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■■■ 「古事記」解釈 [2022.4.5] ■■■
[459]枕詞「あしひきの」はポピュラーだが
<あしひきの>は、山(と、峰、八峰、岩根)にかかる枕詞。(例外的に、木の間、と、あらし。)
万葉仮名の使い分けから推定されている語源は「足が引きつるように登り降りするのに苦労する。」とされる。(足でなく、蘆(葦)との表記もあるが。)苦労といっても、曳きづるような程度まで入るからかなりのもので、病・悪のイメージがあってもおかしくないようだ。
(326の枕詞について用例をあげ解説している賀茂真淵:「冠辞考」1757年には、"あしびき"は"やま・いは・あらし"の冠辞と。「山行之時 引足歩也」としたいが何のよしもない、とコメント。濁音化させた"あしびき"はかなり新しい用語であろうし、国史中心で見ていそうなので、古代感覚からは遠いかも)
---「古事記」---
[_79]【木梨之輕太子】志良宜歌同母兄妹婚決意
  あしひきの[阿志比紀(能)]-山田を作り 山高み
---「万葉集」---
  あしひきの[足日木(乃)]-山のしづくに[巻二#107]
  あしひきの[足日木(能)]-山のしづくに[巻二#108]
  葦の末の[葦若末(乃)] 足ひく我が背[足痛吾勢][巻二#128]
  あしひきの[足日木(乃)]-山のさつ男に[巻三#267]
  あしひきの[足日木(能)]-岩根こごしみ[巻三#414]
  あしひきの[足氷木(乃)]-山辺をさして[巻三#460]
  あしひきの[足日木(乃)]-山道をさして[巻三#466]
  あしひきの[足桧木(乃)]-山さへ光り[巻三#477]
  あしひきの[足引(乃)]-山に生ひたる[巻四#580]
  あしひきの[足引(之)]-山橘の[巻四#669]
  あしひきの[足疾(之)]-山きへなりて[巻四#670]
  あしひきの[足引(乃)]-山にしをれば[巻四#721]
  あしひきの[足引(之)]-み山もさやに[巻六#920]
  あしひきの[足引(之)]-山にも野にも[巻六#927]
  あしひきの[足引(之)]-山川の瀬の[巻七#1088]
  あしひきの[足引(之)]-山行き暮らし[巻七#1242]
  あしひきの[足病(之)]-山椿咲く[巻七#1262]
  あしひきの[足桧_(之)]-山橘を[巻七#1340]
  あしひきの[足氷木(乃)]-清き山辺に[巻七#1415]
  あしひきの[足比奇(乃)]-山桜花[巻八#1425]
  あしひきの[足引(之)]-山霍公[巻八#1469]
  あしひきの[足引(之)]-木の間立ち潜く[巻八#1495]
  あしひきの[足引(之)]-山の黄葉[巻八#1587]
  あしひきの[足日木(篦)]-山呼び響め[巻八#1603]
  あしひきの[足日木(乃)]-山下響め[巻八#1611]
  あしひきの[足日木(能)]-山鳥こそば[巻八#1629]
  あしひきの[足日木(乃)]-山辺に居りて[巻八#1632]
  あしひきの[足日木(乃)]-山彦響め[巻八#1632]
  あしひきの[足日木(乃)]-山彦響め[巻九#1761]
  あしひきの[足日木(乃)]-山彦響め[巻九#1762]
  あしひきの[蘆桧木(笶)]-荒山中に[巻九#1806]
  あしひきの[足比木(乃)]-山にも野にも[巻十#1824]
  あしひきの[足曳(之)]-山片付きて[巻十#1842]
  あしひきの[足日木(之)]-山の際照らす[巻十#1864]
  あしひきの[足桧木(乃)]-山霍公鳥[巻十#1940]
  あしひきの[足日木(笶)]-山より来せば[巻十#2148]
  あしひきの[足日木(乃)]-山の常蔭に[巻十#2156]
  あしひきの[足日木(乃)]-山のもみたむ[巻十#2200]
  あしひきの[足曳(乃)]-山田作る子[巻十#2219]
  あしひきの[足引(乃)]-山さな葛[巻十#2296]
  あしひきの[足曳(之)]-山かも高き[巻十#2313]
  あしひきの[足引(−)]-山道も知らず[巻十#2315]
  あしひきの[足引(−)]-山に白きは[巻十#2324]
  あしひきの[足桧木(乃)]-山のあらしは[巻十#2350]
  あしひきの[足引(−)]-名負ふ山菅[巻十一#2477]
  あしひきの[足日木(能)]-山桜戸を[巻十一#2617]
  あしひきの[足日木(之)]-山田守る翁が[巻十一#2649]
  あしひきの[足桧(乃)]-あらし吹く夜は[巻十一#2679]
  あしひきの[足日木(之)]-山鳥の尾の[巻十一#2694]
  あしひきの[悪氷木(乃)]-山下響み[巻十一#2704]
  あしひきの[足桧_(之)]-山沢ゑぐを[巻十一#2760]
  あしひきの[足引(乃)]-山橘の[巻十一#2767]
  思へども 思ひもかねつ
  あしひきの[足引(乃)] 山鳥の尾の 長きこの夜を[巻十一#2802]
  …【左注】或本歌曰:足日木乃 山鳥之尾乃 四垂尾乃 長永夜乎 一鴨将宿
  あしひきの[足引(乃)] 山鳥の尾の[巻十一#2802s]
  あしひきの[足日木(乃)]-山より出づる[巻十二#3002]
  あしひきの[足引(之)]-山を木高み[巻十二#3008]
  あしひきの[足桧木(之)]-山川水の[巻十二#3017]
  あしひきの[足桧木(之)]-山菅の根の[巻十二#3051]
  あしひきの[足桧木(之)]-山菅の根の[巻十二#3053]
  あしひきの[足桧_(乃)]-山は百重に[巻十二#3189]
  あしひきの[足桧木(乃)]-片山雉[巻十二#3210]
  あしひきの[足日木(能)]-山より出づる[巻十三#3276]
  <或書有 あしひきの[足日木(−)]-山の木末に 句也>[巻十三#3291]
  あしひきの[足桧木(之)]-山行き野行き[巻十三#3335]
  あしひきの[蘆桧木(乃)]-山道は行かむ[巻十三#3338]
  あしひきの[葦引(乃)]-野行き山行き[巻十三#3339]
  あしひきの[安志比奇(乃)]-山沢人の[巻十四#3462]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山かづらかげ[巻十四#3573]
  あしひきの[安思比奇(能)]-山松蔭に[巻十五#3655]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山彦響め[巻十五#3680]
  あしひきの[安思必奇(能)]-山飛び越ゆる[巻十五#3687]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山下光る[巻十五#3700]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山道越えむと[巻十五#3723]
  あしひきの[足曳(之)]-山縵の子[巻十六#3789]
  あしひきの[足曳(之)]-玉縵の子[巻十六#3790]
  あしひきの[足引(乃)]-この片山に[巻十六#3885]
  あしひきの[足引(乃)]-この片山に[巻十六#3886]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山辺に居れば[巻十七#3911]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山谷越えて[巻十七#3915]
  あしひきの[安之比紀(乃)]-山の木末に[巻十七#3957]
  あしひきの[安思比奇(能)]-山坂越えて[巻十七#3962]
  あしひきの[安之比紀(能)]-山きへなりて[巻十七#3969]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山桜花[巻十七#3970]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山野さはらず[巻十七#3973]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山越え野行き[巻十七#3978]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山きへなりて[巻十七#3981]
  あしひきの[安思比奇(能)]-山も近きを[巻十七#3983]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山にも野にも[巻十七#3993]
  あしひきの[安之比奇(能)]-をてもこのもに[巻十七#4011]
     をてもこのもに[乎氐母許乃毛尓]=彼面此面
     …@二上山(大伴家持:"思放逸鷹夢見感悦作歌")
  あしひきの[安之比奇(能)]-山はなくもが[巻十八#4076]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山の木末は[巻十八#4111]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山のたをりに[巻十八#4122]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山の木末の[巻十八#4136]
  あしひきの[足引(之)]-八つ峰の雉[巻十九#4149]
  あしひきの[足引(乃)]-峰の上の桜[巻十九#4151]
  あしひきの[安志比奇(乃)]-山坂越えて[巻十九#4154]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山下響み[巻十九#4156]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山の木末も[巻十九#4160]
  あしひきの[安之比奇(能)]-八つ峰踏み越え[巻十九#4164]
  あしひきの[安之比奇(能)]-八つ峰飛び越え[巻十九#4166]
  あしひきの[安之比奇(乃)]-山のたをりに[巻十九#4169]
  あしひきの[足桧木(乃)]-山呼び響め[巻十九#4180]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山霍公鳥[巻十九#4203]
  あしひきの[安志比紀(乃)]-山霍公鳥[巻十九#4210]
  あしひきの[足日木(−)]-山川へだて[巻十九#4214]
  あしひきの[足日木(之)]-山の黄葉に[巻十九#4225]
  あしひきの[安之比奇(能)]-八つ峰の上の[巻十九#4266]
  あしひきの[足日木(乃)]-山下ひかげ[巻十九#4278]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山行きしかば[巻二十#4293]
  あしひきの[安之比奇(能)]-山に行きけむ[巻二十#4294]
  あしひきの[安之比奇(乃)]-山橘を[巻二十#4471]
  あしひきの[安之比奇(能)]-八つ峰の椿[巻二十#4481]
  あしひきの[安之比奇(乃)]-山菅の根し[巻二十#4484]

いくら並べたところで、ほとんど意味はないが、用語としては遍く知られていて、お気軽に使っていたような雰囲気を感じさせる。
「古事記」の歌は、どうしても結ばれたいという男女が、意を決して隠れてついに逢引するシーンを詠んだもので、その情緒に合う枕詞の筈。従って、山歩きは大変だナ〜、という感慨とは無縁だろう。そうなると、この枕詞は、規制だらけの宮の地の文化と違う、山人文化の存在を示しているのと違うか。おそらく、卑なる人々の生活域で、宮地に出ることは無いが、その様な必要が生じると足を引きずるのであろう。天皇がそのような刑罰を与えた話が収載されているが、そのような慣習自体は古くから存在していたのだと思われる。
山の民は、ルールバスターにとっての逃避行先でもあったということでは。
朝廷内で、反皇太子の雰囲気が生まれたのは、同母兄妹婚の禁忌破りより、個人の思いを遂げるために、卑なる地に入り込んだことにあるのかも知れない。

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