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■■■ 「古事記」解釈 [2021.8.3] ■■■
[214]実が乏しき三角錐"団栗"
"団栗で忘れてはならないのが、日本列島の代表的樹木のブナ。"と書いて、別稿で取り上げるとしていたので・・・。📖ドングリ時代を想定していたか
・・・ところが、直接的にはこの名前を登場させていない。豪雪地帯だらけの日本海沿岸域では、邑のすぐそばの林だった筈だし。他の種を混在させることもあるが、密集させずに自律的に単相林を形成する傾向が強いから目立っていたに違いないのだが。
もっとも、この樹木は硬木質で加工が面倒な一方で腐り易く、船材や住居構造材には不向き。現代では欧州的オーク家具類似ということで手広く使われているものの、それ以前は団栗以外に見向きもされなかったろう。
ただ、漁民にとっては、この森あっての豊かな海であることはわかっていたと思われるが。


ところで、一般的にはブナの実をドングリとは呼ぶことはない。イメージギャップが甚だしいからだ。
形が団栗コロコロではないのが大きい。その形は三稜体であり、俗な用語なら三角錐状。
それに、普通は殻斗がかなり異なる。団栗の袴はなく、その部分が実全体を被覆する形状。

しかしながら、身には灰汁がほとんどなく、生で美味しく食べることができる。
食べた経験を持つ人は滅多にいまい。口にしたことがあっても、味わう段階に至らないのが実情。それが物語るように、この実が魅力的と言えるかと言えば、小生の評価からすれば、合格点スレスレと言ったところ。
その理由は単純で、剥き実が余りに少量すぎるから。ヒトにとっては、採取の労力に見合うものではない。とてつもなく大量に実が拾えた場合、時間が余っていれば手を伸ばすだろうが、そうでなければ避けたくなるのではなかろうか。もちろん、貴族の視点では評価は異なることになろうが。(細かく書くと、成った実の外見は1cmの柄に2cmの殻斗が標準。この外殻は四分裂し中から2個の三角錐状堅果が出てくる。その皮はしっかりしており厚そうで、小さな実だから、これを見た瞬間、剝いて食べる気力を失う。)

この評価に自信を持っているのは、低木さえも生えていない見事なブナの単層林が形成されるからだ。針葉樹でもないのに。
不作樹と見なした理由はここにある。せっかく形成した林であり、棲む動物が無闇に増えてはこまる。実が完璧に食い尽くされてしまいかねないからだ。限定した数にしておいて、何年か毎、突如大豊作にすれば、確実に子孫を残せることになる。長寿命な木だからできること。
もっとも、ヒトはそのような木をなんとか利用すべく工夫するのだから、生き残りの術も通用しなくなってしまったのだが。

さて、「古事記」での登場だが、ブナという名称ではない。漢字の"橅"の利用も新しいそうで、おそらく新字の類。中国では山毛欅とされるが、欅系であり植物学的な見地の用語だ。コレ、上記で述べたように倭では共有しかねる感覚と言えよう。

この木の実が登場するのは初代天皇勝利の宴での久米歌①。シリアスさは欠片も無く、冗談半分のお笑い歌と言ってもよいだろう。📖久米部歌謡こそ和歌原型

ここに登場する、"柧棱の木"こそ、まさしくブナ。

木材には魅力がないが、堅果は確かに美味しいので、三稜体である実の名称が樹木名になっているのである。・・・
爾卽控出斬散 故 其地謂"宇陀之血原"也然而
其弟宇迦斯之獻大饗者悉賜其御軍 此時歌曰:

 宇陀の高城に 鷸羂張る
 吾が待つや 鷸は障らず
 いすくはし 鯨障る
 先妻が 肴乞はさば 立ち柧棱[そば]の実の無けくを こきし聶ゑね
 後妻が肴乞はさば 柃実の多けくを こきだ聶ゑね
 "疊々" しや越や 此は威のごふぞ
 "疊々" しや越や 此は嘲咲らば。


ソバと読むことになるが、蕎麦[=杣麦"そま"むぎ]と語源は同じだろう。蕎麦の実が四面体であり、山深い地での栽培に適するということで、利用価値の低いブナ林跡地栽培用穀物として蕎麦が選ばれたと見てよさそう。そんな時代になると、ブナは椀材になったりもしたようだし、戦時に近づくと乾燥させ防腐剤処理をして枕木利用をしたりと、さらに伐採が進んで行くことになる。

・・・そんな流れを思わず想起させられるのが、「古事記」久米部歌謡の凄さである。

以下付け足し。

ついでながら、柧棱を錦木/金釘木との解説も少なくないので書いておくと、錦の時代ではあるまいの一語に尽きる。
尚、そばの木と呼ばれる用例があるからといって、垣根に多用された、球状果実を付ける低木の要黐/かなめもち(る)に比定している解説も見掛けるが、小生はありえぬと見る。昔のことで忘れ去られている、CMを捩った"驛の蕎麦屋"の親爺ギャクのような、"傍ら/側"という意味だろう。ただ、要樫という用語もあるので、実の色は全く異なるが、コロコロの団栗が付く樹木という気分はあったようだ。遊びに使ったのかも。📖三つ栗の意味を「古事記」解釈207推定してみた

【ドングリ系樹木@倭📖
○クリ系
 栗📖黒き実が落ちる木 📖子供を象徴する実がなる木
○シイ系
 円椎/小椎・須田椎/長椎📖実が落ちて感慨無量にさせられる木
○ブナ系
 /山毛欅[白]犬橅[黒]
○マテバシイ系
 馬刀葉椎尻深樫
○コナラ系
 小楢水楢楢柏蒙古柏
 柏📖葉が食事用品として使われた木
 椚木クヌギdアベマキ
 姥目樫…備長炭材
 赤樫・一位樫・粗樫・葉長樫/薩摩樫
      沖縄裏白樫・白樫・裏白樫衝羽根樫

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