類が隠されていておかしくないからだ。

もっとも、流石に、音素表現の神の名称には関係しないとは思うものの、2柱とも音素であると割注で記載していながら、<の>"之”を避けるだけならまだしも、"能"に対応して、わざわざ異なる"乃"を使うのだから、何かあるかも。残念ながら、それを読み解く知的水準に達していないが、少なくとも、音素表現にも意味を与えておりますので注意してお読みになると面白いですぞ。・・・
  "意富斗[≒所][]地"神…対偶男神か。
  "大斗[≒所][]辨"神…対偶女神か。
普通の書き方は前者なのに、敢えて揃えなかったのである。・・・
  "伊豆[]賣"神…直其禍の3柱で神直毘神・大直毘神に続く。
対偶神登場の段は、意味のわからぬ神々が並んでいる箇所であり、助詞<の>と見るとどういう役割になるのか気になるところだ。

ここだけではない。歌でも、わざわざ"乃"を使っている。単なる表音文字なのに、何故に統一しないのだろう。・・・
[_83]【木梨之輕太子】天田振捕囚後に同母妹の心情への思いを発露
    天だむ 軽の乙女 甚泣かば 人知りぬ可し 波佐の山の 鳩の 下泣きに泣く
被捕歌曰:
阿麻陀牟 加流袁登賣・・・

[100]【三重の采女】粗相で殺される寸前
    纏向の日代の宮は 朝日の 日照る宮 夕日の日翔ける宮 竹の根の根足る宮 木の根の 根延ふ宮 八百によし斎の宮 真木さく日の御門 新嘗屋に 生ひ立てる 百足る槻が枝は 上枝は天を覆へり 中枝は 吾妻を覆へり 下枝は鄙を覆へり 上枝の枝の裏葉は 中枝に 落ち触らばへ 中枝の枝の 下つ枝に落ち触らばへ 下枝の 枝の裏葉は あり衣の三重の子が 捧がせる 瑞玉盞に 浮きし脂 落ち足沾ひ 水こをろこをろに 来しも 綾に恐し 高光る 日の皇子 事の 語り事も 此をば
即歌曰:
麻岐牟久 比志呂美夜波 阿佐比 比傳流美夜・・・

"之”の使用を避けたいなら、"能"でよい筈だ。・・・
[__4]  【沼河日売】婚姻承諾
    ・・・朝日の 笑み栄え来て 栲綱の 白き腕 沫雪の 若やる胸を・・・
阿佐比能 恵美佐加延岐弖 多久豆怒 斯路岐多陀牟岐
阿和由岐 和加夜流牟泥遠・・・

[__6]  【須勢理毘賣命】~語契り再確認
    射干玉の 黒き御衣を・・・
    泣かじとは 汝は言ふとも 倭の 一本薄
    頂傾し 汝が泣かさまく 朝雨野霧に立たむぞ・・・

・・・夜麻登 比登母登須須岐・・・

[__7]【伊呂妹 高比賣】夷振阿治志貴高日子根~者忿而飛去之時
    ・・・天なるや 弟織機の 項がける・・・
故歌曰:
阿米那流夜 淤登多那婆多 宇那賀世流・・・

≪能[䏍(厶+月/肉)+㠯]…本義は熊⇒能力(賢さ)
  [呉音]ノウ ノ ナイ
  [漢音]ドウ ダイ
  [音]タイ
  [訓]あ-たう よ-く
  [名乗]の のり よし たか
漢文には、≪之≫のような所属的修飾としての助詞用法はないようだ。
  【名・形・動】…この用法がベース。
  【代】如此/So
  【副】只/only then 等々

枕詞があると、<の>に"能"が当てられているのがよくわかる。📖[脱線]「万葉集」巻十三の"こもりくの"・・・
  [歌89]【木梨之輕太子】愛する同母妹の来伊予時
   隠口の[許母理久能]
   泊瀬山の[波都世能夜麻能]
  [歌90]【木梨之輕太子】心中に当たっての相思相愛確認
   隠口の[許母理久能]
   泊瀬川の[波都勢能賀波能]

ところが、万葉集では基本"乃"にしたい意向がありそう。音素を筆記するのだから、"能"など面倒で、乃にしたくなるだろう。官僚としては「止めとけ。」と言うべきだろうが、太安万侶は苦笑して、「それも良き哉。」と言っていたのでは。これが仮名文字誕生の端緒ということになろう。・・・
[巻_一#0045]:【雑歌 人麻呂歌】隠口の 初瀬の山は[隠口乃 泊瀬山者]
[巻_一#0079]:【雑歌】こもりくの 泊瀬の川に[隠國乃 泊瀬乃川尓]
[巻_三#0420]:【挽歌 石田王卒】こもりくの 初瀬の山に[隠久乃 始瀬乃山尓]
[巻_三#0424]:【挽歌 石田王卒】こもりくの 泊瀬娘子が[隠口乃 泊瀬越女我]
[巻_三#0428]:【挽歌 人麻呂歌】こもりくの 初瀬の山の 山の際に[隠口能 泊瀬山之 山際尓]
[巻_七#1095]:【雑歌】隠口の 泊瀬の桧原[隠口乃 始瀬之桧原]
[巻_七#1270]:【雑歌】こもりくの 泊瀬の山に[隠口乃 泊瀬之山丹]
[巻_七#1407]:【挽歌】隠口の 泊瀬の山に[隠口乃 泊瀬山尓]
[巻_七#1408]:【挽歌】こもりくの 泊瀬の山に[隠口乃 泊瀬山尓]
[巻_八#1593]:【秋雑歌】隠口の 泊瀬の山は[隠口乃 始瀬山者]
[巻十一#2511]:【問答 人麻呂歌】こもりくの 豊泊瀬道は[隠口乃 豊泊瀬道者]

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📖"ア"と"あ"を規定
📖語気詞の扱い
📖特別感嘆詞"然者"
📖接続詞不要の社会
📖ゴチャゴチャ表記の理由
📖構造言語文法は不適
📖句間字と文末字の重要性
📖膠着語の本質
📖日本語文法の祖は太安万侶
🗣📖訓読みへの執着が示唆する日本語ルーツ
📖日本語文法書としての意義
📖倭語最初の文法が見てとれる
📖てにをは文法は太安万侶理論か
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