表紙
目次

📖
■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.10.28 ■■■

蟲本草

虫の観察力に優れている成式の著述であるから、李時珍:「本草綱目」@1596も蟲部には数多くの引用が見られる。

順番に眺めていこう。

<蟲之一 卵生類上二十三種>

《酉陽雜俎》云:嶺南毒、人甚毒。物類之變化不一有如此。
【獨/異蜂? or 毒蜂?
蜂の一種なのだろうが、該当箇所がよくわからない。
異蜂,有蜂如[=蜜蜂]稍大,飛勁疾,
好圓裁樹葉,卷入木竅及壁罅中作
成式常發壁尋之,毎葉卷中實以不潔,或雲將化為蜜也。

  「卷十八 廣動植之三 木篇」
   「蟲(蜂[続])」
あるいは、以下かも知れぬ。蜂として解釈することも可能だが、"菌"という文字に着目するなら蟲草とみなすべきだろう。所謂、冬虫夏草の類である。
毒蜂,嶺南有毒菌,---
   「蟲草」

《酉陽雜俎》云:紫、樹出真臘國,彼人呼為勒。亦出波斯國。木、高丈許,枝葉鬱茂,葉似橘柚,經冬不凋。三月開花,白色,不結子。
【紫
樹,出真臘國,真臘國呼為勒。亦出波斯國。樹長一丈,枝條郁茂,葉似橘,經冬而雕。三月開花,白色,不結子。天大霧露及雨沾濡,其樹枝條即出紫非。波斯國使烏海及沙利深所説並同。真臘國使折沖都尉沙門施沙尼拔陀言,蟻運土於樹端作,蟻壤得雨露凝結而成紫非。昆侖國者善,波斯國者次之。
  「卷十八 廣動植之三 木篇」
カンボジア産と聞くと、ピンとくるものあり。樹脂を分泌する樹木のようにきこえるが、なんだかわからぬ虫が絡む話になっているからだ。
ラック介殻虫の「紫膠」を指す。
   「西洋とペルシアの植物」【Kusum tree】

《酉陽雜俎》謂之野狐鼻涕,象形也。
【螳螂/桑
野狐鼻涕,蛸也,俗呼為野狐鼻涕。
  [卷十七 廣動植之二 蟲篇]
蟷螂[カマキリ]を孵化させたことがありそう。とっても小さなカマキリが、後から後からと生まれ出てくるのだから、見ていて感動モノだったろう。
そんなことを書く訳にはいかんが。
ただ、その卵を"野狐鼻涕"と呼んでいることが、えらく愉快に感じたのでは。

<蟲之二 卵生類下二十二種>

《酉陽雜俎》謂百合花化蝶。
蝶】
蝶,白蝶,尺蠖所化也。秀才顧非熊少年時,嘗見郁棲中壞榊纒掾C旋化為蝶。工部員外郎張周封言,百合花合之,泥其隙,經宿化為大胡蝶。
  [卷十七 廣動植之二 蟲篇]
成式の友人氏の言は、極めてまともな見立て。
蝶とは立羽蝶。一般に大型。当然ながら、蛹も大きい。
今は滅多に見られないが、日本の国蝶とされている"大紫"の仲間である。この種の分化は極めて激しいから、色や模様は千差万別である。百合花のような蛹があってもおかしくない。
尺取蛾の幼虫である尺取虫[尺蠖]とよく似た動きをみせる種があっておかしくない。

《酉陽雜俎》云:深山蜘蛛有大如車輪者,能食人物。若此數説,皆不可不知。
【蜘蛛】
蜘蛛,道士許象之言,以盆覆寒食飯於暗室地上,入夏悉化為蜘蛛。
,成式書齋多此蟲,蓋好於書卷也。
或在筆管中,祝聲可聽。有時開卷視之,悉是小蜘蛛,大如蠅虎,旋以泥隔之,時方知不獨負桑蟲也。
蜘蛛,大如蠅虎,旋以泥隔之,時方知不獨負桑蟲也。

  [卷十七 廣動植之二 蟲篇]
両者は全くかみ合っていない。さすれば、山蜘蛛の話を引いていることになる。道教徒にとっては、嬉しいお話に仕上がっているし。
   「蜘蛛の糸」

《酉陽雜俎》云:齋前雨後多顛當,深如蚓穴翻蓋捕之。才入複閉,與地一色,無隙可尋,而蜂複食之。秦中兒謠云:顛當顛當牢守門,寇汝無處奔。
【顛當】
顛當,成式書齋前,毎雨後多顛當,(俗人所呼)深如蚓穴,網絲其中,土蓋與地平,大如莢。常仰捍其蓋,伺蠅蠖過也翻蓋捕之,才入復閉,與地一色,並無絲隙可尋也。其形似蜘蛛(如墻角亂糸咼中者),《爾雅》謂之王虫ク蜴,《鬼谷子》謂之虫ク母。秦中兒童對曰:“顛當顛當牢守門,偵ネ忠・寇汝無處奔。”
  [卷十七 廣動植之二 蟲篇]
薄翅蜉蝣[ウスバカゲロウ]の幼虫である蟻地獄を指すのと違うか。
肉食であり、その生態は土中に棲む蜘蛛と似ていると断言。観察眼に優れていないと、こんなことはとても言えない。
俗に、すり鉢で落ち込み這い上がれなくて喰われると言われるが、それは表面的な見方。底に待ち構えていて、落ちてきたらすかさず咬みつき、自分の皮膚に付着している細菌毒を注入して動きを鈍らせるのである。そして、蜘蛛のように、体液を吸い取り死骸は穴の外に廃棄するのだ。

《酉陽雜俎》云:江南舊無蠍有之,故俗稱為主簿蟲。
【蠍】
蠍,鼠負蟲巨者多化為蠍。蠍子多負於背,成式嘗見一蠍負十余子,子色猶白,才如稻粒。成式嘗見張希復言,陳州古倉有蠍,形如錢,螫人必死。’江南舊無蠍,開元初,嘗有一主簿,竹筒盛過江,至今江南往往亦有,俗呼為主簿蟲。蠍常為蝸所食,以跡規之,蠍不復去。舊説過滿百,為蠍所螫。蠍前謂之螫,後謂之
  [卷十七 廣動植之二 蟲篇]
親サソリの上に、稲粒のような沢山の子サソリが乗って脱皮するのを知っているということは、成式、家で飼ってみたのでは。あるいは、大量に繁殖させている業者の状況を視察したのかも。
グルメに馴れている身にとっては、たいして美味しくもないものをわざわざ食べて何が嬉しいのか、という気分になったであろう。
そこで、刺されて死亡という話をわざわざ書いてみたのだと思う。ほれほれ、その強さにあこがれるなら、もっと食べたらよかろうということで。
もっとも、沙漠地帯ではないから、そのような猛毒タイプは少なかった筈である。

《酉陽雜俎》云:人將死,虱離身。或云取病患虱於床前,可卜病。
【人虱】
相傳人將死,虱離身。或雲取病者虱於床前,可以蔔病。將差,虱行向病者,背則死。
  [續集卷二 支諾皋中]
   「虱話の意味」

<蟲之三 化生類三十一種>

《酉陽雜俎》云:竈馬状如促織,稍大長,好穴。
【竈馬】
竈馬,状如促織,稍大,長,好穴於竈側。俗言竈有馬,足食之兆。
  [卷十七 廣動植之二 蟲篇]
これは、誰もが知る「便所コオロギ」こと、竈馬[カマドウマ]
驚異的な跳躍力を発揮するから、成式もじっくりその様子を観察したのではなかろうか。
ただ、跳ねるといっても、バッタとは違って、方向が自由自在。捕らえるのは極めて難しい。暇つぶしに遊んだりしていた可能性もあろう。
尚、カマドウマは食べ物の屑があると、寝静まった頃に、すかさず集まってくる。裕福な家にカマドウマという図は当たっているかも。

<蟲之四 濕生類二十三種,附録七種>

《酉陽雜俎》云:綏定縣蜈蚣,大者能以氣者長丈餘南方蜈蚣大者長岐亭有拘羅山。
【蜈蚣/呉公
呉公,綏安縣多呉公,大者兔尋,能以氣吸兔(一雲“大者能以氣吸兔”)。小者吸蜥蜴,相去三四尺,骨肉自消。
  [卷十七 廣動植之二 蟲篇]
   「呉の国の百足」

《酉陽雜俎》云:度古俗呼土蠱,身形似衣帶,色類蚯蚓,長一尺余,首如,背上有黄K,稍觸即斷。常趁蚓掩之,則蚓化為水。有毒,食之輒死。據此,則陳藏器所謂土蟲者,蓋土蠱也。
陶氏誤以蚰蜒為馬陸,陳氏亦誤以土蠱為土蟲矣。
【馬陸】
度古,似書帶,色類蚓,長二尺余,首如,背上有K黄,稍觸則斷。嘗趁蚓,蚓不復動,乃上蚓掩之,良久蚓化。惟腹泥如涎,有毒,吃輒死。俗呼土蟲。
  [卷十七 廣動植之二 蟲篇]
馬陸[八十手/ヤスデ]とされている。千足虫と呼んでもよさそうに思うが。
成式先生、この生物の特徴をよくつかんでいると言えよう。長くて、咀嚼する頭あり。つまり、残りは胴であり、頭部+胸部+腹部という構造になっていないのだ。
肉食ではないが、腐食土に棲むから、土蟲というのは当たっている。従って、蚯蚓[ミミズ]と競合しているのは間違いなさそう。
両者がどのように棲み分けたり、はたまた戦っているのかは知らぬが、ヤスデは百足[ムカデ]のように咬みつかないかわりに臭い。その分泌液でミミズ忌避効果を発揮しているのかも。もちろん成式の指摘するように、有毒成分ありだ。

《酉陽雜俎》謂之抱槍。云:形如,稍大,腹下有刺似槍,螫人有毒也。
【溪鬼蟲】
水蟲,象浦其川渚有水蟲,水食船,數十日船壞。蟲甚微細。抱搶,水蟲也。形如,稍大,腹下有刺似搶,如棘針螯人,有毒。
  [卷十七 廣動植之二 蟲篇]
「水蟲」という名称から、水棲昆虫と短絡しがちだが、明らかにこれは木喰い虫である。遊泳するとはどこにも書いていない。と言っても、キクイムシは普通は林の棲息種であり、住宅地を襲うこともあるが、水辺に存在するとの感覚を持つ人は稀。
しかし、実際のところ、海中桟橋さえ喰われることがあるのだ。だが、それに気付く人は少ない。調べもしないで、二枚貝の「舟喰虫」が原因と断定しがちだからだ。地元の長老などに話を聞くと、甲虫である「木喰い虫」のことが少なくないことがわかる筈である。さらには、停泊中の和船(木造船)が被害にあうことも。わざわざ飛んでくるのである。
これらが一般的に知られているとはとても思えないから、昆虫標本取り寄せと、生態の聞き取りが趣味だったのは間違いなさそう。質問が的確でないと、こんなことはとても書けまい。
ただ、キクイムシが刺すことは無いと思う。羽蟻と姿が似ているので、情報ソースが両者を混同していたのかも。
「本草綱目」の著者は、ただただ情報量の多さを追求していそうで、その姿勢の違いが際立つ。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

 「酉陽雑俎」の面白さの目次へ>>>    トップ頁へ>>>
 (C) 2016 RandDManagement.com