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■■■ 「古事記」解釈 [2021.7.11] ■■■
[191] 倭の海人の医療は独自か
太安万侶は稗田阿礼をベタ褒めしている印象を与える。確かにその通りではあるものの、それは事実である。現代で言えば天才と呼ばれてしかるべき。
その太安万侶も、学者として見れば、飛び抜けた存在と見てよいだろう。「古事記」はそのようなご両人が作成したのであり、それを凡人が読み解くということ自体トンデモ挑戦。
それを肝に命じて読む必要があろう。
今回は、そこらがわかるような題材を取り上げよう。
"大御所の解説は流石鋭い。"としたい人だらけのよく知られた箇所なので、知的レベルが違い過ぎなのがよくわかる。
と言っても、わざわざコンフリクトを発生させ議論するような話でもないから、大御所見解で結構との姿勢で臨むことをお勧めしておきたい。
どう解釈しようと、島嶼海人の国の叙事詩であることを示すことに変わりはないのだから。📖インターナショナル視点での原始の海

ココである。・・・

  大穴牟遅神が八上比賣と結婚。
  目論見が外れた兄弟達(八十神)が迫害。
  結局、転落してきた大石で焼死させられる。
  @伯岐国手間の山本
  御祖命が助けを請い、
  それに応じた神産巣日之命の命令により、
  𧏛貝比賣と蛤貝比賣が派遣され、
  麗壯夫として再生させることができた。

重要なのは、貝姫君と"造化三神"たる神産巣日之命が繋がっていること。最初に顕れた神は海の生命を取り仕切る役割があることを示しており、これぞ海人の創世譚という風情を醸し出していることになる。

但し、その救命の方法の描き方が、えらく特殊。・・・

  𧏛貝比賣が蚶[キサ貝/岐佐宜]を集め、
  蛤貝比賣が持ちうけて母乳汁を塗った。

鰐出産シーン同様に、えらく気になる内容なので、大分以前に取り上げたことがある。📖渚に建てられた産小屋

繰り返すが、どうでもよい末梢的な問題なので、そのおつもりで。

小生は古代型(shift-JIS/ANSIメモ帳)ホームページ筆記者なので、𧏛という漢字が出てきた瞬間に悩むことになる。日中フォントとして存在するにもかかわらず、それ以外の情報が欠落しているからだ。検索してみると、現代のホームページ上では矢鱈に使われているようだが、当の漢字自体については皆知らぬ顔の半兵衛。(但し、ひと昔前と違って、網羅的検索ロジックは使われておらす、重要そうな情報が外されていることが多い。恣意的な情報操作が進んでいることを意味しており、この見方の妥当性はなんとも言い難し。)

漢籍の出典無きような文字を敢えて使うのだから、小生は、もちろん、ビックリ仰天。・・・対象とする読者の誰一人知らない文字を使って何を表現したかったのだろうか。
こんなことを、突然の思い付きでするとは思えず、おそらく稗田阿礼にこの文字はどうかと見せたに違いない。そして、結局、二人で大笑いして、決定となったのだろう。その心はわからぬが。

一般的には、𧏛貝≒蚶[=赤貝]📖あか貝の話とされることが多い。"討⇒甘"と見なす説があるからだろうが、こんな珍しい文字に誤写などおよそ考えられまい。(テキストによっては討でなく刮や䚯もあるそうだ。)大御所の体面上、不詳とはしたくないのだろう。

さらにもう一つ。

キサ貝≒岐佐宜は音的に無理があるのでは。
蚶=キサ貝であるということで、そうしたいのはよくわかるが。
一応、出典はあるものの、この言葉が使われていたと言えるかは、疑問である。音に忠実にこの言葉の意味を確定させるなら、"木目"が似つかわしいのでは。
状況からすれば、赤貝の特徴は、貝殻の筋模様なのでそのような呼び名になるだろうとの推定がなされているにすぎまい。
そんなことを断言的に言うのは、貝に興味を持っている人なら、キサの貝と言えば、間違いなく、"おはじき"で知られるキサゴ喜佐古/細螺/扁螺と答えるに違いないからだ。📖しただみの話

どうあれ、ポピュラーな2種の食用貝の姫神が火傷治療を行い治癒させたと受け取られそうな書き方になっているので、そこらも検討しておこう。
はっきりしているのは、古事記成立時での漢籍に蛤のこの手の効能は認められていない点。
【海蛤】味苦平。主治咳逆上氣,喘息煩滿,胸痛寒熱。一名魁蛤。生池澤。文蛤,主治惡瘡,蝕五痔。[陶弘景:「神農本草経」]
母乳汁という用語もよくわからぬところがある。ただ、乳については、作用ありと見られていたから(人乳汁・馬乳・牛乳・羊乳@[[勅撰]:「新修本草」659年 獸會部巻第十五])、母乳に死者蘇生の呪術的効果ありと考えていてもなんらおかしいことはない。「今昔物語集」的には乳汁服用の効能ありだし。
倭では、森を野に変える必要がでてくる畜産を避けていたようだし、畜乳利用は限定的だったから、ここでの母乳とは蛤の潮汁を指すのかも知れないが、塗布するのだから、すりつぶした身と解釈した方がよいか。
現代と違い汚染度が低い海だから、生食可能であり、冷湿布薬付保護シートで治療したと言えないこともない。
📖はまぐりの話

ただ、蛤乳汁に赤貝は余計な感じがする。火脹れ箇所に赤貝の叩き身を張り付ける程度は、海人ならやっていそうだが。
討貝を肉食のバイと見て、猟場の海藻製塗布用呪器を"岐佐宜"とすれば、両者の収まりがよいが、想像が過ぎるか。

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