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■■■ 「古事記」解釈 [2022.3.18] ■■■
[441][安万侶文法]特別感嘆詞"然者"
然者[しからば]は"先行の事柄の結果として、後続の事柄が起こることを示す"言葉で、接続詞とされている。ラ変動詞の"[しか]り"の未然形に、接続助詞"ば"が付いて"しかれば"が生まれたと言われている。言うまでもないが、<それなら(ば)(仮定を強調しないなら。"ば"は無くてもなんら問題は無いのでは。)と云う意味の漢文訓読み用語である。

言語学者によれば、"しかれば"は女流文芸書では使われておらず、それに当たる言葉は"さらば"。どういうことで、そうなっているのかは、解説が無いのでわからない。動詞が"[]り"となるから、用法が違うように思えるが、どういうことなのだろうか。
こちらの動詞だと、<それなら>という意味に適合していそうな感じがする。つまり、然者とは、"さ"なる"者"ということになるから。

ともあれ、"然者"は、太安万侶のお気に入り表記文字であるのは間違いなさそう。換言すれば、歌謡では、登場者が語る場合の常套語彙であることを意味していよう。
そんな言葉を接続詞と考えるべきではないと思う。
そこにはある種の感慨が籠められている筈だからだ。
そこに思いが籠められると、後世の常用言葉に発展することになる。ご存じ、現代でも多用される<左様[サヨウ]ナラ>とか<それでは>という、お別れ挨拶用話語のこと。"Good be with you./Good bye!"や"再見!!"とは根本的に異なる姿勢である。

それらを最初に漢字表記した語彙が、「古事記」に於ける登場者の発言の頭にでてくる<然者>である。(従って、然者の読みを"しからば"としては拙い。"さなら"はどうか。)・・・
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伊邪那美命
答曰: 然善
爾 伊邪那岐命
詔: 然者 吾與汝行廻逢 天之御柱
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伊邪那岐命
詔:愛我那邇妹命 汝爲 然者 吾一日立千五百巢屋
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伊邪那岐大御神大
忿怒詔:然者 汝不可住此國
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故於是速須佐之男命
言:然者 請天照大御神將罷
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爾 天照大御神
詔:然者 汝心之清明
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其神
言:能治我前者 吾能共與相作成 若不然者 國難成
爾 大國主神曰:
然者 治奉之状奈何
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此鉤者 "淤煩"鉤 "須須"鉤 貧鉤 "宇流"鉤 云 而 於後手賜

其兄作高田者 汝命營下田 其兄作下田者 汝命營高田 爲
然者
吾掌水故三年之間 必其兄貧窮 若恨怨 其爲
之事 而
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故 爾
告:其一尋和邇 然者汝送奉
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天皇
詔:然者 吾思奇異故欲見行 自大宮上幸行
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亦令
詔:然者 今還下 而
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曰:
然者 殺汝王也
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自往古至今時 聞臣連 隱於王宮 未聞王子 隱於臣家 是以思 賎奴意富美者 雖竭力戰 更無可勝
恃己・・・
其王子
答詔:然者 更無可爲
---
天皇
詔之:欲報父王之仇 必悉破壞其陵 何少掘乎
答曰:所以爲 然者 父王之怨 欲報其靈 是誠理也 其大長谷天皇者 雖爲父之怨 還爲我之從父

もちろん、単なる"然"だけの表記も使われているが、もともとの漢文用法では、一意的に文を接続していないので意味がわかりにくい。文脈を読み取る必要があるということで、倭的には親近感ある表現方法かも。・・・
≪然[=灬/火+月/肉+犬]…生贄の煙を上げ神託を求める。
  [呉音]ネン
  [漢音]ゼン
  [訓]しか-り さ-る しこう-して (もえ-る/燃)
  …連詞
   【but】然而[但是/可是]
   【although】然是 虽然[雖]
   【thereupon】__[于是]
   【then】然后/然後
う〜む。
"然"は、「古事記」では無音ということか。歌謡なら、息を溜めるか、改めて呼吸する箇所に当たるのかも。少なくとも、漢文訓読の言い回しは避けるべきではあるまいか。
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告其妹曰:女人先言不良 雖
"久美度邇"興 而
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然後 還坐之時 生吉備兒嶋
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答白:悔哉 不速來 吾者爲黄泉戸喫
愛我"那勢"命
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屎"麻理"散 故 雖
爲天照大御神者 登賀米受 而 告:如屎 醉 而 吐散登許曾
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爾 足名椎 手名椎神白:
坐者恐 立奉
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故 此大國主神之兄弟 八十神坐
皆國者避於大國主神
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故 其所寢大神聞驚 而 引仆其室
解結椽髮之間
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大穴牟遲與少名毘古那 二柱神相並 作堅此國
然後者 其少名毘古那神者 度于常世國也
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問天尾羽張神之時 答白:恐之仕奉
於此道者
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僕者不得白:我子八重言代主神 是可
白:
爲鳥遊取魚 而
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言誰來我國 而 忍忍如此物言
欲爲力競
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三度雖乞 不許
遂纔得相易
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釣魚不得一魚 遂失海
其兄強乞徴
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白:妾恆通海道 欲往來
伺見吾形 是甚怍
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是以名其所巢之御子 謂天津日高日子"波限"[那藝佐]建鵜"葺草"[加夜]葺不合命
然後者 雖恨其伺情 不忍戀心 因治養其御子之縁
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將待撃云 而 聚軍
不得聚軍者
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故 其地謂宇陀之血原也
然而
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如此歌 而 拔刀 一時打殺也
然後 將撃登美毘古之時
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生子 多藝志美美命 次岐須美美命 二柱坐也
更求爲大后之美人時
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天皇御歌曰:・・・
然而 阿禮坐之御子名・・・
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茲二女王 淨公民 故 宜使也
遂殺其沙本比古王 其伊呂妹亦從也
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輕池 率遊其御子
是御子八拳鬚至于心前
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・・・并四柱
留比婆須比賣命 弟比賣命二柱 而 其弟王二柱者
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爾 其熊曾建白:信

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無建強人
於大倭國 益吾二人 而
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故自其時 稱御名謂倭建命
然而 還上之時
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到當藝野上之時 詔者:吾心恆念自虚翔行
今吾足不得歩
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即 號其御陵 謂白鳥御陵也
亦 自其地更翔天以飛行
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故 諺曰:海人乎 因己物 而 泣也
宇遲能和紀郎子者早崩
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其人答曰:吾非殺牛 唯送田人之食耳
猶不赦
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喚上而使也
畏其大后之嫉 逃下本國
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既殺己君 是不義
不賽其功
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不得所知日繼
大后始 而 諸卿等 因堅奏 而 乃治天下
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隨大命奉進
言以白事
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曰:人取天皇 爲那何
其K日子王不驚 而
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亦 副五處之屯宅 以獻
其正身 所以不參向者
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言不惜粮
汝者誰人
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姿體痩萎 更無所恃
非顯待情 不忍於悒 而
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參出貢獻
天皇 既忘先所命之事
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今容姿既耆 更無所恃
顯白己志以
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天皇大驚曰:吾 既忘先事
汝守志待命 徒過盛年 是甚愛悲
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故 天皇 亦 問曰:
告其名 爾 各告名 而 彈矢
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令守其陵 (
然後 持上其御骨也)故 還上坐 而
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爾天皇詔
隨命宜幸行

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