表紙 目次 | 「我的漢語」 2014年12月1日 八音の「笛」を眺めて「音器」 [→2014.3.25]の続き。文化の視点で見直して見た。「八音」とは儒教の祭祀音楽で使われる楽器の8種の素材名分類を指す。実際にどのような楽器が使われているかを見ると、それは使用素材で分けているのではなく、その素材を用いた発音機構の概念と見た方がよさそう。 そうそう、「八音」を分類として考えるなら、必ず「その他」を加える必要があろう。 そうなると、小生としては、こんな風にしたくなる。 ●公的承認音器 <無機物打撃音器> 金 石 <材木打撃音器> 木 <動物的拍子音器> 革 <呼吸喚起振動音器> 竹 匏 土 <弦振動音器> 糸 ●非公的音器 「八音」以外 普通は、管楽器とか、気鳴楽器という分類用語が用いられるが、これは現代楽器産業の上に成り立つ音楽文化から眺めたものでしかなく、歴史=文化的な事象がよく見えなくなる。素人臭い言い回しだが、そこは我慢して欲しい。 まず注意すべきは、「その他」の存在。材料別だから生じている訳ではなく、打/管/弦楽器としても、当てはまりにくいものは必ず生まれる。歴史を考えるなら、ここを捨象するのは拙い。 そこで、中華帝国の天子に承認されなかった楽器を一括りにしてみたのが、上記の"非公的音器"なのである。 この用語は2つの用語が含まれているが、そのうちの"非公的"について簡単に説明しておこう。 これは要するに、「(少数)民族楽器」をどのように位置付けるかという問題でもある。ご存知のように、民主主義とは無塩な時代は、「蛮族」扱いだった。現代では、その姿勢を反省し、少数民族の伝統文化を護ろうという流れが生まれているのはご存知の通り。 しかし、それは「蛮族」と呼ばないだけで、すべての民族をグローバルな常識に合わせるという点ではそれほどの違いはないことに注意を払うべきだろう。・・・常識を働かせればわかるが、これは現代社会に合わない文化を消し去る、近代化運動そのものであるのは間違いないからだ。 少数民族の特殊な楽器が、「演奏会」のような「見世物」で使われるとは思えまい。おそらく、そんな使用方法はタブー。そんなことを敢えて進めたりすれば死刑に値する背徳行為と見なされていたかも知れないのである。 つまり、「(少数)民族楽器」の「演奏会」とは、原始宗教から脱皮させようとの動きそのもの。 もう一つの用語、"音器"もそういう意味で考えて欲しい。例えば、イスラム教圏の音楽用の「楽器」が本来的に存在するものか、考えておく必要があろう。戒律的には、偶像崇拝禁止、飲酒の否定、大衆的歌舞音楽非公認なのだから。当然、「楽器」概念そのものが異なる筈。(音楽や舞踏を行に持ち込むスーフィー教団は異端と見て。) 「公的承認音器」というヘンテコな分類名になっているのは、そういうこと。 少々理屈っぽい話だが、実は、八音を眺める際に、この点に留意するだけで、色々なことがわかってくる。 試しに、<呼吸喚起振動音>の楽器を眺めてみよう。管楽器とはえらく違うことに気付く筈。 金属製や木製の管楽器は認められていないのである。 もちろん、これは、フルートは実態では金属管だが木管楽器扱いとなるという話ではない。同様に考えれば、フルートとは八音では竹管扱いになるだけのこと。しかし、西洋の金管楽器が占める場所は無い。 もちろん、木管も。(尚、アボリジニーはユーカリ管楽器"Didgeridoo"を最重要音器としていたとされる。各部族毎に微妙に異なる呪術旋律を奏でる秘匿音器だったらしい。中華帝国では間違いなく排除されるタイプだろう。) そもそも、八音では「金」や「木」は打楽器なのだ。このことは、金管楽器の八音的表現は「角」となろう。しかし、この素材名は排除されたのである。 これこそが、中華音器体系の一大特徴と言えよう。つまり、反遊牧音楽思想が濃厚なのだ。 【角】・・・普通は気鳴楽器の発祥とされている。 觱[ヒツ]---羌人の雄羊角笛 (「ユダヤ教のSOFAR/羊角號」の欧州での展開) ・"く"の字型維持(孔)→ツインク ・金管楽器化 肩掛円環状→ホルン(狩猟用) 円錐形非湾曲状(ピストン)→喇叭(軍隊用) 同様に、海人系の素材も無視されている。 【貝】 (修験道法器)法螺(貝) 上記は、マウスピース(吹き口)付管楽器と、同じく口金付法螺貝ということになる。従って、唇簧(口唇がリード役を果たす。)奏法楽器ということでもある。中華帝国では、この手の、人の唇からの音出し音器の導入は避けたということかも。奏法も、楽器も知らなかった筈は無いのだから。 そういう観点では、自然に存在するものをママの形で利用した、唇での音出しも、避けざるを得まい。確かに、天帝が公認するような儀式には向かない感じはする。そうなると、草笛的な音器は排除されたに違いなかろう。 と言っても、地中海型葦笛的雰囲気のリード楽器は「竹」の篳篥[ヒチリキ]と考えることもできる訳だが。 【草】・・・准リード型 木叶---各地の木葉 【葦】・・・リード型 (欧州での展開) 葦笛→室内向→オーボエ ともあれ、呼吸で音を発生させる場合の基本は竹管というのが鉄則のようだ。但し、遺跡からは非竹の笛が出土しているが。 【骨】 骨笛---河南河漯市賈湖遺跡出土@9000-7700年前 5,7,8孔 惹/鷹笛---肢骨 現代でも少数民族に残存 もっとも、「竹」が主流というのは、現代の眼から見てのことと言えなくない。そこで、「土」と「匏」の位置付けを見ておこう。 【土】・・・土笛 壎[ジュン] 塤---6孔 土笛は、陶笛、あるいはOCARINAとして知られる。西洋の名称から、鵞鳥の卵を利用していたと想定されている。中国の土笛も卵形状だから、同様な起源と見てよさそう。詩経の時代には使われたていたのは間違いないらしい。 日本では、出雲から北部の日本海側でよく出土するらしいが、情報不足である。どういう訳か、銅鐸同様に、無視されてしまったようだ。土俗として残っている地域とは言い難いようだ。 それだけでピンとくるものがあろう。両者ともに、単純音源であり、音程がしっかりしているからだ。 照葉樹林地帯の特徴を「歌垣」と見なす主張があるが、本当に地域性文化なのか疑問は湧くが、古代、歌唱儀式を重視していた社会があったのは間違いなかろう。そうなると、現代で言えば調律したピアノや調子笛が果たしているような、音程原器はあってしかるべしでは。音程を決める手段なしの「公的」歌唱は有りえないのでは。 そう考えると、人工物たる土笛は音程原器に最適だったとはいえまいか。 従って、「呼吸喚起振動音器」として、「土」は欠かせないことになる。もしかすると、詩経の読みにも音程が関係しており、土笛が不可欠だったのかと考えたり。 もう一つの「匏」だが、これは瓠瓢を指すらしい。しかし、そこに該当する笙は素人的には「竹」としたくなる。形は確かに独特で、美しいから別扱いしたくなるのはわかるが、空気溜めに竹管を繋げたリード楽器としか思えないからだ。 瓢箪に、特別な思い入れがあるのかも。 【匏】(ふくべ)・・・瓠瓢 or 瓢箪利用のフリー・リード 竽/𥫡---大型19管(低音用なのだろう。) 笙---小型13,17管 葫蘆絲---タイのPii Lam dao 尚、瓠瓢という点に着目すると、ハワイに手打ち打楽器Ipuhekeがある。(東アジアにも、マラカス的な楽器があってもよさそうに思うが、そのような利用はされていない模様。)もちろん、小ドラムの筐体にはなる。音源として使うのでなければ、共鳴箱として、Sitar等の胴に使われることは少なくない。しかし、より単純な楽弓に付ける例の方が多そう。 打楽器も共鳴箱も、加工しているので割れ易い筈。敬遠されがちなのは当然だと思う。 と言うことで、竹笛としての「竹」を見て終わりにしよう。 【竹】・・・竹管「筩」 笛子/篴---「由=卣(中空の酒樽)」 単管7孔 籟---単管3孔 籥---大型単管3,6孔 箎---横笛8孔 簫[ショウ:排簫,洞簫]---10,13,16,24管 篳篥[ヒチリキ]---竹管に蘆の簧[した] 尺八 ちなみに、日本の場合、雅楽の基本は舞楽だと見れば、そこで使う楽器は「鼓」類と吹きモノだけ。後者は、唐楽では笙・篳篥・龍笛、高麗楽では篳篥・高麗笛。 →日本の横笛考・・・「篠笛」,「龍笛」,「能管」,「7ッ指孔」,「竹笛」,「錯綜する分類」,「高麗笛」,「大和笛」 [2010.3.16〜4.13] 要するに、日本の見方は、笙、篳篥、横笛の3分類。一方、中国は、「匏」=笙類とそれ以外の「竹」の2分類ということになる。日本は、「竹」のうちの「横笛」を独立扱いして重視していることがわかる。 もしかすると、それは海人の伝統からくる愛着かも知れない。法螺貝は吹き口をつければ、喇叭式になり上述したように、タブー的な楽器になってしまうが、貝殻の横に穴を開けるのは子供でも可能であり、それは横笛的に使うこともできるからだ。邪推の可能性もあるが、中国では、どうも横笛は余り好かれていないように思えるから、基底文化の違いというならその辺りかと。 ということで、「竹」を笛として用いない文化圏も東南アジアにあることにも目を向けておく必要があろう。観光的に知られるのはもっぱらインドネシア島嶼部だが、タイにも残っており、中華文化とはおそらく対立的存在だったのである。 Angklung---2本の竹筒と竹枠のハンドベル的打楽器 Tingklik---竹琴 (C) 2014 RandDManagement.com |