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■■■ 「古事記」解釈 [2023.5.7] ■■■
[683] 「古事記」仮名8母音 伊韋
いゐアは文字の代表と見なしていたと思うが、それに続く文字を、イと考えていたかはなんとも言い難し。

(亻:伊の偏)(以) [萬] 📖"阿〜和"全87音素設定 📖[追記]

しかしながら、イ音の文字は<伊>とすることだけは、決まっていたようにみえる。その他のイ文字は限定使用に徹していそう。この点では、アと状況は似ており、特別文字扱いしていそう。
これは、伊邪那美命&伊耶那岐命の文字表示と関係があるかも知れない。
後世のことだが、北畠親房:「神皇正統記」1343年に、<伊>が意味するところの、伊舎那イシャーナ[大自在天化身]@胎蔵曼荼羅-外金剛部院所属(左辺L)📖がこの対偶神と同一と記している位で、文字には呪的な力ありとされていた筈なので、この推定は結構センスが良い。
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梵語【悉曇 摩多】[イ i]…根本 [イー]…宍[災]禍・・・ 【正音】
  伊 「古事記」は300例を越すし、「萬葉集」では1000例以上。
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音素文字には<音>が適当と思われるが、先ず、訓の<い>文字を見ておこう。もちろん、音素文字ではなく、意味を有する翻訳文字機能を発揮しているのであり、仮名として利用すべき文字では無い。
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数字の5(いッ)・・・ 【略訓・借訓】📖千五百や五十の意味
  五/伍 𓎆𓍢𓆼𓂭
矢の射出(い-る [さす あてる])・・・ 【借訓】
  射
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「記紀」読みで、強引に<い>とされていそうな文字もある。
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息吹・・・
  吹棄ふきすつる氣吹いぶき
   「萬葉集」 いき【正訓 借訓】
     …[巻二#210]氣衝明之:いきづきあかし [巻七#1360]氣緒尓:いきのをに
      [巻七#1384]氣衝餘:いきづきあまり

ケ・・・ 【正音】
  ⇔和氣 豊宇気毘賣 宇氣布 宇氣比 汙氣 大氣津比賣~ 気多之前
   比氣登理能ひけとりの 和賀比氣伊那婆わがひけいなば

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「萬葉集」では、訓の<い>文字は結構存在している。漢字の訓読みでなく、訓的な漢字読みが追求されていることになろう。<い-ぬ>ではなく、<ぬ>と表記するようになる第一歩が踏み出された訳だ。
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  【正訓】@「萬葉集」
い-ぬ(or ね-る)・・・
  寝 寐 (≒宿 眠)
[特別用法]
  去來 不知 何時
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  【義訓】@「萬葉集」
[特別用法]
  不聽 不欲 不許 不言
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「萬葉集」は漢字文化を愛する人々の歌が多いようで、<イ>音文字も多種多様であり、「古事記」の方針とはいささか異なっている。以下、代表的な訓で見てみよう。
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や-む・・・【正音】[巻十#2089]已向立而:いむかひたちて
  已[呉漢音]イ
こと-なる・・・【正音】[巻十七#3991]異麻母見流其等:いまもみるごと
  異[呉漢音]イ
うつ-る・・・【正音】[巻十八#4047]移比キ支尓勢牟:いひつぎにすれ
  移[呉漢音]イ
しるし・・・【略音】[巻七#1178/9]印南野者:いなみのは 印南野乃:いなみのの
  印[呉漢音]イン
もっ-て・・・[巻二十#4390]以母加去去里波:いもがこころは
  以/㠯[=すき][呉漢音]イ
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歌以外は漢文。
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よろこ-ぶ・・・[巻五#813題詞]筑前國怡土郡
  怡[呉漢音]イ
こころ おもい・・・[巻十七#3967題詞]得意忘言:いをえてことをわする
  意[呉漢音]イ
よ-る・・・[巻十七#3967題詞]翠柳依々:すいりうはいいにして
  依[漢音]イ or [呉音]エ
えみし・・・[巻八#1472左注]共登記夷城:ともにきいのきにのぼり
  夷[呉漢音]イ
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さて、ここで、<wa-wi-wu-we-wo>段の音とされている<ゐ/ヰ>音に移る。

小生はこの文字の音を母音とみなすからである。(ア段ということになる。)

<わ/ワ>の音は、これ以上分割できないから、倭語の音素である。他の言語族と違って、専門教育を受けない限り、<w>という独立した発音はできない。そのため、<wi>を発音すると自然の2音素の音節<うぃ>になってしまう。これでは二重母音になってしまうので、倭語の音韻基本原則に反する。従って、その様な言葉が使われていたとは思えず、母音として扱われていたと考えた方がよいと思う。すでに、13世紀には、<い/イ>と<ゐ/ヰ>の発音差が無かったと推定されているが、曖昧母音をことさら嫌う性情であるから当然のこと。(<ゐ/ヰ>廃止は、発音と文字の一致を目指すなら、避けられない。)

(井の変形)(為) [萬]

どこを見ても、ヰは井が由来とされているが、韋[=𫝀+口+㐄]の㐄[=ヰ]と違うか。どうでもよいことだが。
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📖"ヰ" "ゐ" "韋"の扱い方・・・和賀葦泥斯:わがゐねし
  韋/偉
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先ず、1音訓を見ておこう。
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ゐ・・・天之眞名井
  井  【正訓】
ゐ-る[動かずにいる] or を-る[存在する(=ゐる+ある)]・・・
  居 (≒坐 座)【正訓】
ひきゐ-る・・・率其太子
  率  【正訓】
のしし📖猪の扱いで見えて来る動物観・・・
  猪/豬  【借訓】
[訓扱い]ゐ 漢語数字1[呉音]イチ [漢音]イツ・・・
  壹/壱/一[訓]ひと(つ)
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-ぐさ・・・
  藺(草) [呉漢音]リン[巻十二#3192]荒藺之埼乃:あらゐのさきの
ゐ・・・
  藍 [呉漢音]ラム【正訓】[巻四#503]狭藍左謂沈:さゐさゐしづみ
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音はこんなところ。平仮名用としては、安や以を見ると、為は素直な選択という気がする。
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漢語[呉漢音]ヰ・・・
  (位)@「古事記」序文  【正音】[巻十二#3167]雲位尓所見:くもゐにみゆる
  為 【正音】[巻一#42]潮左為二:しほさゐに
  謂 【正音】[巻四#503]狭藍左謂沈:さゐさゐしづみ
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[呉漢音]ヰなら、<倭>も該当するが、音は<ワ>以外は使わないだろうが、委についてはどうなのだろうか。「萬葉集」では用例は無いようだが。「古事記」では、有名な"八尋和邇而匍匐委蛇"があるので、漢語的読みで濁音を外してヰタとしたくなるところだ。(「山海経」海内北経に延維/委蛇が記載されているから。イイとの振り仮名が多そうに思える語彙である。主には、4字熟語の紆余委蛇[司馬相如:「上林賦]として使われている。)現代人にとっては、この箇所を、倭語として無理に訓を当てるのはいかにも難しそうなので厄介極まる。普通は、<はらばひ、委蛇もこよひき>とするようだ。この他に、漢熟語表記と思われる"委曲つばら(詳ら)"もしばしばつかわれている。朝廷官僚はこの程度の漢語を読めるレベルに達していたことがわかる。
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ゆだ-ねる・・・
  委/萎[呉漢音]ヰ
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