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■■■ 「古事記」解釈 [2023.4.12] ■■■
[658]神の絹織物小考
「古事記」序文からすれば、倭の信仰は道教に近いことになりそうだが、本文からはとてもそうとは思えない。
しかし、「本当に、そう言い切ってよいのか?」と言われると、答えるのに躊躇してしまう。カムフラージュした書き方になっているものの、大陸土着信仰の集合体たる道教と密に関係していなければありそうもない話が散見するのも確かだから。
要するに、全体を俯瞰すれば、道教ベースの社会像を描いているとはとても思えないというだけ。それをママ受け取ってよいかは判断しにくいところがある。

そんな一端を取り上げてみたい。
それが絹織物。

絹というか蚕の話が最初に登場してくるのは、一般には、五穀起源譚と呼ばれている箇所。食糧でもないのに、イの一番は穀類ではなく蠶だ。
  速須佐之男命立伺其態爲穢汚 而 奉進 乃 殺其大宜津比賣~
  故 所殺~於身生物者 於頭生蠶

しかも、五穀と異なり身体の穴からではない。つまり、髪の毛のように伸びていくことを表現しており、なかなか上手い表現。そんな感を覚えるのは、「今昔物語集」[巻二十六#11] 参河国始犬頭糸語を読んだせいもあるが。📖

現代人の感覚すると、どうして同等にあつかうのか理解しにくいところがあるが、これが東アジアの常識だったことになる。決して、蚕を後から書き加えた訳ではない。・・・と考えるなら、蚕が西王母を意味し、五穀は東王父ということになる、と云うのは少々飛躍が過ぎるか。ちなみに、天帝という観念が確定すると西王母はその娘とされたりもする。どうあれ、この様な話は、余り深く考えない方がよい。

と言いながら、この西王母だが、「山海経」に記載されている。・・・
[<西山山系3>▲玉山]人的西王母・・・犳尾虎齒善嘯蓬髪戴勝📖西山経
[<開明南>▲龜山]西王母・・・梯几 戴勝📖海内西経
[<西海之南 流沙之濱 赤水之後 黒水之前>▲大山:崑崙之丘-▲炎火之山@外側・・・投物輒然][人]西王母・・・戴勝虎齒豹尾 穴住居📖大荒西経
いかにもおどろおどろしい姿だが、必ず記載している語彙が注目点。・・・戴勝やつがしら[八頭(兜鴫)]📖鳥崇拝時代のノスタルジー"とは鳥の名前だが、ここでは頭部の簪的髪飾りを意味している。
実は、その形象の意味は、機織りの候の告知鳥。
是月也 命野虞無伐桑柘 鳴鳩拂其羽 戴勝降于桑 具曲 植 籧 筐后妃齊戒 親東鄉躬桑 禁婦女毋觀 省婦使以勸蠶事 蠶事既登 分繭稱絲效功 以共郊廟之服 無有敢惰 [「禮記」六 月令#3http://kj.himiko-y.com/季春之月]
要するに、この鳥が機織りの織<勝>を想わせると云うこと。(縦糸を巻き付ける軸に付ける)"機榺"、後世の機杼、を持って飛んで来たと見る訳だ。当然ながら、鳥を御遣いにしている西王母@崑崙山のもとから。

ここでのポイントは、西王母は明らかに蚕の神である点。そう書けば、成程感も湧いてこよう。北方の中原ではなく、太陽が掛かる宇宙樹(扶桑)の世界観を持ち、蚕神が力を持っていた、四川盆地の蜀の人々の信仰。(ちなみに唐代の書「酉陽雑俎」とは、この地で焚書にあった書が穴に隠匿されているとの伝承に基づくタイトル。)

絹を織って衣に仕上げるのは聖なる行為で、もともとは神婚であったことを物語る。婚姻のために、女性は夫となる人の衣を織るという風習が存在していたことを想像させる訳だが、女系である時代、織った衣を頂戴することで婚姻が成立していたのは間違いなさそうである。

そうだとすれば、"天照大御神坐忌服屋 而 令織神御衣"ということだから、神婚の準備をしていたことになろう。そこで、速須佐之男命は逆上。逆剥天斑馬剥を投げ入れる狼藉を働き、天衣織女は"梭衝陰上 而 死"となる。

この他に、<織>の話は2箇所あり、秋山之下氷壯夫・春山之霞壯夫兄弟の結婚競争(絹布では無い。)と、女鳥王と天皇の掛け合い歌。 …[_67]女鳥の吾が大王の📖 [_68]高往くや隼別の📖
皇女である女鳥王が織機で織服を行っており、求婚に来た天皇に、それは兄の衣であると。兄妹聖婚を意味していることになろう。

【参考】延喜式@927年 東文忌寸部献横刀時呪の祝詞:"謹請 皇天上帝 三極大君 日月星辰 八方諸神 司命司籍 左東王父 右西王母 五方五帝 四時四気・・・呪曰 東至扶桑 西至虞淵 南至炎光 北至弱水 千城百国 精治万歳 万歳万歳" [倉野憲司・武田 祐吉:「古事記祝詞」日本古典文学大系 岩波書店 1958年]…随分と後世の書であり、「古事記」の影響はほとんど無く、国史と整合性を図っている筈。古代であれば、魏渡来の「三角縁神獣鏡」が道教信仰を物語る。東王父・西王母が記されている鏡は珍しくないからだ。

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