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■■■ 「古事記」解釈 [2023.5.26] ■■■
[701] 「古事記」仮名 固執字
[n]行頭の<な>の表記文字は<那>。

(奈の初画)(〃) [萬]…那 @呉音

この行の他の音は既に取り上げた。<迩>📖(選別字)<泥>📖(非万葉字)<奴>&<野能>📖(訓ノ野)

現代では、【音】<ナ>読みの代表的漢字は"名"だろうが、意味がはっきりしすぎており、仮名文字には不適だろう。そうなると、それに次ぐ知られた文字は奈か。那・哪・鉨もあるが。どれも意味的にはっきりせず、奈になりがちなのは、公的に"奈良"で用いられているからだろう。「古事記」の"那良"でも一向に構わなかった筈だが。もちろん、他にも好字が通用する訳だが。
    那羅/奈羅/儺羅/乃羅
    那楽/寧楽(寧)/乃楽/諾楽
    那良/奈良/名良
    平城(平)
    常
    楢
  📖奈良の語源が読みとれる
遷都の詔は和銅元年で、「古事記」成立は和銅五年だが、地名が出て来る話は古く、⑮天皇の御子が皇位継承の戦いに敗れて葬られた那良山墓と、"山代川を宮上り・・・那良袁須疑ナラを過ぎ"は⑯大后の歌。

「古事記」は仮名としてはあくまでもに拘り、奈は敬遠。📖奈ではなく那
「萬葉集」は両立。・・・
  [巻十五#3781]毛等奈那難吉曽:もとなななきそ
奈  [呉音]ナ ナイ [漢音]ダ ダイ [訓]からなし いかん/いかんせん/いかんぞ [吳語]不詳 [客家語]nai
那  [呉音]ナ [漢音]ダ [訓]なに なんぞ いかん やす とも [吳語]na[客家語]na
音的には確かに"那"の方が純粋である。以下は後世の当て字のようだ。
 乃 [呉音]ナイ [漢音]ダイ [訓]お すなわ-ち なんじ の のり おさむ [吳語]ne [客家語]nai
 寧 [呉音]ニャゥ [漢音]ネイ [訓]むし-ろ やす やすし よし あき [吳語]nyin [客家語]nèn
尚、官位の納言ナゴンは天武天皇代に登場したようだから、音読み文字とは見なさないだろう。

ポピュラーな文字は<ナイ>の"内"だが、イ音が落ちることはほとんどなさそう。その<ナイ>はともかく、<ナン>なら語尾音を落とすことになろうから、そこらの文字を使ってもよさそうに思うが、太安万侶は嫌ったようだ。万葉歌人は勝手気ままなので登場してくるが。・・・
 難 [呉音]ナン ナ [漢音]ダン ダ [訓]かた-い むつか-しい [吳語]ne [客家語]nàn
 南 [呉音]ナン ナ [漢音]ダン [訓]みなみ [吳語]noe [客家語]nàm
 男 [呉音]ナン [漢音]ダン [訓]をとこ み [吳語]noe [客家語]nàm

一方、【訓】の<な>読み文字は色々ある。どこまで、意味に無関係に表記用として使うかのセンスは相当に違うが。・・・
名  [呉音]ミョウ [漢音]メイ [訓]な [吳語]min[客家語]miàng
勿  [呉音]モチ [漢音]ブツ [訓]なか-れ なし [吳語]veq[客家語]vut
無  [呉音]ム [漢音]ブ [訓]な-い [吳語]hhmm;[客家語]vù
莫  [呉音]マク モ [漢音]バク ボ [訓]な-い なか-れ くれ [吳語]hhmm;[客家語]vù
汝  [呉音]ニョ [漢音]ジョ [訓]な-んぢ なれ (い-まし) [吳語]lu[客家語]nî
魚  [呉音]ゴ [漢音]ギョ [訓]さかな うお お な [吳語]hhngg;[客家語]ǹg
菜  採其地之菘菜時
   [呉音]サイ [訓]な よう [吳語]tshe[客家語]chhoi

多少、気にかかるのが、語間母音落ち。
穴  大穴牟遅神:おほ(あ)な
     ⇔ [巻七#1247]大穴道 (一般的には【借訓】穴:あな)
     ⇔ [「出雲國風土記」]大穴持

   [呉音]グヱチ [漢音]グヱチ [訓]あな しし けな [吳語]hhyq[客家語]hie̍t
不  ⇒(ザ) ジ ズ な (に) ぬ ね (ふ&ブ)

「萬葉集」だと、数字のななを仮名にしたりするが、123に限らず📖、太安万侶はその様なことはしない。
  志賀尓安良七國:志賀にあらなくに[巻三#263]

要するに、「萬葉集」の用法は滅茶苦茶。
"な"の付く単語などいくらでもあるのにもかかわらず、わざわざ<去>を持ち出してくる。訓は<さ-る><い-ぬ>だけと思うが、略訓として<い-なむ⇒な>とするのだから恐れ入る。拍の都合だろうが、号/よびな 中・半/なか 瀾・波・浪/なみ/なぎさ、程度ならそれもあるか、となるが流石にここまでくると。
  去  雲隠去牟:雲隠りなむ[巻三#416] 還去牟跡哉:帰りなむとや[巻八#1559]
     栖立去者:巣立ちなば[巻二#182]
     明日香越将去:明日か越え去(い)なむ[巻十二#3151]

--- 追記 ---
( 𠂉:尓の初画 or ∨:撥音符号[アヌスヴァーラ]変形)(无)
     …「古事記」非使用
<ン>は、現代日本語話者が実際に発声できる最小単位の音である。従って、"音素"文字である。実際の発音を表記する場合は標音記号では、n ŋ m ɲ の4種となるらしい。(鼻音類だが、サンスクリット語より、タミル語のm ɳnȵ ŋに似ているようだ。ここらは別途とりあげたい。)これは発声を分析的に分解した"単位音"であり、発声者が識別している音ではないから"音素"とは言い難い。しかし、<n>を4種の代表とみなし、<ン>の代わりに使うなら音素文字でもある。nでなくてもよいが、その音が一番多いのだから他の標音文字表記はあり得ない。

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