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■■■ 「古事記」解釈 [2022.6.15] ■■■
[530]桜も本質的には渡来種だろう
「万葉集」に出てくる花は166種とのこと。[中尾佐助:「花と木の文化史」岩波新書 1986年]抒情歌を定式化したような書であるから、その程度はあっておかしくはない。📖愛でる花の色が変わってしまった木
従って、叙事詩の雰囲気を文書化しようとする「古事記」とは視点が違うので、この辺りの比較は避けた方がよいと思うが、他に資料は無いから参考にせざるを得ない。
この辺りは別途とりあげてみたいが、そうなると、桜について、今まで避けていた辺りについて書いておかねばなるまい。

中尾佐助を持ち出した所以である。

ここで話題にしたいのは、花木観賞を日本文化の核と見なす姿勢。その論理の核が桜である。確かに、固有種も存在するし、気分的にはよくわかる。
サクランボを別にすれば、桜に人一倍気にかけて来たのは日本人だけで、花見に熱をあげ、樹皮細工や花弁・葉を食材にするセンスは類を見ないと言えよう。しかるに、桜一般でいえば、インターナショナルにどこにでも固有種が存在しておかしくない木本なのだから。(新宿御苑や神代植物公園で眺めればわかるが、桜一族は変異しやすい体質と見て間違いない。)

そんなこともあって、中尾論はお話としては面白いから、小生もそれに乗るクチだが、薬学的な植物の利用状況の全体像を語れていないことが一大欠陥である。(この見方を欠落したままでの古代の植物種同定は当てにならない。言うまでもないが、書に登場する林とは、ヒトの手が大幅に入っていることを意味している場合が多く、経済資源としての木本の利用状況仮説なき植生推定も当てにならない。他に情報がないから、偏っている見方であっても参考にするしかないのが実情。)

・・・こんなことをついつい考えてしまうのは、類稀なプラントハンター(仕えていた前宰相)情報に基づく博物学的記載が豊富な唐代の書「酉陽雑俎」と、儒教によって消されてしまった神話の息吹を濃厚に残す地誌「山海経」を読んだから。
前者の著者は誰もが認めていた当代随一のインテリであるが、優秀な、植物学知識が豊富な道士や仏僧と懇意で、その知恵を頂戴してしばしば山で薬用植物を採取していた人。その記述からすれば、木本は、花を愛でる以前に、先ずは実用ありき。多くの場合、木々には霊や魑魅魍魎が棲んでいたりするので、危険な存在という感覚が優っているから親近感を覚えるような社会の筈はないと思う。
ところが、ここに例外がある。天子所轄苑・プラントハンター所有の一大植物園・自宅の広大な庭。特に最後は、ここでの"風情"を楽しむためにとんでもない労力を費やしているのである。言い換えれば植物を愛でていることになる。誰でも知るように、鷹狩と苑池周遊は貴族の嗜みという話でもある。花木や紅葉を愛でていない訳ではなく、山から外れて、手近でコントロールされていれば"愛でる"ことになる。当然ながら、手入れさせている庭には、最愛の樹木が存在することになり、その花に愛着を覚えない筈がなかろう。

・・・花を愛でるという風習はインターナショナルであり、ネアンデルタール時代からあったとの説もあるくらいだが、日本列島を除くと、その対象はもっぱら草本の花でしかなく、木本の花の話がほとんど見つからないと云っても、その理由を、森林の隣で住むタイプと森を野原化したい人々の違いとする短絡的インプリケーションをママ受け入れない方がよかろう。

「古事記」を眺めると、その辺りに気付かされることになる。

言うまでもなく、太安万侶は、<梅>漢字を使用していないからだ。もちろん、それが引き立つのは「萬葉集」が<梅>だらけの印象を与えるせい。

要するに、<梅>は実を薬用に供するための庭木だったということに過ぎまい。環境要件上、<桃><李><櫻>が庭木の目立つ存在になれなかっただけのことだろう。📖梅の分類@2014年
従って、<櫻>が植栽できるようになれば、自動的に人気が落ちたとも考えられる。要するに、庭を愛でる一貫で、春一番の彩として引き立つ梅が愛されただけのことではなかろうか。
🍑🌸📖梅は無くとも桃桜は有る
 梅
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 李・西洋李・杏
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 梅桃・庭梅
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 ・扁桃・上溝桜・博打の木・橉木
 │
 (梨系)車輪梅・天の梅 (下野-柳桜系)利久梅
 │
 (紫陽花系)梅花空木

   ウメ/梅[木+每]@四川西部原
   スモモ@揚子江流域原産 📖モモ類にされた木
   山桜ヤマザクラ@日本列島暖温帯原産 📖春の精気を感じさせる木
   モモ@黄河上流高山地帯原産 📖夏の薬葉浴に使う木 📖桃文字類
   上溝桜ウワミズザクラ/灰葉稠李…"波波迦"用材 📖桜花とは思えぬが
   庭梅ニワウメ…江戸期渡来
   梅桃ユスラウメ/毛櫻桃…渡来

これを見ると、レベル感が今一なのがわかる。山桜とは、サクラの原種に近いとも思えず、大島桜、等々と並ぶべき"品種"という印象を与えるからだ。そうなると倭国での変種的名称にも思えてくる。植物園に行けばわかるが、サクラは一年中なにかが咲いているほど多種だからだ。
近年になってようやくそのことが注目されるようになったのは、日本の花見文化の模倣で観光業に勤しむ雲南の少数民族地区の桜の存在。誰も関心を示してこなかった固有種だが、冬咲なので人集めの鍵とされた訳だ。
(例:雲南棲息種名…雲南 華中 蒙自 細花 細齒 尖尾 山樝葉 偃 散毛 雕核 康定 etc.)
【参考】日本固有の5種(非栽培種)…①山桜&筑紫桜 ②大島桜 ③[寒冷地]大山桜&霧立桜 ④霞桜 ⑤熊野桜


古代、この手のサクラがヒトとともに移動することで、初春咲へと変異していった可能性を大いに感じさせる現象ではないか。上記からすれば、近縁が並ぶなかで、山桜だけが、例外的に渡来種ではないのだから。(祭祀には不可欠だった木だろうし。・・・櫻[木+嬰[賏+女]])ただ、変異しやすいとはいえ、そう短期間に固有種化しないだろうから、列島が大陸と繋がっていた時代のことだったりして。そうなると渡来と見なすレベルではないが。(大島桜は黒潮島嶼での隔離系に映る。)

---参考(天武天皇:「古事記」編纂勅命)---
【稚桜部五百瀬】大海人皇子の舎人で壬申の乱@672年で東山道の兵力動員命の伝令役を務めた。
【櫻本坊縁起】吉野に出家した大海人皇子は桜満開の夢を見た翌朝に一本の冬咲桜の存在に気付いた。早速、日雄角乗に夢判断させると、即位を予言。
【桜木神社由来】大友皇子軍が侵攻した際に大海人皇子は桜の木に隠れた。
…「萬葉集」の吉野の歌に桜は詠まれていない。


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