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■■■ 「古事記」解釈 [2023.3.24] ■■■
[640]愛の考え方の違い
倭語〜現代日本語は語彙の多義性が著しいことが特徴とされているが、読み手が誰でもかまわない文字語ではなく、互いの関係を理解していることが前提である相対会話の音声語だから、場の雰囲気で語彙の意味が変化するのは当たり前。
漢語は、表記上、句の切れ目や品詞の区別さえ無い、漢字羅列語であるから、1文字1音1義にしないとはなはだ伝達しにくいだけの話。
しかし、漢字は中華帝国では多義では無いという訳ではない。もちろん、倭語〜現代日本語だけでなく、外国語とは似ている意味の単語でも概念が違うことが多いので、1義が多義になることは少なくないが、そういうことではなく、本質的に定まっていない単語がある。

その典型が【愛】。
「古事記」では、"綾に吉 /乙女を"から始まり結構多用されている印象を覚える。("え"と読まず、"うつく-し"と訓じて、五七句にしたいところ。愛媛という地名用例があるので、そうもいかないが。)特に目立つのが、黄泉の国譚と沙本毘売譚で、まさしく現代語の愛という意味で用いられている。
しかし、男女間の愛情という概念以外にも、様々な用法があることが知られている。・・・
   【愛】
 (動 詞)め[賞]-でる(正訓)/め-づ
    いと[厭]-ふ↓形容詞化
    お[惜]-しむ
    いつく[慈]-しむ
    した[親]-しむ
    (アイ[音]-する)
 (形容詞)うるは[麗]-し(正訓)
    は[n.a.]-し(正訓)⇒[はし-け]-や-し
    うつく[美]-し
    かな[悲/哀]-し
    う[憂]-し
    めぐ[愍/目苦]-し
    いと-(お)し↑↑ いつく-し した-し
 (接頭辞)まな[真名](借訓)
 ( 音 )アイ
   漢語では"ai"音漢字の基本構成要素として使用されている。
    …僾/懓 薆 曖/瞹 靉 噯 嬡 璦 燰 鑀 鱫
    𛀀/え(略音)[衣の初画文字]  …訓と見なすには無理があろう。
      ヱ/ゑ(恵の部分画)の表音文字は"惠/恵"
      エ/𛀁(江の旁)の表音文字は"延"

つまり、【愛】と、【賞 厭 惜 慈 親 麗 美 悲/哀 憂 愍 真】は、漢字翻訳上、同じ意味と見なしても構わないとされて来たことになる。訓での意味を考えると、どう考えても同類の語義とは言い難いから、極めて幅広い概念の文字ということになろう。

中華帝国の是は、官僚システムによる統制にあり、【愛】はこれに真っ向から反する文字であることは明らか。この文字には、様々な概念が寄集められていることになろう。現代感覚で考えても、少なくとも以下の様にバラバラで習合し難い観念が雑炊的に同居しており、古代の中華帝国でも儒教の下でまとめることができなかったと見てよさそう。・・・
≪ギリシア概念≫
 神的絶対観念(非欲求)[Agape]
 性欲的男女関係[Eros]
 自己対象/Self-love[Philautia]
 (生活上成員-類縁感情/Affection)家庭[Storge] 夫婦[Pragma][Ludus]
 友人関係/Friendship[Philia]
≪儒教概念≫
 仁…慈悲とされるが、血縁を非宗族たる無縁に拡張し、惻隠の情発揮で共同利益を享受できるという合理主義的な用語である。もちろん、集族繁栄の責任者である家長は、使命感を持って仁者を目指すことになる。そこには、憐みの心を発揮すべしという、木に竹を接いだような主張が被さっている。
反宗族論者の兼愛@墨子のような平等愛とは対立的。救済とか原罪の発想も皆無なので、Charityとの意味は含まれない。
仏教的解釈なら友への情とほぼ同義になる。

≪仏教概念≫
 愛欲[k´ma]…教義から、基本的には禁忌。(欲望充足を渇望すれば、結局は際限無しに拡大するだけ。所謂、煩悩。この執着を捨てないと、悟り(輪廻からの解脱)からますます遠ざかることになる。)「今昔物語集」では問題だらけの<愛>譚が記載されるが、「枕草子」では<愛>は無視されている。

「古事記」でも、男女間の一対一の恋愛の意味以外にも用いられている。しかし、国史のようには様々な用法という程ではない。

【伊邪那美命・伊邪那岐命】
   先言      後
  [歌前駆]綾に吉 男を  綾に吉 乙女を📖
   先言 後妹伊邪那美命言
  [___]綾に吉 乙女を   綾に吉 男を
  <兄妹の御合>

【n.a.】
伊豫國謂比賣 讚岐國謂 飯依比古
  ◇国生み(対偶国)◇

【伊邪那岐命・神避之伊邪那美命神】
伊邪那岐命詔之:「我那邇妹命乎」・・・故 其所神避之伊邪那美神者 葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也
追往黃泉國 爾 自殿騰戶 出向之時 伊邪那岐命 語 詔之:「
我那邇妹命」・・・爾 伊邪那美命答白:「悔哉 不速來 吾者爲黃泉戶喫 然我那勢命」
伊邪那美命言:「
我那勢命・・・」・・・爾 伊邪那岐命詔:「我那邇妹命・・・」
  [歌無し]<亡妻忘れ難し>

【伊邪那岐命大~・(娘の夫)葦原色許男/大穴牟遅】
・・・含赤土 唾出者 其大神 以爲咋破呉公 唾出 而 於心思 而 寢
  [歌無し]<試練強制させた娘婿の従順な可愛さ>

【阿遲志貴高日子根~・[友]天若日子(無敬称)】
於是阿遲志貴高日子根神 大怒曰:「我者友故弔來耳 何吾比穢死人云」
  [歌無し]<親密な友人関係>
  【阿遲志貴高日子根~・伊呂妹 高比賣】[歌7 夷振]天なるや弟織機の📖

【⑪天皇・沙本毘古王・沙本毘売】  📖沙本毘賣命譚は大衆路線的
沙本毘賣命之兄 沙本毘古王 問其伊呂妹曰:「孰夫與兄歟」 答曰:「兄」 爾 沙本毘古王謀曰:「汝寔思我者 將吾與汝治天下」・・・即 白天皇言:「問妾曰"孰夫與兄" 是不勝面問故妾答曰"愛兄歟"」
此時其后妊身 於是天皇 不忍其后懷妊 及
重至于三年・・・於是 天皇詔:「雖怨其兄 猶不得忍其后 故即有得后之心」
  [歌無し]<伊呂兄妹の伝統的"愛">

【倭建命】
  [歌33]しけやし[波斯祁夜斯] 我家の方よ 雲居騰ち来も
  …<望郷の念>を意味するが、音素表記であり、"愛"と認定するかは好き好き。

【⑮天皇・(末子皇子)宇遲能和紀郎子】
天皇所以發是問者 宇遲能和紀郎子有令治天下之心也 爾 大山守命白:「兄子」 次大雀命 知天皇 所問賜之大御情 而 白:「兄子者既成人是無悒 弟子者未成人 是
  <末子偏愛>
  [歌51]千早振る宇遅の済に棹取りに📖
  …結局のところ皇位争奪戦に繋がる訳である。

【㉑天皇・赤猪子】
於是 天皇大驚 吾既忘先事 然汝守志待命 徒過盛年 是甚悲 心裏欲婚 憚其極老不得成婚
  [歌92]三諸の厳橿が本📖
  <童女との恋愛(しかれども御合に至らず。)>

【輕皇子・輕皇女】
天皇崩之後 定木梨之輕太子 所知日繼 未即位之間 其伊呂妹輕大郎女
  [歌79]あしひきの山田を作り📖
  <禁断の伊呂(同腹)兄妹の/御合>
   ・・・とは見なされていない。

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  ≪巻一神代上≫
「妍哉!可少男歟」「妍哉!可少女歟」
[一書]自指間漏墮者 必彼矣 宜 而 養之 此即少彥名命是也
  ≪卷二神代下≫
生天津彦彦火瓊瓊杵尊 故 皇祖高皇産靈尊 特鍾憐
  ≪卷三神武天皇≫
 [10來目部]夷(愛瀰詩)を 一人 百な人 人は云えども 抵抗も為ず
  ≪卷四綏靖天皇〜開化天皇≫

  ≪卷五崇神天皇≫
「・・・今朕奉承大運 育黎元・・・」
天皇勅 豐城命 活目尊 曰:「汝等二子 慈共齊・・・」
  ≪卷六垂仁天皇≫
・・・生而有岐㠜之姿・・・無所矯飾 (崇神)天皇之 引置左右
后生譽津別命 生 而 (垂仁)天皇之 常在左右
「汝孰兄與夫焉」・・・「兄也」
天皇聞此泣吟之聲 心有悲傷 詔群卿曰:「夫以生所令殉亡者 是甚傷矣・・・」
  ≪卷七景行天皇 成務天皇≫
天皇於是 美日本武之功而異
天皇聞之(日本武崩) 寢不安席 食不甘味、晝夜喉咽 泣悲摽擗・・・「・・・忍以入賊境・・・」
天皇詔群卿曰:「朕顧子 何日止乎 冀欲巡狩小碓王所平之國」
  ≪卷八仲哀天皇≫

  ≪卷九神功皇后≫

  ≪卷十應神天皇≫
爰天皇兄媛篤温凊之情
天皇召 大山守命 大鷦鷯尊 問之曰:「汝等者 子耶」對言:「甚也」
  ≪卷十一仁コ天皇≫
其先帝(應神)立我爲太子 豈有能才乎 唯之者也
天皇以宮人桑田玖賀媛 示近習舍人等曰:「朕欲是婦女・・・」
其人雖不知朕之以適逢獮獲 猶不得已而有恨
  ≪卷十二履中天皇 反正天皇≫

  ≪卷十三允恭天皇≫
「朕頃得美麗孃子 是皇后母弟也 朕心異之 冀其名欲傳于後葉奈何」
爰新羅人恆京城傍耳成山 畝傍山・・・「無犯采女 唯京傍之兩山而言耳」
  ≪卷十四雄略天皇≫
天下誹謗言「太惡天皇也」 唯所寵 史部身狹村主青 桧隈民使博徳等也
由是 秦造酒 甚以爲憂 而 仕於天皇 天皇寵之 詔聚秦民 賜於秦酒公
  ≪卷十五清寧天皇 顯宗天皇 仁賢天皇≫
(清寧)天皇生 而 白髮 長 而
(清寧)天皇愕然驚歎 良以愴懷曰: 「懿哉ス哉 天垂博 賜以兩兒」
(顯宗天皇) 裒善顯功 酬恩答厚 寵殊絶 富莫能儔
  ≪卷十六武烈天皇≫
於是 影媛 收埋既畢 臨欲還家 悲鯁而言:「苦哉 今日 失我夫」卽便灑涕愴矣 心歌曰:[95]あをによし 乃楽の狭間に 鹿じもの 水漬く邊隱り 水灌ぐ 鮪の若子を 漁り出な 猪の子

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