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■■■ 「古事記」解釈 [2022.9.23] ■■■
[630][付録]月名について
三貴神の2番目の月読命は、月齢を数える神と考えられるが、一切説明無し。太陽神と月神という安直な対偶解釈をすれば月神となるが、夜"食"国の統治者とされており天照大御神より一段低い地位に居る。📖食國は漢語と違うか
一般的には、月神なら潮汐や冥界に関与しそうなものだが、海を統治することはないし、冥界に関与することもない。📖太陽神と月神の誕生は古層の信仰

大倭豐秋津嶋の"三貴神"なのだから、それぞれが"三種の神器"に対応してもよさそうに思うが、鏡と剣だけで玉については関係性の有無はさっぱり見えてこない。玉自体についても、特段の記載がないのでどうにでも解釈可能なので読みようがない。📖レガリア語らずの意味
  教権(鏡-御璽)・王権(剣-国璽)・命/食(玉-神璽)

常識的に考えれば、月読命や勾玉が登場してくる話が無かった筈はなく、記載すると中華帝国の宇宙論と思想上で根本的な対立を招くことが明白だったため割愛することになったと考えた方がよいのでは。
おそらく、魂魄という魂の考え方と勾玉尊崇には原理的に相反する部分があったのだろう。

太安万侶の歯切れの良さは、こういうところにある。中途半端に気遣って肝心な箇所を切り取って収載するようなことをせず、バッサリと切る。おそらく、読者は、どうしてアノ伝承話を欠くのかと気付かされることになるから、書かないことも一つの重要な表現方法と云って間違いない。(国史と混淆して読む方法が基本となっている以上、こうした見方はほぼ禁じ手になってしまうのでご注意あれ。)

「古事記」を読むには、<何故に書いていないのか?>と考えることも不可欠なのである。
そういう観点で、月名を取り上げてみることにした。

日・月信仰は中華帝国でも、位は相当下がるものの天子公認だが、両者ともに天空にあるとされている。これに対して、全くの推定に過ぎぬが、倭人から見れば、太陽は構わぬが、月・星はその様な扱いはいかがなものか、ではなかろうか。従って、「古事記」では、星神どころか、星空の話は皆無。
国土の地勢から、特段、星を語らなくても問題ない生活をすることは可能と見て、風土的には星信仰は重要でないということにするしかない。遠洋航海以外、夜間は出航しないという状況ならそれで構わないだろうし。

・・・として涼しい顔をしてもよいのだが、スンダ・江南:揚子江・船山や、南島から渡来してきた海人を核とした雑種民族を作り上げてきた倭国の姿を考えると、どう見てもおかしな解釈。
しかも、説明可能な仮説が思いつかない訳ではないし。

なんとなれば、太安万侶は冒頭から、高天原の天をアマと訓ずるように割注で指定しているからだ。翻訳なので天という文字を使用したと記載していることになる。神々世界を、漢語では<天>という文字を当てていると語っているようなもの。
何故、そのように記載する必要があったのかは自明である。海人用語であれば、アマの翻訳文字はイの一番で<海>になるのが当たり前だからだ。もちろん、「古事記」では両方の漢字が同音で用いられることになる。同音意義語だらけの言語であるから、この手の例は五万とあるだろう。

ここ迄はどうということもないが、ことほしのことになると厄介。全く異なる読みがあるからだ。
  夕星之/夕星乃ゆふつづの[巻二#196/巻五904]…ビーナス
航海神である底・中・上の筒三神は海中の神ではなく、天空に昇った三ッ星神(オリオン)である。だからこそ遠洋船の柱の筒穴に船靈が安置される訳で。星は海から生まれ出る存在ということになるが、これは中華帝国では受け入れがたかろう。(天体観測マニアでなくとも、縦一列の3星が東の水平線から登ってくる景色を見ればフツーは感動を覚えるものである。素人からすえば、住吉大社社殿が縦一列様式なのも当たり前。)

この辺りは、実は誰でも知っているが、だからといってそこから一歩踏み込むことはない。

そこを敢えて進めというのが、太安万侶流。

ということで、月名話。

水稲文化が津々浦々迄浸透していると見なすなら📖[付録]「萬葉集」の稲関連歌、月名は水稲暦になっている筈。しかし、大嘗祭では水稲だけでなく、畑粟も奉納されるのであるから一方的に水稲暦にすると宣言できるものでもなかろう。
そもそも、10代天皇代での"人民つきなむとしき"ほどの疫病(結核免疫無し状況でのことか)発生は労働集約的で渡来人もかかわってくる水稲域でのこと。そうなれば、頼れる作物は粟しかあるまい。にもかかわらず水稲暦という強引なことができる訳がなかろう。当然ながら、畑粟時代⇒水稲時代を示唆する「古事記」で月名に触れることはあり得まい。(考える場合はこの逆で、記載しない理由を考えるとこうなる、というに過ぎない。)

しかし、和名は「萬葉集」でも使われているものもあるので、おそらく水稲暦であろう。何の概念も無しに、個別に月名を決めるようになったのは、文芸家が出現してから。その様な、当て文字を色々と解釈してもおそらくたいした意味はなかろう。
例えば、以下のように推定することになる。・・・
  <一月>む:稲籾を水に浸す。[「大言海」]・・・実月
   ⇒睦…新春親類相依娯樂遊宴
  <ニ月>きさらぎ:蒔籾の芽が出る。・・・萌揺月
   ⇒[漢語]如(衣更着)
  <三月>いやおい:稲苗が伸びる。・・・弥生月
   ⇒〃*
  <四月>うえ:稲の苗を植える。・・・植月
   ⇒卯(花)
  <五月>さ:早苗を植える。・・・挿月
   ⇒皐
  <六月>み:田に水を入れる。・・・水月
   ⇒水無・・・炎暑甚水泉涸盡
  <七月>ほふみ:穂が膨らんでくる。・・・脹月
   ⇒文・・・曝書
  <八月>ほはり:穂が張って来る。・・・張月
   ⇒葉・・・黄落
  <九月>ほなが:穂が熟し長くなる。・・・長月
   ⇒〃・・・夜長
  <十月>ほかり:刈り、神に奉げる。・・・刈月
   ⇒神無・・・無雷
  <十一月>すりもみ:・・・摺籾月
   ⇒霜・・・霜降
  <十二月>しはつ:・・・為果月
   ⇒師走* or 十有二
   (*: 語尾"月"省略)
義共不詳 我國の月名。太古よりいひつぎしことばとも聞えず。・・・正月ムツキ 二月キサラギ 三月ヤヨヒ 四月ウヅキ 五月サツキ 六月ミナヅキ 七月フヅキ 八月ハヅキ 九月ナガヅキ 十月カミナヅキ 十一月シモツキ 十二月シハス[「東雅」天文@「古事類苑」歳時部]


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