→INDEX

■■■ 「古事記」解釈 [2023.4.1] ■■■
[648]鳥登場歌の検討
鳥については色々と検討してきたつもりだが、歌の全体観という観点で眺めておくことにした。📖鵲は登場せず 玄色鳥は鵜 📖白鳥陵の状況からすると 📖天皇代での鳥のイメージ 📖天神系は陸鳥好み 📖日本海側鳥信仰はかなりの古層 📖 「常世長鳴鳥」こそ南方信仰そのもの

何といっても圧巻は、目元が黒い鳥の羅列⑦「胡鷰子・鶺鴒・千鳥・ま鵐」と臣下を鳥に見立てた⑱「鶉鳥・鶺鴒・庭雀」だろう。流石に、国史では収録を避けているが、叙事歌謡での仮装姿を彷彿させる表現である。
出雲王朝の歌は国史は無視するしかないが、こちらも似た様な演出が見てとれる。①「鵺・雉・鶏」と③「沖つ鳥」の御衣が<黒・青の「鴗鳥」色・藍色>。心情表現も鳥の比喩である。②「浦渚の鳥・我鳥・汝鳥」。歌は収録されてい無いが、天若日子葬儀で個別に役目を与えられた様々な鳥の登場も同じだろう。

和歌の鳥は、表面上はもっぱら叙景の季節感の表象(ウグイス-ホトトギス-カリ)で、そこに歌人の抱く抒情がからんでくるとの印象が強いが、「古事記」は基本口誦叙事なのでかなり異なる点も特徴的。(文字化で歌は大転換を遂げたことがわかる。)雁と言えば秋を感じさせるとの思い込みがあるが、産卵瑞祥譚の⑮「雁」はそれを超越している。
この、産卵発見だが、雁の特別飼育を始めたことをも意味していそう。鳥飼は王権の象徴とされていたように思えるからだが。・・・出雲の神統譜には大国主神の妻 鳥取神(鳥鳴海神の母)が記載されており、この時点で、それを示唆しているのではなかろうか。すでに、歌から、大国主神の時代には鶏が庭で飼われていたようだし、それは長鳴鳥としての重要な役目があった可能性が高い。
ただ、鳥飼のハイライトは⑥あくまでも南海方面が本貫地の「鵜飼が伴[宇加比賀登母]」。地文でも、"到吉野河之河尻時 作筌有取魚人…國神 贄持之子[阿陀之鵜飼之祖]"とあり、技能を有する特別な部民とされていたと見てよいだろう。

倭建命の⑧「鵠」は、霊的印象を与える。歌は無いものの言葉を発する切っ掛けを与えた鳥でもあるし、その結果"鳥取部"ができたとされる。倭建命崩御後の白鳥と大葬儀歌の関係から見て、御陵の周囲の水辺には白鳥が飼われていた可能性を感じてしまう。(船遊びの池には鳥が放たれたと考えるのが自然。少なくとも、輕や磐余には鳥養育の施設が存在していたと見る。)
<鳥飼>は庭鳥、海鵜(大陸と違い、倭は川鵜ではない。)だけでなく、特別扱いの白鳥や雁を含めてかなり広い種の鳥を対象としていたと見てよさそう。(現代人は、海河湖では鵜飼で、山野では鷹飼と大別しがちだが、後者は、「酉陽雑俎」によれば、唐代貴族の必須ともいえる嗜みであり、倭の伝統として鷹狩が存在していたとは限らない。)
[「肥前國風土記」養父郡鳥樔鄉] 昔者 輕島明宮御宇譽田天皇應神之世 造鳥屋於此鄉 取聚雜鳥養馴貢上朝庭  因曰 鳥屋鄉 後人 改曰鳥樔鄉
[「萬葉集」巻二#182]皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首 鳥座立て 飼ひし雁の子 巣立ちなば 真弓の岡に 飛び帰り来ね

舎人の❷「鳥山」が歌に登場するだけでなく、⑰「天飛ぶ鳥」が伊予の皇子と大和の皇女間の心の繋がりを果たしているところから見て、鳥の鳴き声とは神からの言葉の伝達という観念があったと見て間違いないだろう。"雉の頓使"という一般用語があったようだし。

❶「品陀の日の御子=大雀」と詠んだり、❸「女鳥王」が❹「隼別命」に、⑫「雲雀・隼・雀」と比喩表現で反逆の狼煙を歌にしている位で、決して特殊な訳ではなく、そのような風土が出来上がっていたからだろう。
倭にこうした観念があったことが、仏教との親和性を生み出した可能性も高かろう。倭に"輪廻"思想が存在していたとは思えないが、鳥が霊そのものだったり、霊を運ぶとか、神の言葉を伝えると考えていれば、"転生"概念に共通性を感じた筈だし、離別の悲しみや苦悩から逃れることを目指そうとの主張には共感を覚えておかしくないからだ。

《上巻》@出雲・八尋和邇(#1〜9)
[2] 八千矛の神の命は八洲国妻求ぎかねて遠遠し高志の国に賢し女を有りと聞かして美し女を有りと聞こしてさ婚ひにあり立たし婚ひにありか呼ばせ太刀が緒も未だ解かずて襲をも未だ解かねば乙女の寝すや板戸を押そぶらひ吾が立たせれば引こづらひ吾が立たせれば
青山に 鵺は鳴きぬ 狭野つ鳥 雉子は響む 庭つ鳥 鶏は鳴く
うれたくも 鳴くなる鳥か この鳥も 打ち止めこせね

いしたふや天馳せ遣ひ事の語り外面此をば
…夜中に山で「鵺」、夜半に野で「雉」、明け方に庭で「鶏」が鳴く。一晩我慢しどうしで、どうにも鳴き声がけしからん。

[3] 八千矛の神の命は萎草の女にしあれば
吾が心 浦洲の鳥ぞ 今こそば 吾鳥にあらめ 後は 汝鳥にあらむを
命はな殺せ給ひそいしたふや天馳せ使ひ事の語り外面此をば
…我が心は「浦渚の鳥」。意に従わぬ「我鳥」であり、かつ、あなたのものになる「汝鳥」でもあります。

[5] 射干玉の黒き御衣を真具さに 取り装ひ 沖つ鳥胸見る時はたたぎも此れは相応はず辺つ波磯に脱ぎ棄て
鴗鳥の 青き御衣を
真具さに取り装ひ 沖つ鳥胸見る時 はたたぎも此も相応はず辺つ波磯に脱ぎ棄て山県に蒔きしあたね突き染め木が汁に染め衣を真具さに取り装ひ 沖つ鳥胸見る時はたたぎも此し宜し愛子やの妹の命
群鳥の 吾が群往なば 引け鳥の 吾が引け往なば
泣かじとは汝は言ふとも倭の 一本薄頂傾し汝が泣かさまく朝雨野霧に立たむぞ若草の妻の命事の語り言も此をば
吾は「沖つ鳥」。黒い御衣の海鳥「(鵜か?)」、翡翠の様な青い御衣の鳥「鴗鳥」、藍色の御衣の鳥「n.a.」と衣替え。

[9] 沖津鳥 鴨著く島に 我が率寝し妹は忘れじ世の事々に
  ≒[紀5] 沖つ鳥鴨著く島に我が率寝し妹は忘らじ世の盡も
「鴨」は神の暗喩だろうか。

《中巻初代天皇段》(#10〜22)
[10] 宇陀の高城に 鷸羂張る 吾が待つや 鷸は障らず いすくはし鯨障る先妻が肴乞はさば立ち柧棱の実の無けくをこきし聶ゑね後妻が肴乞はさば柃実の多けくをこきだ聶ゑね"疊々"しや越や此は威のごふぞ"疊々"しや越や此は嘲咲らば
  ≒[紀7] 莵田の高城に鷸羂張る我が待つや鴫は障らずいすくはし鷹等障り前妻が菜乞はさば立柧棱の實の無けくを扱きしひゑね後妻が菜乞はさばいち賢木實の多けくを扱きたひゑね
山人の狩猟対象は「鷸」。

[15] 盾並めて伊那佐の山の木の間ゆもい行き守らひ戦へば吾はや飢ぬ
嶋つ鳥 鵜飼が伴 今助けに来ね
  ≒[紀12] 盾並めて伊那瑳の山の木の間ゆもい行き守らひ戰へば我はや瘁ぬ島つ鳥鵜飼が徒今助けに来ね
海人の漁労の伴は飼い「鵜」。

[18] 胡鷰子(雨燕:西太平洋海上渡り鳥) 鶺鴒 千鳥 ま鵐(しとと≒頬白) 何故黥ける利目
目元が黒い鳥の羅列。(入墨者の鳥装束姿。)

《中巻10代天皇段》(#23)


《中巻倭建命関連》(#24〜38)
[28] 久方の天香久山 利鎌に さ渡る鵠 繊細手弱が腕を枕かむとは吾はすれどさ寝むとは吾は思へど汝が着せる衣裾の裾に月立ちにけり
「鵠」は繊細手弱イメージなのだろうか。

[38] 浜つ千鳥 浜由は行かず磯伝ふ
「千鳥」集団から離れ単独で磯に往くということか。

《中巻15代天皇段》(#39〜52)
[39] いざ吾君振熊が痛手負はずは 鳰鳥の 淡海の湖に 潜きせなわ
  ≒[紀29] いざ吾君五十狭茅宿彌たまきはる内の朝臣が頭槌の痛手負はずは鳰鳥の潛爲な
息長の鳥「鳰鳥」は琵琶湖を意味するのだろう。

[43]この蟹やいづくの蟹百伝ふ角鹿の蟹横去らふいづくに至る伊知遅島美島に著き鳰鳥の 潜き息衝き 階だゆふ佐佐那美道をすくすくと我が行ませばや木幡の道に遇はしし嬢子て後方は小蓼ろかも歯並は椎菱なす櫟井の丸邇坂の土を初土は膚赤らけみ底土はに黒き故三栗のその中つ土を頭著く真火には当てず眉画き濃に書き垂れ遇はしし女かもがと我が見し児らかくもがと我が見し児に現たけだに向かひ居るかもい副ひ居るかも
ここでも、「鳰鳥」は琵琶湖を指している。

[48] 品陀の日の御子 大雀 大雀 佩かせる太刀本剣末ふゆ冬木の素幹が下木のさやさや
大雀命天皇。

《下巻16代天皇段》(#53〜75)
[60] 山代にい及け 鳥山 い及けい及け吾が愛し妻にい及き遇はむかも
  ≒[紀52]山背にい及け鳥山い及け及け吾が思ふ嬬にい及き會はむかも
天皇御製伝達役の舎人の通称は「鳥山」。

[67] 女鳥の 吾が大王の織ろす機誰が料ろかも
天皇求婚者は八田若郎女 妹の「女鳥王」。

[68] 高往くや 隼別 の御衣裾が料
  ≒[紀59]ひさかたの天金機雌鳥が織る金機隼別の御襲裾料
「女鳥王」のお相手は天皇兄の「隼(速総)別命」。

[69] 雲雀は 天に駆ける天に駆ける高往くや隼別 雀獲らさね
  ≒[紀60]隼は天に上り飛び翔り齋槻が上の鷦鷯捕らさね
「女鳥王・隼別命」の「大雀命天皇」への謀反。

[72] たまきはる内の朝臣汝こそは世の長人そらみつ倭の国に 雁卵産と 聞くや
  ≒[紀62]たまきはる内の朝臣汝こそは世の遠人汝こそは國の長人明つ鳥倭の國に雁子産と汝は聞かすや
[73] 高光る日の御子諾こそ問ひ給へ真こそに問ひ給へ吾こそは世の長人そらみつ倭の国に 雁卵生と 未だ聞かず
  ≒[紀63]やすみしし我が大君はうべなうべな我を問はすな明つ鳥倭の國に雁子産と我は聞かず
[74] 汝が御子や遂に知らむと 雁は卵産むらし
例外中の例外的に、避寒渡来鳥の「雁」が産卵。

《下巻17代天皇》(#76〜78)


《下巻軽王・軽大郎女》(#79〜90)
[83] 天だむ軽の乙女甚泣かば人知りぬ可し波佐の 山の鳩の 下泣きに泣く
  ≒[紀71]天飛む輕嬢子甚泣かば人知りぬべみ幡舎の山の鳩の下泣きに泣く
「山鳩(雉鳩)」の"クーク グッグ or ホーホ ホッホホー"。

[85] 天飛ぶ鳥も 使人そ 鶴が鳴の 聞こえむ時は我が名問はさね
配流地伊予と大和間の相聞歌の使いは「天飛ぶ鳥」こと「鶴」。

《下巻21代天皇段》(#91〜104)
[102] 百礒城の大宮人は鶉鳥領巾取り懸けて鶺鴒尾行き和へ庭雀髻華住まり居て今日もかも酒御付くらし高光る日の宮人事の語り事も此をば
臣下を鳥に見立てた。・・・「鶉鳥」「鶺鴒」「庭雀」。

《下巻23代天皇関連》…(#105〜113)


【参考:身分制上の部民の位置】
≪良≫…礼制適応
 <公民>…納税賦役対象
  有位
  無位
 <雜色>
  品部…技能職者
   常品部…相伝
   借品部
  雜戸…手工業者
≪賎≫…礼制外(無姓)
 <戸>
  陵戸…官属陵墓守
  官戸…官有雑役奴
  家人…私有奴  (非該当例外:寺奴婢)
 ーー
  公奴婢…売買対象
  私奴婢…売買対象


 (C) 2023 RandDManagement.com  →HOME