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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.5.7 ■■■

酉陽雑俎的に山海経を読む

--- 全体像:その9 蛇信仰の変遷 ---

蛇信仰の流れを読むのはことのほか難しい。世界中、どこででも、脱皮を生命再生ととらえ、生殖行為の凄まじさに子孫繁栄の喜びを感じたようなので、崇拝の発祥地は当然のこと、その伝播状況もさだかではないからだ。
「酉陽雑俎」の面白さ→
 蛇的王国(20160803) 湖南の蛇退治(20160709) 道教の対蛇施策(20160708)
十二支→
 「蛇」トーテム発祥元を探る (20151111) 論の考察 (20150712)
信仰風土→
 先ずは折口/吉野論から (20151217) 蛇という虫虫虫 (20150322)

「山経」を眺めると、北山に格別な信仰風土があったように思えるが、これはいかにもツングース系の毒蛇を操る能力を持つシャーマンの世界が広がっていそうな印象を与える。ともあれ、蛇体の山神として、山経全体を俯瞰すれば、奇怪な姿の蛇はあるものの、山系全体の信仰対象になっている「神」は以下だけなのである。・・・
<人面蛇身>
  【北山1系】山神
  【北山2系】山神

これは部族祖先信仰トーテムとしての蛇ではない訳で、なんらかの宗教的基盤ができあがっていたことを示すと言えなくもない。眺めると、こんな具合。・・・
  【山経】<蛇>
南山1系▲翼之山…怪蛇
南山3系▲禺之山…大蛇
西山1系▲太華之山六足四翼の蛇"肥𧔥"
西山4系▲諸次之山…衆蛇
北山1系▲大咸之山豪毛鼓柝音の蛇"長蛇"
北山1系▲渾夕之山一首兩身の蛇"肥遺"
北山2系▲…怪蛇
北山3系▲彭之山…"肥遺之蛇"
北山3系▲神之山…白蛇
北山3系▲幽都之山…大蛇
東山1系▲獨山魚翼出入有光の黄蛇的"𧌁"
東山2系▲耿山…大蛇
東山2系▲碧山…大蛇
中山2系▲鮮山水棲四翼磬音の蛇的"鳴蛇"
中山2系▲陽山豺身鳥翼蛇行叱呼音の人面蛇的"化蛇"
中山9系▲…怪蛇
中山9系▲風雨之山…蛇
中山11系▲帝之山…鳴蛇
中山12系▲柴桑之山…白蛇, 飛蛇
中山12系▲榮余之山…怪蛇

特殊な様相を呈していたりするものの、以上は、あくまでも蛇。神ではないし、人でもない。(概念としては、他には尸があるようだが。)はっきり区別されているようで、ヒトとトリのキメラ体のような姿は見つけることができない。(蛇尾の記載は少なくないが、これはキメラという話ではなく、単純な形態表現と見なした。)

しかし、蛇信仰は別な形をとっても表れる。蛇を操る「神」が存在しており、神の象徴としての蛇飾りも存在していたことがわかる。これはシャーマニズムの発想を大きく越えており、その系譜に属すと見なすことはできない可能性もあろう。・・・
  【山経】<人身神>
中山12系于児・・・人身身兩蛇常遊@江淵
  【山経】<人的怪神>
中山12系__・・・蛇左右手

その観点で注目すべきは、「夸父」。
太陽と互角の競争を繰り広げ、喉の渇きを癒せず敗北したとの神話が残っていることで、心を揺り動かされる人が多く、山海経での人気の対象の1つでもある。・・・
 「讀山海經 其九」 陶淵明
  夸父誕宏志 乃與日競走
  倶至虞淵下 似若無勝負
  神力既殊妙 傾河焉足有
  餘迹寄ケ林 功竟在身後


その姿は巨人かも知れぬが、現代人にはなかなか推定がしずらいが、古代神話の世界ではイメージができあがっていたようで、夸父の如き鳥や獣が存在するのである。もちろん、蛇とは無縁。・・・
  【山経】<夸父的鳥>
北山2系▲梁渠之山・・・:四翼、一目、犬尾,其音如鵲,食之已腹痛,可以止
  【山経】<夸父的獸>
東山1系▲犲山・・・_毛,其音如呼,見則天下大水。
  【山経】<地名>
中山6系▲"夸父"之山
しかし、海経では、夸父國が登場し、ここの人は蛇を操るとされている。ただ、夸父の記載は一様ではないので、これらが同一であるとは限らない訳だが。
  【海外北経】<人>
夸父與日逐走,入日。渇,欲得飲,飲於河、渭。河、渭不足,北飲大澤。未至,道渇而死。棄其杖,化為ケ林。
夸父國在聶耳東,其為人大,右手青蛇,左手黄蛇。
ケ林在其東,二樹木。一曰博父。
  【大荒東経】
大荒東北隅中,有山名曰凶犁土丘。應龍出南極,殺蚩尤與夸父,不得復上。故下數旱,旱而為應龍之状,乃得大雨。
  【大荒北経】<人>
大荒之中,有山名曰成都載天。
有人兩黄蛇,兩黄蛇,名曰夸父。
后士生信,信生夸父。夸父不量力,欲追日景,逮之于禺谷。將飲河而不足也,將走大澤,未至,死于此。應龍已殺蚩尤,又殺夸父,乃去南方處之,故南方多雨。

ともあれ、どうも、山経の時代より、海経という後世の時代の方が蛇信仰が深まっていそうな印象を与える記載なのだ。

その辺りを踏まえて、海経を眺めてみたい。

先ず、蛇そのものについても、異常と思えるほど、その能力の絶大さが謳われるようになっていることが、一大特徴と言えるのではないだろうか。
なんと、食象の蛇がいるのである。(象を獲り尽くして絶滅させたにもかかわらず、それを蛇のせいにしたと言えなくもないが。)・・・
  【海内南経】
  巴蛇食象,三而出其骨,君子服之,無心腹之疾。其為蛇青黄赤K。

そして、夸父で見たような、蛇飾りと蛇を操る神や人が続々と登場してくるのである。

おそらく、最初は、南方の蛇遣いだったのであろう。・・・
  【海外東経】<人>
K齒國在其北,為人K,食稻啖蛇,一赤一青,在其旁。一曰:在豎亥北,為人K首,食稻使蛇,其一蛇赤。
雨師@妾國・・・兩手各一蛇,左耳有青蛇,右耳有赤蛇()。一曰在十日北,為人K身人面,各操一龜。
  【海内経】<虎首鳥足人>
K人・・・兩手蛇 方啗之

この素晴らしい能力を見て、"我々の崇拝する神"も当然ながら、畏怖感を与える毒蛇をいとも容易く扱える力がある筈となったのであろう。南方の鳥信仰の地がいち早くそれを取り入れた可能性が高いが、どの地域でも一気にその流れが生まれたようである。このことは、毒蛇を操ることで崇められてきた北方シャーマンの没落を意味しよう。・・・
  【海外経】<人面鳥身神>
《南》 -
《西》蓐收・・・左耳上有一条蛇 乘駕在兩条龍上飛行  非人面鳥身?
《北》禺彊・・・両耳蛇飾() 兩青蛇
《東》 句芒・・・______ 乗兩龍
  (奢比之尸 or 肝楡之尸)・・・<人面獸身>大耳,兩青蛇
  【大荒経】<人面鳥身神>
《東》・・・両耳蛇飾() 兩黄蛇 (黄帝→禺禺→禺京@北海)
  (奢比尸)・・・<人面獸身>両耳蛇飾() 犬耳
《南》不廷胡余・・・両耳蛇飾() 兩赤蛇  非鳥身?
《西》・・・両耳蛇飾() 兩赤蛇
《北》禺彊・・・両耳蛇飾() 兩赤蛇
  (彊良)・・・<虎首人身>蛇 四長肘

これらは、蛇を抱えてはいるものの蛇身ではないあから、蛇信仰が基底にあるとは言い難い。つまり、山経の人面鳥身神の強化発展形でしかない。

ところが、それを突き抜ける神が登場してくる。蛇とのキメラである。かなり新しい概念と見てよかろう。・・・
<人面蛇身>
  【海外北経】"燭陰"・・・赤色
  【大荒北経】[神]"燭龍"・・・赤直目正乘
    其暝乃晦 其視乃明 不食不寢不息 風雨是謁 是燭九陰
  【海内西経】""・・・(←殺←貳負臣)
  【海内経】[神]"延維"・・・長如轅,左右有首,衣紫衣,冠旃冠
<九首人面蛇身>
  【海外北経】相柳氏[共工之臣]・・・青 食@九山
   虎色蛇@共工之臺四方隅
  【大荒北経】[共工臣]・・・自環 九土食

ここで気付くのは、人面蛇身は黄帝への反抗勢力を示していそうなこと。蛇とのキメラはそのような勢力が信仰するものと決めつけたか、反抗を示すためにそのような姿にして"再生"を願ったかのどうちらかではなかろうか。そう考えると、"燭陰"や"燭龍"は、敗者側の力の余韻を示したものと考えることもできよう。
人頭蛇身の女の姿も、そのように捉えることもできそう。


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