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■■■ 「古事記」解釈 [2023.6.15] ■■■
[719] 雑炊的文化
言語の次は文化。
倭人は、大陸東端にやって来た様々な人々の雑種であることは間違いない。足を踏み入れた当初は、在住人から異人と見られたに違いないが、大陸と違い箱庭的な地であるから棲み分け可能であり、能力発揮の場面もいくらでもあった筈。そのため、多くの場合、渡来人は存在価値を認められて、急速に同化して行ったのだろう。それに、多大な準備が必要な危険な渡海を敢行した勇敢な人々であり、資産を有する貴族や高度熟練者が多かったこともあり、持ち込んでくる物やスキルが大歓迎されたと思われるから、文化的摩擦は小さかったのかも。
と言うか、その文化的違いがかえって併存を容易にした可能性も。先住民には、社会的に必要な行為であっても、忌避せざるを得ないもののも少なくなかった筈で、そんなタブー感が無い渡来人は率先してそこらを補完してくれただろうから。
いずれにしても、渡来者と先住民との歯車が上手くあったのは間違いなさそう。

実際、「新撰姓氏録」記載名で見ても、その約3割が明らかな渡来系らしい。支配層自体が棲み分け思想濃厚なコミュニティだったようだ。
雑種化した人々の社会が早くから形成されていないと、科挙官僚制を敷いてもいないのに、ここまで起用することは難しかろう。

要するに、様々な渡来神とその末裔が入り乱れて座する地なのである。(その体質は現在もかなり受け継がれており、集落内に小規模な社が幾つもあることは決して珍しいことではない。)

「古事記」のハイライトは天地創成〜日本国誕生だが、その核は極東の端の大海域への神の渡来。従って、国津~系を"土着"と解釈したところで、天津神系と比較すれば古い時代に土着化した渡来神と解釈せざるを得まい。それに、天照大御神・速須佐之男命にしても、出自は筑紫であるから、天津神・国津神の定義も曖昧なところがある。特に後者は、出雲への渡来神でもある。罪を犯したということで放逐された一種の放浪者が辿り着いた地とされている訳で、日本列島は、その様な力のある命が目指す地との位置付けのようだ。
火遠理命が娶った豊玉毘売命も南海の宮から渡来。この婚姻こそが実質的には皇統譜の端緒でもある。
中巻最後の天皇段にも、何の脈絡もなく、突如、新羅王子の天之日矛譚が語られる。📖その系譜に繋がるのが息長帶比売の母方である。多遅麻毛理もその系譜に位置づけられているようだし。📖神々の時代が終わると、百済から専門家が招聘され、文化を積極的に取り入れて行った訳で、かなりの渡来者数にのぼった可能性もあろう。(百済語が死滅しているので、実態の掴みようがないが、主には漢語流入とはいえ、独自文化も入らない筈はないから、百済語語彙も組み込まれている筈。)

②雑炊的文化
要するに、渡来者が次々と重層的に積みあがってコミュニティが形成されて来た訳だから、先住/在来者と移住/渡来者を二分する芸当はかなり難しい。ともあれ、その様な社会は、なんとか共存のモザイク状態になるか、坩堝的に無理に融合させるかの道を選ばざるを得まい。ところが、倭国は雑炊的混合という中間的な道を選ぶことにしたようだ。
これは、異文化は必要と見れば、積極的導入にやぶさかではないという実利主義優先社会だったことを意味しよう。ただ、無原則に取り入れればアイデンティティ喪失になりかねないので、必ず在来文化との齟齬を極小化することに努めることになる。つまり、なんらかの形で以前の文化を残存させる計らいを欠かさないことが特徴。おそらく、保守的な反新文化勢力への配慮が行われるのだろう。「古事記」で言えば、出雲に於ける国譲りの代替施策として、継承余地を残す様なもの。儒教であれば、反天子勢力については、完全抹殺に向かってサラミ的に切っていくことが大原則だが、それとは相反するスタンスと言えよう。

・・・こんなことが可能なのは、コミュニケーションバリアが低い雑種言語(話語)であるせいだろう。
さらに、大和朝廷が、中央に各地の統治者の一族を呼び込み、統治の2重構造を図ったことも、それを後押ししたと云えよう。
大和地区に常に先進的雑炊的文化が生まれるような仕組みができあがったということになろう。(天子独裁-官僚統治の粋とも言える唐朝の首府もインターナショナルな文化が生まれたが、体制は全く異なる。)

要するに、"大和地区の常に揺れ動く雑炊的文化"=倭国文化ということになった訳だ。これでは、民族アイデンティティ構築は難しそうに思ってしまうが、そういうことでもなかったようだ。
日本は、民族国家形成の過程で(それ以前は藩主統治国の集合体。欧米列強から主権を認められて、初めて民族国家が生まれたと見るべきだろう。)、台湾・朝鮮半島・アイヌを国家内に組み入れてしまったので、民族の定義ができなくなってしまった。当然ながら、大日本帝国崩壊後はその思想基盤である混合民族概念(天孫 出雲 熊襲 隼人 蝦夷 琉球)を喪失。従って、現在では、日本語を母国語としている人々の民族国家とされているようで、人種・民族概念は情緒的にこの上に被せて場当たり的に用いることになっている。・・・この姿勢は民族という概念自体がなかった時代の、「古事記」が示す倭国の状況とほとんどかわらない。
ちなみに、<民族>という語彙は日本語であり、それを移入した中華帝国が生み出したのが<漢族>という括り。少数<民族>と対比させるための政治用語であり、曖昧な定義しかできない。


文化について語るなら、せっかくだから、4大文明論として書いてみようか。・・・

「古事記」の創世神話の流れから見てとれる倭人の感覚は、<ギリシア・印度・中原>とは相当なひらきがある。

先ず、<印度叙事詩>だが、時間軸的な連続性はほとんど感じられない。登場する神々は個々に魅力的で人々を引き付ける力はあるものの、登場シーンの繋がりという観点で読んでいると、場当たり的な寄せ集め的作品に思えて来る。時間軸的な流れをさっぱり感じさせない点が特徴といえよう。これを強引に解釈すれば、時の流れが一方通行ではなく、循環との輪廻観念に適合するような構成と言えるのかも。

一方、<ギリシア神話>は📖神話を参考にするならギリシア、日本人からすれば、個々のストーリーは大変に面白いものの、登場する神々がいずれも個性的で感情を露わにするからどうしてもゴチャゴチャ感を感じてしまう。登場神が多岐にわたり、全体の流れがよくわからなくなるからである。・・・素人が整理すれば、<カオス(女神ガイア)⇒夫神ウラノス朝⇒親を打倒した巨人族の神クロノス朝⇒密かに養育された末子ゼウスが子供を率いてガイアの助力も得て巨神族と激戦のうえ樹立した王朝>迄はそれでもわかり易いが。ここからが難物。ガイアが地獄に幽閉された巨人族復活ということで、怪物を生んで戦いを始めゼウスを幽閉。ゼウスは人間の女性との間の半神半人の子ヘラクレスをもうけオリンポスの神々と共に対抗し、巨人族抹消。

中原の帝国>は、天子独裁-官僚統制の社会であるから、この様な叙事詩は早い段階でシュレッダーにかけられズダズダにされて、王朝史に組み込まれてしまった。神話の世界は、時の天子にとっては、天帝以外は邪魔物以外の何者でもないということだろう。現王朝にプラスになる譚がかろうじてアネクドートとして残されているに過ぎない。

これ等と比較すると、「古事記」の記載内容は、時間軸に沿って連鎖的に発生した事績が淡々と記載されているという点が一大特徴ということになろう。仏教的トーンは感じさせないものの、仏教のテーゼでもある因果律的に途切れ無きストーリーで貫かれていると言えよう。太安万侶が序文で書いているように、《進展速度・文化の質は色々だが、常に過去から学んで、怠らずに対応してきた歴史》と見なしている訳で。📖序文冒頭要約部の補註
これこそが雑炊的文化がアイデンティティになれる根拠ではあるまいか。(日本的とは、新宿御苑であり、幕の内弁当である。)

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