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■■■ 「古事記」解釈 [2023.2.12] ■■■
[歌の意味17]歌無収載譚が気になる
「古事記」を叙事詩としてみなすと、せっかくの題材がありながら、どうして歌が無いのか腑に落ちぬ箇所が結構な数ある。

その一番の典型は、歌の総数が1桁しかない上巻である。

速須佐之男命の歌以外にも、ドラマティックで、絶好な歌詠みシーンがあるにもかかわらず、収録されていない。
異界では歌が通用しないことを意味しているのだろうか。
於是 欲相見其妹<伊邪那美命> 追往【黃泉國】・・・
故 於是<天照大御~>見畏 開【天石屋戸@高天原】 而
  刺"許母理"坐也

<速須佐之男命>@【出雲】[__1]📖八雲立つ出雲八重垣
故 爾八十~怒 欲殺<大穴牟遲~>・・・
  參到須佐之男命之御所者(【根堅州國】)
  其女須勢理毘賣出見 爲目合・・・

<火遠理命>山佐知毘古・・・
  爾 豐玉毘賣命思奇出見 乃見感目合(@【綿津見~之宮】)


天照大御神と降臨神に歌らしき詔の記載が欠けているのも、摩訶不思議である。皇統譜上の臍に当たる箇所で歌がないのでは、ナンだかねとの印象を与えてしまうのは町這ないからだ。
ただ、天石屋戸での一大祭祀があるので、その歌は別途伝わっているが、神の時代ではなく後世の作である。
○天宇受賣の樂
  [「御神楽ノ儀」採物 篠⇒「浪速神楽」花湯]
  瑞垣の 神のみ代より 篠の葉を 手ぶさに取りて 遊びけらしも
  天の香山の小竹葉を手草に結ひて〈小竹を訓みて佐佐と云ふ〉


さらに、皇孫の方だが、史書に正文ではないが詠んだ歌があるようだ。しかしながら、皇統譜の権威付けになるような歌とは程遠く、いかにも海人の歌であり、およそ場違いな設定である。これでは、太安万侶が採用するとは思えない。
○天津日高日子番能邇邇藝命+木花之佐久夜毘賣
  [「日本書紀」巻二神代下 一書6]皇孫(瓊瓊杵尊)憂之 乃爲歌之曰:
  沖つ藻は 辺には寄れども
  さ寝床も あたはぬかもよ 浜つ千鳥よ

   …沖の藻でさえ岸辺に寄るというに
    (吾が誓約を受け入れないものだから)
    吾が寝所に入ろうとしても取り合わぬのか
    浜の千鳥よ

高天原は歌の習慣が無かったと見なしているように思えてくる。

布都御魂についてもなにがしかの歌があってもよさそうに思うのだが。
[伊邪那岐命拔所御佩之十拳劒 斬其子迦具土~之頸・・・著御刀本血 亦走就湯津石村・・・]
  建御雷之男~ 亦名建"布都"~ 亦名豐布都~
[国譲り]
  坐天安河河上之天石屋名"伊都"之尾羽張~
  是可遣 若亦非此~者 其~之子建御雷之男~此應遣・・・

[高倉下@熊野村]
  僕雖不降專有平其國之横刀可降是刀
  <此刀名云佐士布都~ 亦名云 甕布都~ 亦名云 布都御魂 此刀者坐石上~宮也>

[⑰天皇]
  [弟]墨江中王火著大殿(@難波宮)・・・
  故 (伊邪本和氣命天皇)上幸坐石上~宮也
  <弟の、暗殺を狙った焼き討ちを喰らったが辛くも逃走>…3首
📖 📖 📖

歌の数が多い下巻の天皇についても、恣意的に外した歌がありそうだ。

序文では⑯天皇を聖帝と見なしながら、その根拠である肝心の国見歌が収録されていないからだ。・・・
[「新古今和歌集」巻七:賀歌#707]
みつぎ物ゆるされて 国富めるを御覧じて---仁徳天皇御歌

  高き屋に のぼりて見れば 煙立つ 民のかまどは 賑はひにけり
恋歌を並べることに異義がある以上、余計な雑音を排除したということかも。

㉑天皇の大長谷若建命についても、「萬葉集」冒頭の御製歌が収録されていない。この歌垣歌を入れると、ストーリーが崩れてしまうからか。
[「萬葉集」巻一#1雜歌]泊瀬朝倉宮御宇天皇代 [大泊瀬稚武天皇 御製歌]
篭もよ み篭持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます子 家聞かな 告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我れこそ居れ しきなべて 我れこそ座せ 我れこそば 告らめ 家をも名をも

その一方で、<秋津嶋>命名者ではなかろうに、その手の歌は収録しているのだ。
[「琴歌譜」正月元日節#13余美歌] 📖[参考]「琴歌譜」
  そらみつ 大和の国は 神からか
  在りが欲しき 国からか 住みが欲しき
  在りが欲しき国は 秋津洲大和

[上巻 国生み]
  次 生 大倭豐秋津嶋 亦名 謂天御虛空豐秋津根別
  故 因此八嶋先所生謂大八嶋國

[歌97:㉑天皇]三吉野の小室岳に・・・そらみつ 倭の国を 秋津洲と云 📖

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