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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.10.15] ■■■
[472] 非隠遁者伝的
鴨長明[1155-1216年]と言えば、"行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。"の「方丈記」だが、晩年に「発心集」1215年も編纂している。「今昔物語集」成立が1120年とすれば、約100年後の本である。
本朝の身近な仏道の話で、隠遁者伝を中心とした全8巻102譚からなる。序文から、修行のために作られたことが分かる。
それぞれの話には鴨長明の感想が述べられており、序に"わが一念の発心を楽しむ"との一言があるので、その現代的解釈から、自己の心的内面を綴った文芸作品とみなされているようだ。

「今昔物語集」と出典が重なることはあっても両者に直接関係はなさそうだ。似ているのは。和漢混淆文というところぐらいか。
大きな違いは、引用話について、自分の考えで、"ご教訓"をしっかりと書いていること。ただ、さもありなんで、驚きを感じさせる指摘がなされている訳ではない。
神官登用も逃し、実朝の歌の師匠にも起用されずで、今度は文筆に挑戦したようにも映るが、ともあれ厭世気分に陥って書いてみたようだ。

従って、明刹を嫌う姿勢を"限りなく貴い"とのトーンが目立ち、それを書くことで、自分の境遇を慰めていると言えなくもない。閑適に遊ぶ詩人としての白居易にあこがれていそうでもあるし。

そんな思いに囚われてしまうのは、冒頭譚が《厭世逐電》だからだ。
  [「発心集」巻一#1]玄敏僧都、遁世逐電の事
(理由は知らないが、玄敏=玄賓とされている。)隠棲していたとされる玄賓庵@三輪が存在していることでわかるように、非常に有名な話である。法相六祖だし。📖興福寺僧一瞥[改訂]桓武天皇の病を平癒した僧で、伯耆国に隠遁したが、歴代天皇に厚遇された。818年没と伝わっているから、実際は話のように出奔した訳ではなかろう。

それを知ると、「今昔物語集」の凄さが光る。・・・本気ならそんなものではなかろうと突き放しているようなものだから。
  [巻十五#15]比叡山僧長増往生語📖四国辺地
 長増、比叡山を出奔。
 その数十年後、偶然に伊予国で弟子僧と再会。
 乞食姿の長増は、なつかしさもあり、出奔理由を述べた。
 そして、弟子が引き止めたが、
 それを振り切って走り去ってしまい、再び行方知れずに。


千観内供についても、《遁世籠居》ということで取り上げているが、学僧でもあり、見方が少々違う気がする。
  [「発心集」巻一#4]千観内供、遁世籠居の事
  [巻十五#16] 比叡山千観内供往生語📖千観内供 📖比叡山僧往生行儀 📖弥勒菩薩

《遁世断執》の増賀[917-1003年]聖人も当然収録することになるが、まったく異なる引用の仕方と言ってよかろう。
  [「発心集」巻一#5]多武峰僧賀上人、遁世往生の事
  [巻十二#33]多武峰増賀聖人語📖多武峰
  [巻十九#18]三条太皇大后宮出家語📖源信物語 [5:横川の僧]

はっきり言えば、鴨長明の方は綺麗事。美しき遁世という自分で創造した世界に耽溺しているように見える。「今昔物語集」の生々しく下品なシーンとは段差がありすぎるのだ。
増賀以外にも、大下痢をしながら犬と一緒に生活する仰天話まで収録しているし。天皇の病で参内させられても、使役の馬を気遣ってばかりといった調子。
  [「発心集」巻四#4]叡実、路頭の病者を憐れむ事
 帝のご病気が重く、召され、しぶしぶ参上。
 途中、病の貧民が築地塀の側に伏せているのを見つけ、
 哀れに思い世話をやいた。
 結果、参内せず。

・・・この程度のお話を引いてきてフラストレーションを覚えないのか、とついつい思ってしまうほど。

もっとも、「今昔物語集」がそんなことを書けるのは、著者不詳だし、コレはいい加減な噂話に過ぎませぬということで、恣意的に間違った記載を入れたり、適宜伏字化いるからだが。
しかし、そこに悲観があるとは思えない。"これでは、どうしようもありませんな、ワッハッハ。"という楽観に徹していそう。だからこそ気楽に談議できるのであり、現実直視可能になるのである。

極楽往生に徹しているからといって、面白いことや、気にいっていることを棄てられないのは、当たり前で、格好つける必要などなかろうということでもある。
気難しく奇行頻発の増賀聖人にしても、臨終目前になって、碁を10手打ったり、泥障で舞ったりしてみたくなる訳で。その通りですナ感覚であろう。
世の中、樹木を限りなく愛でる人もあろうし📖紅梅情緒、臨終時にふとそこにある自分の持ち物がどうなるか気にかかることもあろう。それは当たり前のこと。
  [「発心集」巻一#8]佐国、花を愛し蝶と成る事
      付、六波羅寺幸仙、橘の木を愛する事

 僧の幸仙は橘の木に執着。蛇に転生。
しかし、おそらく、「今昔物語集」のポイントはそこにない。鴨長明とはここらが決定的に違う。

これが、悪行なのかは、他人にはわからないということ。それどころか、本人もわかっていないかも。それこそがテーマなのである。

超人的な読誦量を実現する僧もいれば、千観僧都も涙するような感動的口唱に励む僧もおり、なかには碁を打つ以外なにもせぬ僧も居るような世界であることを、"しっかり見据えヨ!"と語っているのは読めばすぐにわかる筈である。白楽天を真似ることがそんなにも嬉しいのはどうしてか自問してみたら如何ということでもあろう。インテリを自負するなら、他人の価値基準で悪行判断などしてどうする、という語り掛けである。

ご執心というか、こだわりを持つことは悪ということになっているが、そこに絶対的な基準などある訳がなかろうということでもある。

だからこそ、僧に馬鹿にされ続け、こき使われるだけの童が実は深い信仰者だったり、差別され蔑まれている肉食の餌取法師が毎夜隠れて仏行に励んでいたりするという実世界を、インテリに見せつけているのである。

「発心集」冒頭の出奔した高僧話は、有名なだけに、そういう観点でどうしても今一歩感を与えてしまう訳だ。行方知れずの僧が船頭をしていたのをたまたま発見。文芸的には、渡し守の比喩だろうが、そこが読者の感涙を呼ぶシーンとして設定されているからである。考えてみればすぐにわかるが、船頭で生活する身を、くだらぬ仕事で生きているとみなしているからこそ、インパクトがあるのだ。「今昔物語集」なら、すかさず"僧とは、そんなにも素晴らしい境遇なのか。"と言いかねまい。

そんなことは頭ではわかってはいるものの、そんなことはできないというのが、上品な鴨長明流。それは、ご本人が、あくまでも綺麗ごとの世界に安住したいからである。山籠り気分で山里に住んでいるだけのこと。だが、それは紛れも無き"隠遁生活"であるのも確か。それはそれ結構な話なのである。

もっとも、「今昔物語集」では、そんな話にあまり係わるつもりはなさそう。もっぱら注力しているのは、以下の2流儀を描いて見せること。読者の洞察力を喚起しようと試みているともいえよう。
  〇酔狂 偽悪 隠徳
  〇凡愚 露悪 非徳
こうでもしない限り、自由な精神は守れない社会に我々は住んでいるのだが、そんなことはとてもできませんナ、と語りかけているようなもの。

一方、鴨長明は、どうしても、そんなことより、有徳に見せる態度の方が気になる。自分はそうではない筈と自問自答しているとも言えよう。

と言うことで、もう一点付け加えておこう。

「今昔物語集」は決して文芸的ベールで隠さないのである。
  [巻二十#35]比叡山僧心懐依嫉妬感現報語📖悪報[4:僧悪行]
 国史に仕えていた比叡山僧心懐は、嫉妬で講を妨害。
 そのうち、パトロンもいなくなり、零落していく。
 そして白癩病[ハンセン病]に罹ってしまう。
 祖として契りを結んだ乳母も、
 「穢」ということで、寄ることさえない。
 そうなると、もう行くべき処が無くなり、
 清水 坂本の庵に行き、住むことに。
 ところが、そこでも、すこぶる片輪者達から憎まれ、
 3日ほどで死んでしまった。

いかにも「今昔物語集」編纂者が選びそうなお話。僧は地獄の苦を受けているのではなく現世で酷い仕打ちを受けているのだ。そんな社会に我々は住んでいることを示しているのである。
清水寺辺りに行くしかなくなるとは、現代では使われなくなった差別用語で呼ばれ、社会から見捨てられてしまったということ。
この僧を救う慈悲の話にするとどうしても観音譚になってしまうので、これしかないのである。
一方、そんなところに追いやられた僧の"貴さ"を描いた譚を取り上げたいのが、鴨長明流。打ち捨てられた人が苦しむ場所であることを知ってはいるものの、あからさまには語れないのである。
  [「発心集」巻四#3]永心法橋、乞児を憐れむ事
 清水参詣で日暮れに河原で泣く病人を見つける。
 途轍もなき病の苦しみで夜も寝られず足を冷やしているという。
 住山した頃を思いだしていると。・・・
 「唯円教意、逆即是順、自余三教、逆順是故。」


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