→INDEX

■■■ 今昔物語集の由来 [2020.11.25] ■■■
[511] 王朝恋愛物語観
初期物語4本のうち、一番古い竹取物語と、それ以外を切り分けるのは、文学史議論での必要性から生まれたジャンルだが、清少納言や「今昔物語集」編纂者はそれと似た発想を持っていたのではないか、というような話をした。
換言すれば、本朝の物語の"祖"は「伊勢物語」ということ。そこらの考え方を整理しておこう。📖竹取物語を祖とする意味

「今昔物語集」では、「竹取物語」とは違って、しっかりと紹介している。
【初段 初冠】
  [巻二十二#7]高藤内大臣語📖藤原氏列伝 📖紅梅情緒
【6段 芥河】
  [巻二十七#_7]在原業平中将女被鬼語📖在原業平の鬼
【9段 東下り】
【82段 渚の院】
【83段 小野の雪】
【99段 騎射の日】
  [巻二十四#35]在原業平中将行東方読和歌語
  [巻二十四#36]業平於右近馬場見女読和歌語📖在原業平の歌 📖和歌集

伊勢物語900年の書き出しは、余りに有名である。
  「むかし、男ありけり。・・・
   ・・・ける。」

そして、一代記になっているのだが、この書き方から、自著ではなく第三者が外から見た主人公の姿を記述した作品に仕上がっている。そのため、この主人公の伝記を描いているように見えるし、恋の応答場面だらけなので王朝恋愛小説という側面もあるものの、その根幹は読まれた歌の背景を想像逞しくお話に仕上げたと考えるべきだろう。
歌に主だが無い、「竹取物語」とは根本から似て非なるもの。
だからこそ、「今昔物語集」編纂者が重視したとも言えよう。

思うに、この様な流れを想定したのではなかろうか。
① 在原業平が
  自作歌に背景説明を付けて年代順に並べた書を作成。
  …白楽天的に作品集を残す唐の習わしに倣っただけ。
② 「古今集」撰にあたり、
  業平の歌については長い詞書をつけることに決定。
非勅撰版(自撰)歌集容認
  …藤原道信の歌に清原元輔が混じるのは故あり。📖藤原道信の歌
③ 在原業平の歌を中心に、歌の背景がわかるような、
  一代記的な作品が登場。…伊勢物語900年
紀貫之:「土佐日記」934年【仮名】
  …日記風だが「枕草子」的随筆類では。📖紀貫之の歌
④ 一方で、オムニバス的な作品も。…大和物語951年
⑤ 王朝恋愛相対歌に絞った作品登場。…平中物語960年
⑥ 毛色の違う歌物語も。…篁物語 多武峯少将物語 等
⑦ 家集の端緒…貫之集 伊勢集

和歌といえば、どうしても恋モノが多くなるから、王朝恋愛小説として位置付けがちだが、歌鑑賞を深めるための作品であって、恋愛ストーリーに主軸がある訳ではない。
そのようにとらえれば、ある意味、歌論としても機能していることになろう。

そう考えると、ここには、源氏物語は入ってこないことになる。和歌が主題ではない系譜が別途立ち上がったのである。紫式部がいみじくも記載したように、このタイプの一番古いのは「竹取物語」である。
  竹取物語900年【伝奇】
  宇津保物語980年【伝奇】…琴演奏者が遭遇した数奇なこと。
  落窪物語996年…薄倖な女君が幸福な生活を送る。
  源氏物語1005年…光源氏と子孫の栄華と恋愛苦悩の人生。
  栄華物語1030年…歴史モノだが【仮名】。
  堤中納言物語1055年
  夜半の寝覚1060年
  狭衣物語1080年
  とりかへば物語1080年


「今昔物語集」編纂者は、この手の話に関心を払っていないが、当然だと思う。
志怪小説のような通俗性追求と同類とまでは見ていないだろうが、いかに文芸的な質が高かろうが、大衆的風俗小説であるのは間違いなく、議論するとなれば、どうしても狭い領域での同好の志のサロンになってしまう。
揶揄する人がいたり、ワッハッハと面白がる雰囲気で、個々人の自由精神を謳歌しようと考える人達には全く向かない作品群である。

 (C) 2020 RandDManagement.com    →HOME