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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.6.13] ■■■
[349] 悪報[4:僧悪行]
🙏悪報グループの後の方には僧の話が並ぶ。

このなかで目立つ譚と言えば、悪行罰というか、まさしく悪業を生業としている私度僧の話。(#38)現代でもよくある、宗教を語る犯罪人の活躍が描かれている。
「酉陽雑俎」でも、盗賊・殺人の僧集団が登場しており、そんな勢力が、社会の一角を形成するのは自然の流れと言えよう。

ただ、多くは、それなりに功徳や善行に努めている僧の話。本人は、それなりに善行に邁進していると考え満足しているようだが、実のところは、重要なところで欠陥があり、その悪さが響くというストーリー。
〆は、慢の心の問題性を扱っている。悪報とは多少性格が違うと思うが、同じカテゴリーとされている。

と云うことで、ざっと見ておこう。
  【本朝仏法部】巻二十本朝 付仏法(天狗・狐・蛇 冥界の往還 因果応報)
《_1〜14天狗》
《15〜19冥界》
《20〜40悪報:転生現報》
  [巻二十#20] 延興寺僧恵勝依悪業受牛身🐄
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」上20僧用涌湯之分薪而与他作牛役之示奇表
  [巻二十#21] 武蔵国大伴赤麿依悪業受牛身🐄
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」中9用寺物作牛役
  [巻二十#22] 紀伊国名草郡人造悪業受牛身🐄
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」中32貸用寺息利酒不償死作牛役之償債
  [巻二十#23] 比叡山横川僧受小蛇身🐍📖源信物語 [4:気になる小瓶]
  [巻二十#24] 奈良馬庭山寺僧依邪見受蛇身🐍📖馬庭山寺
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」中38因貪成大蛇
  [巻二十#25] 古京人打乞食感現報📖四国辺地
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」上15悪人逼乞食僧而現得悪報
  [巻二十#26] 白髪部猪麿打破乞食鉢感現報📖四国辺地
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」上29邪見打破乞食沙弥鉢以現得悪死報
  [巻二十#27] 長屋親王罸沙弥感現報📖疫病神の伴善男
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」中1恃高徳刑沙弥現悪死
  [巻二十#28] 大和国人捕菟感現報🐇
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」上16無慈心剥生兔皮而得現悪報
  [巻二十#29] 河内国人殺馬得現報🐎
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」上21無慈心而馬負重駄以現得悪報
  [巻二十#30] 和泉国人焼食鳥卵得現報🐔📖鶏卵食の仏罰
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」中10鳥卵煮以得悪死
  [巻二十#31] 大和国人為母依不孝 得現報
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」上23凶人不孝養嫡房母以現得悪死報
  [巻二十#32] 古京女為母依不孝感現報
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」上24凶女不孝養所生母以現得悪死報
  [巻二十#33] 吉志火麿擬殺母得現報
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」中3悪逆子愛妻将殺母謀現報被悪死縁
  [巻二十#34] 出雲寺別当浄覚父成鯰肉得現報忽死🙏🐟📖出雲路の鯰汁寺
  [巻二十#35] 比叡山僧心懐依嫉妬感現報🙏
  [巻二十#36] 河内守依慳貪感現報🙏
  [巻二十#37] 耽財娘為鬼被👹📖初夜の人喰い鬼
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」中33女人悪鬼見點攸食縁
  [巻二十#38] 石川沙弥造悪業得現報🙏
  ⇒「日本国現報善悪霊異記」上27邪見假名沙弥斫塔木得悪報
  [巻二十#39] 清滝河奥聖人成慢🙏
  [巻二十#40] 義紹院不知化人被返施📖泉川原の消えた乞食
《41〜46他》

  ハンセン病罹患で穢れた存在に
㉟ 🙏【現報】
○心懐は法を学びに比叡山東塔に入山した。
 年若くして、学びが進んだ。
 このまま山に住してもいられまいということで
 美濃守の赴任に付いて行った。
○すると、守の北の方である乳母が、この僧を養子にした。
 そのため、その縁で、国司に重用してもらえるように。
 国の人々も、一の供奉と呼び、限り無く畏み敬う状況に。
○そんな時に、国で大疫が発生し、病死者続出。
 人々は歎いて、守の上京中に上申し、
 国人が、皆、心を一にして、
 南宮社の前で、百座の仁王講を始めた。
 経に説かれている通りに、力を尽くし、
 厳粛な大法会を設けたのである。
 必ずや験が有るだろうと、国人達は、皆、確信していた。
 一人としてその志を持たぬ人はいないほど。
 大きな幡を懸けて並べ、千灯をげ、音楽を調奏。
 その惣講師として、筑前守 源道成朝臣の弟である懐国供奉を招請。
 学生としても、人としても勝れており、説経上手な僧。
 その上、兄同様、和歌をよく詠み、物語をもよくする。
 諸々の俗人達は、この人を得意とみなし、遊戯相手としたので、
 心得た名僧としての地位を築いたのである。
 その上、年来、後一条院の御読経衆として伺候されていた。
 お亡くなりになってしまうと、
 なおざりになってしまい、寄って来る人もいないので
 哀れの境地に。
 老いていき、特段の縁も無いし、阿闍梨にも成り難い上に、
 たよりにする人も失ってしまったのである。
 「今の世で生きていて何になるのか。」と思ひ巡らすようになり、
 急に道心を発し、美濃国に行き、貴い山寺に籠ってしまった。
 そんなことで、
 「招請するに、この人こそ適当。
 しかも、国内に居り、極めて便宜。」ということになったのである。
○そもそも、供奉は比叡の山では止事無き人であった。
 御弟子達も、しかるべき人々で、学生として山に住していた。
 と言うことで、「予めご案内を申しあげておこう。」と言うことで、
 この講師を招請した旨を、内々に伝えておいた。
 供奉が言うには、
 「聞いてみれば、国内の祈願の法会ではないか。
  我は、この国に憑いておるというのに、
  いささか愚行に思はわれる。
  それなら、必ず出ねばなるまい。」と。
 と言うことで、その当日、そろそろ法事が始むる頃合いに出立。
○御房は、法服を直し整えて居ると、
 輿を担い、天蓋を持ち、楽人が音楽を奏でて、熱烈な歓迎。
 香炉を手に取る講師には、輿に乗って頂き
 天蓋で覆って迎へ、高座に登ってもらった。
 他の講師達も、百人が揃って高座に登った。
 百の菩薩像、百の羅漢像をすべて、微妙に書き立て奉り、
 懸けて並べ奉った。
 様々な造花等を、瓶に差し、
 色々な仏への供物も、素晴らしい盛りつけ。
○始めるにあたり、
 惣講師は、申し上げるため、仏を見奉った。
 すると、
 一の供奉が甲の袈裟を着て、袴の裾を括り上げ、
 長刀をひっさげた怖し気な法師連中7〜8人を引き連れ、
 高座の後から出て来た。
 三間ほどのところで、脇を掻き、扇を高く仕舞、嗔恚の声で、
 「その講師の御房は、山にては、
  はるかに止事無き学生と見奉られておるようだが、
  この国では、
  守の殿が、我を、国内一の法師として用いておられる。
  他の国は知らぬが、
  この国内では、上下を論ぜず、
  功徳を造る講師には、
  国の一の供奉を必ず招請することになっておる。
   御房が止事無く坐している処には、賤き己を招請ずべきなのに、
  己が居るというのに、彼の御房を招請するというのは、
  守の殿を無下に侮蔑奉る以外のなにものでもない。
  今日、不完全とは言えども、講師はいるというに。
  まったくもって残念なことよ。
  法師達。詣来て、
  この惣講師の御房が坐して居る高座を転覆してしまえ。」と。
 すぐに、法師連中が寄って来てひっくり返してしまった。
 講師は丸くなって落ち、背が低いので逆様になって倒れた。
 従僧達は、助け合いながら高座の隙間から逃げたので、
 その後、一の供奉は、代りに飛び登り、
 憤りながらも、講師の作法をとった。
 他の講師達は、上の空の態でまともに振舞えず、講は乱れてしまった。
 国の者達も、一の供奉と見まえていない人々は、
 「身に降りかかってくる。」と見て、
 後の方から皆逃げ去ったので、参集者は少なくなってしまった。
 と言うことで、事件は終わって、
 惣講師の料として用意した布施等共はすべて一の供奉が取得。
 残って留まっていた国人達の思いは
 容貌・気色に現れ、実に期待外れと。
○その後、はかなくも、任を終えて、一の供奉も上京。
 守も2〜3年ほど経って死去してしまい、
 一の供奉も寄り付く処も無くなってしまった。
○そうこうするうちに、白癩病
[ハンセン病]に罹り、
 祖として契りを結んだ乳母も、「穢」ということで、
 寄ることもなくなってしまった。
 そうなると、行くべき処が無くなり、
 清水 坂本の庵に行き、住むことに。
 そこでも、すこぶる片輪者達から憎まれ、
 3日ほどで死んでしまった。

【一行要旨とご教訓】
厳き法会を妨げ、我が身賤くして、止事無き僧を嫉妬せるに依て、現報を新たに感ぜる也。
然れば、人、此れを知て、永く嫉妬の心を発すべからず。
嫉妬は此れ天道の悪み給ふ事也。

   語るも懸命 聞くも本気
【現報】
 河内讃良の郡司は、心から三宝を信じている男。
 もっぱら、後世を恐れていたので、
 仏の写しを奉り、経を書き奉ってはいたが
 供養しないまま年月が経ってしまい、
 それなりの年になったので、一生の貯を投げ棄てて、
 吉日を選んで、供養を設けることにした。
 比叡の山の阿闍梨を講師として招請。
 その当日のこと。
 供養が行われるということで、
 国中から
 上下にかかわらず、聴聞に集る人々が押し寄せ、市を成すほど。
 檀越は高座にほど近い場所で合唱し屈んで坐して居た。
 講師が声を挙げ表白しているのに、
 居並ぶ聴衆は板敷に、はらはらと迷うがごとくに降りて、る。
 檀越は「何事か?」と問うが誰も答えない。

ここからが長い。
要するに、郎党に抱えられてやって来た老国守が講を台無しにするのである。そして、供養に用意したものを根こそぎ持ち去る。
その外道の行いが細かく描写されており、読者の立腹をさそう。
当然ながら、講師は、がっかりする檀越を勇気づけ、話は終わる。・・・
 檀越は
 「そうおっしゃて頂くと、嬉しくなります。」と泣々言う。
 講師は心の内では
 「すさまじき罪造りだ。」と思ったので、
 上京し、その悪行のほどを言い広めた。
 その後、守は、たいして時を経ず死亡。

【ご教訓】
此れを思ふに、後世に何許の罪を受くらむ。
人、ゆめゆめ見る物について、此の如くの誤用を成すべからず。

  僧形盗賊
㊳ 🙏【現報】
 石川沙弥は、幼時から剃髪しているが、受戒していない。
 僧名は無く、妻の出身地河内石川に住むので、そう呼ばれているだけ。
 姿だけは僧形だが、心中では盗賊を好んでいる
 実際、妻と共謀で詐欺行為。
 塔造立を偽り財物横領、柱を破砕し、寺院破壊と悪行だらけ。
 ところが、突然、罹病。
 「熱いゾ!」と声をあげて叫び、地面から離れて踊った。
 皆、どうしたのかと集まって来た。
 すると、
  「地獄の火、此に来て、我が身を焼く。
   然れば、叫ぶ也。」と。
 すぐに死んだ。


  験力慢心
㊴ 🙏慢罰】
 清滝川の奥に庵を造り、年来修行している僧だが
 水瓶を河に飛ばして水を汲む験力を身に着け、慢心していた。
 ある時、水瓶が飛んで来て水を汲んでいるのを見つけ、
 何者かが上流にいそうだということで、その行方を探索。
 水瓶の行方を追跡し、50〜60町上流に老僧の庵を見つけた。
 持仏堂と寝所がある3間ほどの庵で、
 貴い気が流れており、その前に橘の木があり行道の足跡。
 閼伽棚には花、庵の上や庭はびっしりと苔生しており
 長年の風情は神さびた雰囲気を醸し出している。
 そこには、70才ほどの僧が居り、貴い気配がしており
 独鈷を手で捲き、脇足に押し懸かり、眠っていた。
 何者かわからないが、試して見ようと思い、
 近付いて火界の呪で挑戦。
 ところが、身を焼かれてしまう。
 そして、慢心を悔い改めたのである。
 「我れ智り無くして、慢の心を成せるを、
  三宝の"{忄惡}し"と思いて、
  此る、優る聖人にあはせ給也けり。」と。


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