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■■■ 「古事記」解釈 [2023.2.1] ■■■
[歌の意味6]口承歌の終焉
「古事記」の歌の最後は極めて印象的。
歌物語の最終パートの旗振りは、"立つる赤幡見れ者"だが、太安万侶は歌とみなさず、地文扱い。しかし、これは発言ではなく歌舞のシーンであるとはっきり記載しているのだ。
歌を学ぶ機会も無い生活に日々を送ったとされている以上、歌と呼べる質に達していないからということになろうが、もう一つ考えておくべきは、皇統の末裔であることの表明でしかなく極めて個人性が高い表明でしかない点。

口誦歌もついにここまで来てしまったことになる。

それに引き続く歌垣の掛け合いがそれに輪をかける。そもそも、男 v.s. 男の闘歌は邪道である。しかも互いに"我"の張り合いで、掛け合いにもなっていない。それでも臣下は天皇に対する表現を遵守しているが、天皇にはその余裕すらなく児戯的揶揄しかできず。

そして、最後の2首とは、父の骨発見者を宮に抱えた話。
ここでの地文の説明がすべてをものがたる。埋葬場所を教えたとされるが、それで御骨とわかった訳ではなく、歯型で確認できたからである。現代の証拠主義を思わせる合理主義的な対応がとられている。
これでは、コミュニティで伝承されてこそ意味がある叙事詩の世界はとてもではないが成り立たなくなろう。当然ながら、叙事詩の歌はこれを持って完である。
この先は、歌人の抒情表現主体の文芸時代に入ることになる。
---INDEX---(ご注意)歌番号はテキストに従っておりません。
   《下巻23代天皇関連》…9首(#105〜113) 📖
<播磨の隠遁地で身分を明かした>…1首
[105]【即位前㉓天皇】詠(非歌表記)立つる赤幡見れ者📖
<即位前の歌垣で家臣と大喧嘩>…6首
[106]【志毘臣】@歌垣経緯大宮の遠つ端手📖
[107]【即位前㉓天皇】@歌垣経緯大匠拙みこそ📖
[108]【志毘臣】@歌垣経緯大王の心を宥み📖
[109]【即位前㉓天皇】@歌垣経緯潮瀬の波折りを見れば📖
[110]【志毘臣】@歌垣経緯大王の御子の柴垣📖
[111]【即位前㉓天皇】@歌垣経緯大魚吉鮪突く海士よ📖
<殺された父の遺骨埋葬地を覚えていた老婆に感謝>…2首
[112]【㉓天皇】浅茅原小谷を過ぎて📖
[113]【㉓天皇】置目もや淡海の置目📖

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