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■■■ 「古事記」解釈 [2022.10.3] ■■■
[歌鑑賞1]八雲立つ出雲八重垣
【速須佐之男命】作御歌大神初作須賀宮之時
夜久毛多都やくもたつ 伊豆毛夜幣賀岐いづもやへがき 都麻碁微爾つまごめに 夜幣賀岐都久流やへがきつくる 曾能夜幣賀岐袁そのやへがきを
㊄(5-7)-(5-7)-7

    故 是以
    其 速須佐之男命
     宮可造作之地
     求出雲國
    茲
    大神
     初 作須賀宮之時
     自其地雲立騰
    爾
     作御歌
    其歌曰

八雲立つ  叢雲が騰ち昇る
出雲八重垣  出雲國に(こそ)八重垣宮を
妻籠みに   妻と睦まじく住まうため
八重垣作る  八重垣を造る
その八重垣を  そうだよ 八重垣の宮だよ

・・・むくむくと湧き騰がる雲のように、何重にも囲まれた立派な宮を、妻のために作ろうと。

速須佐之男命が見た景色ということになるが、ほとんど繰り返し言葉であるから、本来的にはもっと長く、人々唱和タイプであって、速須佐之男命の歌とされてきたようにも思えるが、明確に"作御歌"と記述してあるところが味噌。
と言うか、通念から言えば、極めて古いタイプの、一種の寿ぎの呪と考えることもできよう。須賀地名譚📖須賀の宮がいかにも新婚寿ぎ的な印象を与えるし、八という聖数に拘っているからだ。📖文字"八"への気配り
宮を構えるということは、垣を巡らして新婚生活を始めることと同義でもあったのだろう。📖妻隠み八重垣文化が花開く
出雲の地名譚となっているようなそうでないような気分になるが、それは、さほど重要なことではなさそう。(「出雲國風土記」は話が違うし、意味がよくわからぬ。)📖八雲立の不可思議さ 📖出雲の国名由緒が不明瞭
それよりは、「今昔和歌集」の"仮名序"の古代歌はこれだけというのが、気にかかる。📖倭歌のみなもとは古事記 📖五七調音歌とは呉詩の前身では
速須佐之男命の歌の存在感は比類すべきものでは無いということか。古代の歌謡の一部というレベルではなく、1つの独立した作品と見なしているようだ。と言うか、この31文字は命の実声と考えていそうだ。
確かに、この歌は速須佐之男命自身の率直な心情吐露そのもの。そこに政という観点は全く無い。しかも、技巧を感じさせないところが秀逸。

太安万侶が、どう見ていたのかは定かではないものの、上巻は9首しかないこともあり、目立たせるように編纂してあるとも云えそう。この歌は余計な装飾を一切取り払って、倭歌の土台であるリズムを引き立たせた最高傑作と見なしたのではあるまいか。

内容的には、「妻籠み 妻籠みすなら 妻籠めに 妻籠みはたす この妻籠みを」でしかないが、それを磨きあげたということになろう。換言すれば、色恋沙汰抑圧と宗族血脈維持繁栄を旨とする儒教型文化を木っ端微塵に打ち砕く、強烈な迫力を感じさせる一首に仕上げたことになろう。<情熱的な恋あっての神>という強固な観念が打ち出されていると言ってよかろう。

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