→INDEX

■■■ 今昔物語集の由来 [2020.5.11] ■■■
[316] 釈尊在世時在家の功徳
巻一の構成を眺めていると[→]、「今昔物語集」編纂者の教団創基記を描き切ろうとの強烈な熱意を感じてしまう。

後の10譚は、一見バラバラと寄せ集めた印象を与えるが、それは編纂者が考えた初期仏教の流れそのもの。

初期譚が多いと目星をつけた経典から、大乗的観点から見事に最適譚を見つけ出し、注意深くトリミングを施した上で配列。そのセンスには敬服せざるを得ない。
特に、着目すべきは、教団創成期における釈尊の存在感を示そうという姿勢を見せていないこと。仏教教宣本ではないことを宣言しているようなもの。大乗仏教がどのようにして社会に受け入れられたかを描こうとの意図を示したと言ってよいだろう。
簡単に言えば、在家を基軸に置いた都市型の宗教として生まれたということになろうか。
  【天竺部】巻一天竺(釈迦降誕〜出家)
  -----《29-38 在家信者善行》-----
  [巻一#29]波斯匿王阿闍世王合戦語
  [巻一#30]帝釈与修羅合戦語 [→蟲への布施行] [→金翅鳥] [→修羅場]
  [巻一#31]須達長者造祇薗精舎語 [→仏伝]
  [巻一#32]舎衛国勝義依施得富貴語
  [巻一#33]貧女仏供養糸語
  [巻一#34]長者家牛乳供養仏語
  [巻一#35]舎衛城人以伎楽供養仏語
  [巻一#36]舎衛城婆羅門一匝遶仏語
  [巻一#37]財徳長者幼子称仏遁難語
  [巻一#38]舎衛国五百群賊語 [→仏伝] [→五百羅漢]

㉙《須達長者》《波斯匿王+阿闍世王》持戒
  ⇒「撰集百經」巻一 菩薩授記品(九)佛説法度二王出家縁
  佛即為王,説非常偈:
     高者亦隨墮,常者亦有盡,生者皆有死,合會有別離。


㉚《帝釈天》持戒@対修羅合戦

㉛《貧者須達夫妻》布施…"祇園精舎"

㉜《貧者勝義夫妻》布施
  ⇒「撰集百經」巻六 諸天來下供養品(五五)須達多乘象勸化縁
  須達得已遣人往看,見貧女人裸形而坐。
  貧女:「我畏來世遂更貧劇,以是之故持用布施。」
  諸比丘:「昨夜光明照曜如來,為是釋梵四天大王?二十八部鬼神大將?」
  佛:「亦非釋梵諸神王等,乃是須達勸化貧女以疊布施,得生天上,來供養我,是其光耳。
     欲知彼時貧窮女人者,今此天子是。


㉝《貧女》供養
  ⇒「撰集百經」巻一 菩薩授記品 (五)貧人須摩持縷施佛縁
   所施雖微少,值大良福田,奉施世尊已,誓願後成佛。
   過度群萠類,其數不可量,大威コ世尊,當證知此事。

これに答えて世尊が説いた偈
   汝今值我故,歸誠發信施,未來當成佛,號名曰十,名聞遍十方,度脱不可量。

㉞《牛母仔》供養
  ⇒ 支謙[譯]:「佛説犢子經」
 聞如是:
 一時佛在舍衛國祇阿那遲阿藍精舍。
 爾時佛遇風患,當須牛乳。時有婆羅門大富,去城不遠。
 時佛遣阿難言:「汝往到婆羅門家從乞牛乳。」
 阿難受教而往,便至婆羅門家。婆羅門問阿難言:「來何所求?」
 阿難言:「如來向者小遇風患,故遣我乞牛乳耳。」
 婆羅門言:「牛在彼間,自𤛓取之。」
 阿難即往到牛群所。有一牛,性常弊惡,無人能近。
 阿難即自思惟:「我法不應自𤛓取牛乳。」
 爾時帝釋知阿難所念,即來,化作婆羅門像,在牛邊立。
 阿難往倩言:「婆羅門!為我𤛓取牛乳。」
 語牛言:「如來遇小風患。汝與乳,令如來服之。
 者,汝得福無量,不可稱計。如來者,是天上、天下之大師也。
      當以慈心憂念一切蠕動之類,欲令度脱一切苦惱。」
 牛言:「此手捫摸我乳,一何快耶!前兩乳取去,置後兩乳用遺我子。我子朝來未有所食。」
 爾時犢子在邊立住,聞有佛名,
 即語母言:「持我乳分盡用與佛。
       佛者,天上、天下之大師也。甚難得
       我自食草,飲水,足得活耳。
       何以故?我先身以來常飲乳食,今當生牛身亦復飲乳。
       世間愚癡者甚多無量。
       我先世時坐隨惡知識教,不信佛經,使我作牛、作馬經十六劫,而今乃得聞有佛名。
       持我所食分,盡用與佛,滿器而去,令我後世智慧聰明,得道如佛。」
 阿難持乳還至佛所。
 佛問阿難:「彼牛母子有何言説?」
 阿難言:「大可怪也。牛先甚大弊惡,不可得近。有一婆羅門為我𤛓]乳,牛即調善。母子共説。」
 佛言:「此牛子母先世時不信佛經故,墮牛、馬中經十六劫。今乃得悟,聞有佛名,便有慈心,以乳施佛。彼牛母子後世,當為彌勒佛沙門弟子,得大羅漢。犢子死後,當為我懸潤A幡、蓋,散華,燒香,受持經戒。過二十劫後當作佛,名乳光如來,度脱一切。」
 佛言:「牛以好善心意與佛乳故,度諸苦難,後得無量福報。
     以是因縁,佛不可不信,經不可不讀,道不可不學。普告天上、天下,皆悉令知。」


㉟《楽人》供養
  ⇒「撰集百經」巻三 授記辟支佛品 (二九)作樂供養成辟支佛縁
  佛:「此諸人等,以其作樂散花供養善根功コ,
  於未來世,一百劫中,不墮地獄、畜生、餓鬼,天上人中常受快樂,
  最後身得成辟支佛,皆同一號,名曰妙聲,廣度衆生,不可限量,是故笑耳。」


㊱《婆羅門》供養
  ⇒「四分律名義標釋」巻二
 有一婆羅門。從外而來。見佛出城。光相巍巍。時婆羅門。歡喜踊躍。遶佛一。作禮而去。佛便微笑。告阿難言。此婆羅門。見佛歡喜。以清淨心。遶佛一。以此功コ。從是以後。二十五劫。不墮惡道。天上人中。快樂無極。竟二十五劫。得辟支佛。名持那祇梨。以是因縁。若人旋佛。及旋佛塔。所生之處。得福無量也。

㊲《幼子》念仏
  「南無仏」と申す事は輙き語なれども、
   正く仏の護り給ふ事也けり。
   然ば、人、専に仏の御名を称すべし

 財徳長者は幼児に、常に「南無仏」口唱を教えていた。
 幼児は親の教えに従って、どんな時でも、常に唱えていた。
 ある日、幼児が寝込んだ時、鬼神が空より下りて来て
 幼児を捕らえて喰おうとしたので、「南無仏」と唱えた。
 その声が、たちまち、祇園精舎に居た釈尊の耳に入ったので
 釈尊は長者の家に出向かれ、加護し、
 法の外護者を呼び、鬼神降伏を命じた。
 十方無尽の執金剛神が呪文を唱え、神通力発揮。
 鬼神は、これからは仏法の外護者となり、
 このお方をお護りしますと誓った。


㊳《群賊》念仏(⇒五百羅漢)

 (C) 2020 RandDManagement.com    →HOME